418.死して消えぬ力
(『次』を見据えた保険! センパイが墓地に仕込んだそれは攻めのためのものではなく……やはりこちらの攻めを防ぐための『守りの一手』だったっすか!)
おそらくそうなのだろうと予測はしていた。していたがしかし、叶うものなら的中してほしくなかった予測がそのものずばり当たってしまった。そのことに顔を歪ませるロコルに、アキラは墓地から戻ったユニットカードをフィールドゾーンへ置いて言う。
「自軍の『森王』ユニットまたはエリア《森羅の聖域》が相手カード効果の対象となった時、墓地にいる《森王の下支え》は自身の効果で復活! そして『森王』か聖域に『そのターンの間のみ相手カードの効果を受け付けない』耐性を与える!」
《森王の下支え》
コスト3 パワー3000
しなやかな葉を編み込んで作られたローブを身に纏った、線の細い中性的な少年型ユニット。賢人や山踏みの厳つさを思えばとても同じ『森王』カテゴリに属するとは思えぬ嫋やかな雰囲気を持ちながらも、その眼差しは鋭く。登場と同時に自身の役割を果たすべく自然から力を借りて魔力を編み上げる姿には、鉄火場に慣れ親しんだ歴戦の気配が漂っていた。
「場に蘇った上に他のカードを守る。まさに『森王』を支えるユニットってことっすね。しれっとコアゾーンから墓地へ仕込み直した意味もよくわかったっす。だけど! 説明を聞くに下支えがその効果で守れるのは一度に一枚きり! つまりセンパイは《森王の山踏み》か《森羅の聖域》のどちらかを選ばなければならない……次のターンのために残すべきなのはどっちか。あるいは切り捨てるべきなのはどっちか、っす!」
「──、」
まさにその通り。アキラが判断しなければならないのはどちらを捨てた方がより『次』に繋がるか、である。そうするために《ミロク・ガネーシャ》のコストで墓地へ仕込んだ《森王の下支え》なのだから、彼の能力で残さなければならないのは少しでも失った後に手が縮まってしまう側。そう考えれば犠牲とすべき一枚は自ずと見えてくる。
「俺が下支えに守らせるのは、エリアカード《森羅の聖域》だ!」
「そうくるだろうと思ったっすよ。自分もどちらを消したかったかと言えば断然に聖域の方っすから……けれどそれでも及第点っす、そのおっかないイノシシさんに退場願えるのなら!」
おさらばっす! というロコルの言葉が合図だったかのように、足元に生じた真っ黒な深淵に山踏みが吸い込まれていく。山林さえ眼下に見下ろす巨体を持つ彼であっても、しかしそれは単なる体躯の大きさで耐えられる類いのものではなく、なす術もなく黒の奥底へと沈んでいく。深淵は同時に聖域までも自身の腹の裡に収めようとしていたがそちらはアキラの命に従って発動させた下支えの森魔術がプロテクトを与え、その影響下から逃がす。なんとか自分たち『森王』にとって何より大切な聖域を守れて安堵の様子を窺わせる下支えであったが、けれどそのために贄と捧げられた仲間の死に様を目の当たりとしてどこか憂いの気配も漂わせていた。
それとは対照的に除去した側のロコルのどこまでも声は明るく。
「《森王の山踏み》撃破っす! 暴れん坊はいなくなった──これでエリアやオブジェクトを戦闘破壊されるなんていう無茶苦茶には悩まされずに済むっすね。そしてそれだけじゃなく! 《太極清廉図》の効果処理に入らせてもらうっすよ!」
「!」
「唱えたスペル《残忍な英断》とそのコストで捧げられた《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》。この二枚が新しく自分の墓地に置かれたため《太極清廉図》のカウントがふたつ進み、残り『3』となるっす!」
ぼんやりと浮かび上がる大台の上の5という数字が、ロコルの言う通りに4へ、そして3へと移り変わっていく。ここでアキラは小さくない衝撃を受けた──スペルカードまでもがカウントされている! 「墓地へカードが送られるたび」のカウントダウン……確かにその文言が正確であるなら使い切りのスペルだって数字を進める対象となる。何を言われるでもなく勝手に「場から墓地へ行ったカード」。即ちユニットやオブジェクトやエリア等の、一旦はフィールド上に置かれたカードのみが清廉図の数える対象になると思い込んでいた自身の不明にアキラは気付かされた。
付け足しておくならこれはアキラの思い込みだけが原因とは言い難い。こういった墓地を参照するカードの多くはユニットこそがその対象であり、仮にオブジェクトやエリアがそこに含まれたとしても、アキラが想定したように一度はフィールドに出されてから墓地ゾーンへ送られる必要のあるカードばかりである。なのでここでの誤解は当然のものであったし、またロコルもそれを見越して……というより期待して説明を簡素化しアキラの心胆を揺るがそうという狙いを持っていたのも確かなので、こうなることは半ば必定であった。
アキラの顔付きに己が企みの成功を見たロコルはいたずらに笑う。
「センパイが思うほど《太極清廉図》は狭量じゃないっすよ。場に出したカードでなくたって、使い切りですぐ墓地へ行くのが当たり前のスペルだって、この子にとっては立派に戦った命のひとつ! 英傑の魂としてちゃんとカウントしてくれるっす──あと三枚。それで『お楽しみ』は起こるっすよ」
その時は思っていた以上に早く来る、とアキラはロコルの言葉に気を引き締める。ならばそれに対応するようにこちらも速度感を上げねばならない……相手が一段も二段も引き上げたギアについていく。いや、追い越して突き放す。そのつもりでいなければ否応なしに周回遅れにされる。現在のロコルのオーラ、その滾りと鳴動からそう確信したアキラは自身もオーラの勢いを改めて意識し、高めていくことでそれに対抗する。
「なんだったらロコル。お楽しみの時が来る前に、何が起ころうとどうしようもないくらいに決定的な状況ってものにしてやってもいいぜ。その方がスリリングでお前だって楽しめるだろ?」
「あは、面白いっすねそれ。是非ともやってみせてほしいっす」
「だったらお望み通り──まずは墓地へ送られた《森王の山踏み》の効果を発動させる!」
「!?」
ロコルが山踏みを除去できて安心したのは彼がエリアやオブジェクトに対してアタックできる特殊なユニットだから。そしてそのアタックの際に自軍ユニットのパワーを3000も(それも永続で)下げてくる面倒なユニットでもあるから。──だけでなく、まだ他にも何かしらの能力を隠し持っていてもおかしくないと考えたからだ。
8コストでありながらパワー5000という低いステータス、そしてアキラが『ビースト』の代替として採用した『森王』の名を持つユニットであること。示唆とは言わずともこれらは三つ目の効果の有無を疑わせるには充分な要素だった。だから『森王』を呼ぶ大元のエリアたる《森羅の聖域》こそ排除できずとも、ひとまずは山踏みだけでも処理できた。そのことに喜んだロコルであったが、彼女もまたこの瞬間に自身の不明を思い知る。
「下支えだけでなくそっちも墓地で発動する効果だったっすか……!」
アキラの墓地から響く唸り声。それは深淵の果てまで沈んでもなお世界を揺るがす巨猪の怒りと恨み、そしてそれ以上の闘志が込められた叫びであった。たとえ死しても強大な力が完全に消え去ることはない。そう証明されるかのように、アキラのフィールドには《森王の山踏み》によってとある変化が起こった──。




