415.『次』へ
結晶像を失うことは織り込み済みだった。強固な壁として殊更に強調してみせたのも半分は──上手く策がハマったことへの達成感混じりでの──本音だが、もう半分はアキラの行動を誘導するためのもの。結晶像こそを標的の第一とするように。それは彼の脳内をよりトレースしやすくするための仕込みに他ならない。無論、そんなことをしなくとも彼が結晶像の排除を急ぐのは目に見えてもいたが、ロコルは思考派らしく慎重なプレイングを好む。念には念を入れての催促を行なったつもりだった。
なんと言ってもロコルの場にはブレイザーズ、鬼酒、結晶像と「ユニット扱い」の三体がおり、その数はアキラの残りライフと一致しているのだから彼としては放っておくわけにもいかない。結晶像は破壊耐性と【復讐】を合わせ持つ凶悪な守護者ユニットでありながら、そういったユニットにありがちな攻撃制限のデメリットを一切持っていない。自ターンになれば問題なく相手プレイヤーへのダイレクトアタックも可能で、するとブレイザーズを装備オブジェクトで強化するまでもなく三つのライフコアを丁度削り切れるのだから、たとえクイックチェックが残されていると言えどもロコルが勝利に大きく近づく……どころか肉迫するのは避けられない。そうならぬようにアキラが盤面の片付けに乗り出すのはもはや考えるまでもなく明らかなことだ。
とにもかくにも。ライフを詰めるには邪魔で、反対にライフを詰めてくる《太古の結晶像》はアキラにとって途轍もなく鬱陶しい存在である。仮に破壊耐性を潜り抜けられる除去の手段があったとするならそれを切るのは結晶像になるだろう。そしてアキラのことだから、彼のデッキビルド能力であればガネーシャと入れ替わりに呼び出す『森王』は必ずや結晶像を踏み越えられるユニットであるはず。そのくらいの想定は構築段階でできているだろうと、そこもアキラに対する厚い信頼からそう確信できていたからには、結晶像の損失は半ば確定事項として考えていたロコルだ──けれども。
(ま、ぜーんぶセンパイの仰る通りっすねぇ。まさか出てきたのが結晶像を処理しつつ《万象万物場》まで処理できるユニットとは予想外もいいところっす。おかげですっかりと予定を狂わされちゃったっすよ)
ブレイザーズは登場時効果活用のためにむしろ積極的に狙ってほしい的。鬼酒も便利ではあるがなくなっても「痛い」とは思わない、それでいて相手からすれば厄介なリソース源としてこちらも除去を優先したい丁度いい駒。それらよりも目に見えてユニットとして有用な結晶像も、言うなれば囮のようなもの。究極的にはこの一ターンを凌げればいいと。何より重要な《万象万物場》こそ無事ならそれでいいというロコルの思惑は、まるでそれを見透かされたかのように巨猪によって見事なまでに蹂躙されてしまった。
(ムーンライトを装備したブレイザーズの速攻。という必殺コンボが、危うく成立しかけるところだった。その脅威を見せつけたからにはそっちに目も気も行っちゃってユニジェクト量産の物量作戦には手が回らなくなる……あるいは回したくても回せなくなるだろうと、そう思っていたんすけどねー。いやはやさすがはセンパイ、さてはドミネイターの直感でそれを嗅ぎ分けたっすか)
おそらくアキラはロコルの狙いを看破したのではない。少なくともブレイザーズを見せ札にして再度ユニジェクトによる圧殺を行なおうという作戦を完全に見破ったということはないだろう。ロコルがアキラの全てを読み切れるわけではないように、アキラにもそこまでロコルの策を読み通すことは不可能だ。故に、原因と見做すならやはり本能である。それによる嗅覚で危険な香りを察知し、自然と対処している。そうとしか思えないプレイングであった。
(いや、だとしても。センパイの直感の冴えが予想を超えてきたにしても、結晶像だけでなくエリアの排除にまで手を伸ばす可能性を想定できていなかったのは自分の甘さっすね)
エミルでもあるまいし、そこまで予見できないのは仕方ない……と納得できるくらいなら最初からアキラに挑んだりしない。らしくもなく熱くなって合同トーナメントの優勝を狙ったりしない。そうすることを選んだからには、彼との真剣勝負を望み、臨んだからには。どこまでも自身にシビアになる必要がロコルにはあった。それこそ兄のエミルすら及ばないような自分になる必要があった──何せアキラは本気の兄に勝った学園唯一のドミネイターなのだから、そうでないと勝ちの目など奪えない。
(センパイの言った通り。こっちの想定を都度に超えてくることは想定済み。細かな部分での読み違いは経費として受け入れるつもりではあるっす……その損耗込みで先々の策を立てる! そう決めたんだから目の前の結果だけにいつまでもクヨクヨはしてられないっすよ……!)
反省は大いにしよう、しかしそればかりに捕らわれてはいけない。ムーンライトに結晶像、そして《万象万物場》。それに伴う《万端の鬼酒》のユニット化の解除。この一ターンの間にロコルが失ったものは多く、立て直しには相応の苦労が強いられるものの、だからといって一気に不利になったわけではない。決して形勢は逆転しておらず、いいところ五分に戻されただけ。盤面上のバランスに限ったとしても精々がその程度だし、それ以外の要素も加味すれば未だロコルの優勢は維持されている。総称しても過言ではないのが現状である。
「《ミロク・ガネーシャ》と《森王の山踏み》。たった二手でここまで奪っていったのはお見事としか言いようがないっす。どちらもコスト重めの強力なユニットとはいえこうも的確に戦線を崩せたのは間違いなくセンパイの運命力と構築の妙あってのもの。何を攻めるべきかを間違えなかった勘の冴えも含めて、堪能させてもらったっすよ。この歯応えあってこそ楽しいドミネファイト! 来たる最高の勝利になるっすからね!」
勝つのは自分っすよ! と、先の宣言に真っ向から反対の主張を返したロコル。それを受けてアキラはにぃっと、ロコルが浮かべているのとそっくりな笑みをその口元に浮かべた。
「そうでなくっちゃな。俺も『できるものならやってみろ』と返してターンエンドするぜ──さあ、お前のターンだ! 言うだけのことは見せてくれるんだろうな、ロコル!」
「当ったり前っす! 自分のターン、スタンド&チャージ──ドローっす!!」
スタートフェイズの手順をこなしながら、状況確認。アキラの場にはエリア《森羅の聖域》とユニット《森王の山踏み》。対して自分の場は。
《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》
コスト7 パワー2000
《万端の鬼酒》オブジェクト
山踏みのパワーダウンによって弱ったブレイザーズが一体と、オブジェクトの鬼酒がひとつ。……アキラの方も整った盤面とは言いづらいが、惨憺たる有り様なのはこちらも同じだ。
前ターンに敷いた布陣の内、まったくの無事であるのが鬼酒のみだと言うのだからなんとも散々に荒されてしまったものだ。だがファイトの趨勢を決める要素は盤上の駒だけにあらず。アキラは先ほど《ミロク・ガネーシャ》の除去効果の代償としてコストコア一個を廃棄し、六つだった総数が五つに減っている。対してロコルはスタートフェイズのチャージによって使用可能コアが七つとなった。この差は決して小さくない。ついでに言うなら手札も、ドローした一枚分ロコルの方が多く持っている──次なる展開に有利なのは自分。れっきとした事実としてそれを認識しているからロコルは、盤面はともかく己が有利まではまだ崩されていないと強がりではなく本心からそう思っている。
ただし。
(センパイにも『次』への保険があることは、わかっているっすけどね)




