416.九蓮華ロコルの本気
ロコルは見逃していなかった。なんということもないように手に取った《ミロク・ガネーシャ》の効果発動のためのコスト。コアゾーンから墓地へ送られたそのカードが、《収斂門》のリセットが行われる前にカード効果によってチャージされた《森王の下支え》なるユニットであったことを。
(あの時は『アーミー』ユニットの方を優先して手札に加えたためにコアへ押しやられていたけれど、さすがにこのタイミングで墓地へ送られた『森王』名称のユニットは見過ごせないっす。そこにも何か意味がある。センパイのやることなんだからそう疑ってかからないといけないっすよね)
下支えという名からして、そして迷いなくコアに変換された点も含め、賢人や山踏みのような『森王』の主戦力ではなくどちらかと言えば補助要員ではないかと予想しているロコルだった──だとすれば『アーミー』軍団で戦線を築こうとしていたあのタイミングにおいて下支えが選ばれなかったのは当然であるし、また、今度は逆に六つのコアとなったカードの内から迷いなく墓地へ送る一枚として選ばれたことにも納得がいく。
即ち《森王の下支え》には墓地から発動する、他の『森王』ユニットないしは《森羅の聖域》の補助のための効果があるのではないか。そういう推測が成り立つのだ。
確証があるわけではない。全てはロコルの想像だ。アキラの言動、その一挙手一投足から膨らませた妄想だと言ってもいい……そう認めつつ、しかしロコル自身はそれを単なる妄想などとは思っていない。アキラが本能で嗅ぎ分けたように、ロコルの嗅覚にも反応があった。ドミネイターの直感が危険を知らせているのだからそれを自分が信じない・信じられないというのはナンセンスである。生粋の思考派ではあってもこの感覚に従わないのでは非合理が過ぎる。故に。
(前提で動くしかないっすね……いつかどこかでセンパイの墓地から妨害が飛んでくる。その妨害の仕方がどういったものかまでは読めないってのが難しいところっすけど、だけどそれすら織り込んでプレイしていくしかないっす!)
たとえ展開の要所を潰されたとしても、そしてリカバリーが利かせられなかったとしても。なんの懸念もない状態でそうなってしまうよりはずっといいだろう。覚悟ができているだけ乱されない。心の乱れは運命力の低下に直結するファイト中のドミネイターにとって何より忌避しなければならない事態だ。まだ勝敗が決まったわけでもないのに思いもよらぬ一撃によって激しく動揺し、調子を崩して立て直せないままに負けてしまう。そういった負け方はドミネファイトのお決まりのひとつでもある。
少なくともアキラとのファイトを心から楽しんでいる現状、ロコルにそんな負け方をする不安は万が一にも存在していないが、だとしても動揺が与える影響は皆無ではない。気勢の下落は避けられるものなら避けねばならない──そのために。
「自分のデッキはセンパイのデッキと違って攻め方面にイケイケじゃないっすから。コンボによるキルスピードこそ確保していてもそれを発揮するにはそこそこの準備が必要なんすよね」
「……?」
急に何を言い出すのか、とターン開始前のやり取りとは繋がっているようで微妙に繋がっていない文言に不思議そうにするアキラ。彼の困惑を他所にロコルは意気揚々と機嫌よく続けた。
「つまり何が言いたいかというとっす。最強の武器であるムーンライトをブレイザーズから剥がされ、《万象万物場》を失ってユニジェクトにも頼れなくなったからには、今すぐセンパイのライフを削り切るのは不可能ってことっすよ。この手札じゃどうせそれは叶わない、からには。ちょっと回りくどくいかせてもらうっす!」
ブレイザーズの連撃という最短最速の決着へ通じる道も、それには一歩劣るがユニジェクトによる数の攻めという活路になるはずだった道も、こうなっては通り様がない……どうしたって今すぐに立て直してライフを奪い切れはしない。それが明らかであるが故にロコルには現状選び得る最善がはっきりと見えるようだった。
(相も変わらずブレイザーズのための装備カードは引けていないっすけど、そこはもういいっす。その代わりとなって手札へ来てくれたカードでも自分は充分以上に戦えるんすから──そういうデッキに仕上げてきたってことを、わからせてあげるっすよ!)
望んだ戦法が取れぬように引き運に蓋をされたとて、そしてその通りに引けなかったとて。けれど「別のカード」は手札に加わっているのだ。最善の一枚でこそなくとも新たな可能性が増えていることに変わりはなく、それによって異なる戦法へ舵を切る。それができるだけの自信がロコルにはあった。
オーラ操作が当然の技術となるプロの世界ではオーラの押し合いの強さだけでなく、押し合いに負けてもなお互角以上に戦えるデッキ作りとファイトの手腕が必須となる。無論、ロコルとアキラはそれぞれ学年で言えば中学一年生と二年生。いくらドミネイションズ・アカデミアという日本最高峰のドミネイター育成校に通う身だとは言え、本来ならオーラの片鱗を掴むにもまだ早い段階だ。
DAに入学できた者の中でもごくひと握りの超がつくほど優秀な生徒だけが下級生の内に至れる段階を、遥かに飛び越えて。オーラ操作の精通どころか更にその先にまで辿り着いている両者は早熟の一言では済まないが──そしてそんな飛び抜けた才ある者に引っ張られて一・二学年全体が通常ならあり得ないほどの豊作になっているのだが、それはともかくとして。
いずれにせよロコルには、他の学年から黄金世代と呼ばれているこの輝かしき世代において中心に立つ気概が芽生えた。ミライとの戦いを通して、そしてこのアキラとの決勝戦を介して。あまり目立たつことなく弟イオリを支え、行く行くは彼だけが名実ともに九蓮華当主の候補と認められるように立ち回ろう……という元の計画を翻し、自分も最後までイオリの隣に立とうと、当主候補として振る舞おうと。イオリを蹴落とすことこそしなくとも、史上初の双子当主になって二人で共に九蓮華を背負うのを目指すのも悪くないかもしれない。
そんな風に思えたのは間違いなく、今日という日が楽し過ぎたから。ドミネイションズが持つ、アキラが愛してやまぬ「無限の可能性」に改めて魅入られたからだろう。
「本気の本気っす。そしてここからが本番っすよ。だって自分が講じたセンパイ対策はまだ打ち止めじゃあないんすからね!」
「!」
ここまでいくつものアキラ個人を見据えた専用の作戦を披露してきたロコルだが、まだ他にも何かデッキに仕込んでいるのか。と、さしものアキラもまさかこんなにも彼女が念入りだとは予想できていなかったのか驚いた様子を見せる。その表情を見て満足そうにしたロコルは、今し方引いたばかりのカードをファイト盤へと置いて。
「5コスト使って! オブジェクト《太極清廉図》を設置するっす!」
陰陽太極図が中心に描かれ、その周囲に判読不能な細かな文字のようなものがびっしりと巡らされた台がロコルのフィールドに出現。それ自体は何をするでもなくただそこに置かれているだけだったが、その上にぼやっと「5」という数字が浮かんだことにアキラは気付いた。
「なんだ、この数字は……何かのカウントダウンなのか?」
アキラとしてはゼロからではなく5から始まっていることで半ば当てずっぽうでそう口にしただけだったが、彼の直感はやはり優れ物だとロコルは恭しく頷いてみせた──。




