414.山の怒り、崩落する白の部屋!
どうせ素通りさせてもユニット対エリアという特殊な処理によりバトルは行われるのだから、ここでガードを躊躇う理由はない。何もせず《万象万物場》を失ってしまうよりも【復讐】持ち守護者である結晶像で山踏みを獲る。それがベストと判断を下したロコルは、アキラと山踏みの勢いにも負けぬだけの気勢を込めて自身のユニットへと命令を下した、のだが。
「どういうことっすか──なんで《太古の結晶像》が! 消えていくんすか!?」
破壊耐性と【復讐】の組み合わせによりパワーこそ低くとも結晶像は問題なく山踏みの侵略を塞き止め、返り討ちにするはずだった。だというのに実際はどうだ、結晶像は【守護】持ちとしての使命を果たすよりも先に虚空に溶け出すようにして消え行こうとしている。雲散霧消の言葉通りのその不可思議に声を荒げるロコルへ、アキラが種明かしを行なった。
「これが山踏みの効果だ」
「山踏みの……!? でも、まだバトルは成立していないっすよ!」
「発動タイミングが違うんだ。山踏みの優れたところは相手の場のカードへアタックを行ないさえすれば条件が満たされるって点だ──バトルが実際に行われるかどうかは関係ない。だって効果の発動はそれよりも早いタイミングで起こるんだからな。俺の攻撃命令が通った時点で山踏みは既にその力を発揮させていた!」
「っ、効果の発動を止めるにはアタック自体をさせない必要があったってことっすか」
守りに長けた白陣営あたりならそういったカードも多いだろうが、無陣営のみを操るロコルにそんな守り方はなかなか用意しようと思ってもできない。それこそ《収斂門》が攻撃制限というそのものずばりの効果を持っていたが、それが今は既に突破されて除外ゾーンへと放逐されている以上、そしてデッキに二枚目の《収斂門》がない以上……「アタックさせない」という方法で山踏みを無力化させるのはそう簡単なことではなかった。
(《守衛機兵》のガード能力でも山踏みの効果までは止められない……同じく結果的に攻撃を不成立にさせるようなカードじゃダメっすね。本当の意味で無力化させるには、例えば《封水師リョクメイ》みたいな『攻撃命令が通らない』状態に陥らせる類いのものじゃないと──って、この考え方はまだ早いっすよ、自分! まずは山踏みの効果の詳細を知るところからっす!)
利発である、が故に思考が先行し山踏みにどう対処すべきかと正解を導かんとするロコルはその逸りを戒め、ひとまずは理解に務めようと目の間で起こる事象を見極めることだけに集中する。
「《森王の山踏み》のアタック時に発動する条件適用効果により、お前の場のユニットのパワーは全て3000ダウンした! だから《太古の結晶像》は何もできずに消えたんだ!」
「全体パワーダウン効果……!」
《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》
パワー5000→2000
《太古の結晶像》
パワー2000→0
結晶像がまるで煙の如くにフィールドから姿を消した理由がわかった。それはユニットとして蘇ったからこそ新たに適用される縛り。『ユニットが場にいるためにはパワーを持たねばならない』……翻ってパワーがゼロになったユニットは自動的に墓地へ置かれるという処理によって、結晶像はガードの命令を受け付けるよりも先に文字通りの無力化を果たされてしまったのだ。
ルールによる墓地送りである以上、いくら結晶像が戦闘や効果で破壊されない耐性を持っていようとそんなものは無意味である。山踏みは見事にその隙を突けるユニットだった、ということだ。
「結晶像が不在になったことでガードは無効! 山踏みは予定通りに《万象万物場》へタックできる──ぶちかませ、山の怒り!」
邪魔者の割り込みもなく敵陣の奥へと自身を運んだ巨猪は、最後に一際強く地を蹴りつけることで衝突直前に更に加速。そのまま全身で白く無機質な壁へとぶつかっていった。それはユニットだろうとそれ以外だろうとぶつかり合い殺し合うことを本懐とする山踏みの全てが表れた一撃だった。山脈すら踏み越えるような巨大獣の全身全霊の体当たりに《万象万物場》は少しも持ち堪えることなく崩れ落ち、真っ白な残骸だけを降らせた後には……もう何も残っていなかった。
エリアカードの戦闘破壊。長くドミネファイトに携わっていようとそうはお目にかかれない奇妙な光景、それを目の当たりとした感慨に浸るよりも喪失感に苛まれるロコルへ、彼女とは反対に強い手応えを感じさせる口調でアキラが言った。
「パワーが1でもあれば《太古の結晶像》は壁として働く、とロコルは言ったが。『森王』を相手にそれは少しばかり甘い認識だったみたいだな」
「……!」
確かに、結晶像の復活の際。ロコルの場に《万端の鬼酒》以外にあとひとつでもオブジェクトがあれば結晶像のパワーは4000となり、3000のマイナスを受けても墓地送りにはならなかった。そして山踏みをガードし、《万象万物場》を守るばかりか一方的に巨猪を葬ることさえできた。もちろん、パワーの獲得を目指して他にオブジェクトを並べようとしていたらコストコアの都合上肝心の《楽土の結晶石》を設置できず、アキラへの「誘い」を行なうこともできなければ結晶像としての復活もなかったのだからそこは致し方ないとしか言いようがないが、だとしても──。
ふ、とロコルは微笑む。
「けれどっす。センパイが山踏みを呼んだのはそれこそ《太古の結晶像》という厄介な守護者に対応するためっすよね? そうさせた時点で結晶像は充分に仕事を果たしている……自分はセンパイのプレイを縛れている。それは否定できないんじゃないっすか?」
もしも結晶像がいなければ、あるいは《ミロク・ガネーシャ》によって結晶像を起動させていなければ。ガネーシャから呼び出す『森王』ユニットには他の選択肢だってあっただろう──それを山踏み一択に絞らせたからには、一ターンをそれだけに費やさせたからには必要充分。罠として置いた意味はあったことになる。と、そのことはアキラ自身も認めて。
「そうだな。結晶像がいなければ山踏みは呼ばなかったかもしれない。お前の誘導にまんまと乗った結果その後のプレイングにまで影響が出ているってのは確かだ……でも、ロコル。お前の方だって、縛った上で結晶像だけでなく《万象万物場》まで持って行かれたのは相当な損失なんじゃないか?」
「…………」
ユニットだけでなくオブジェクトやエリアも攻撃対象にできる。そんな特異な能力を聞いて驚くのは当然だろうが、しかし《万象万物場》へ山踏みが迫る際にロコルの見せた表情。そこにある焦りは決して驚きだけが原因ではなかったし、また何食わぬ顔で《楽土の結晶石》を置いた際の演技とも異なる完全な素であった。それだけこのタイミングでエリアカードを狙われるのが彼女にとって想定外だったということに違いない。そうアキラは解釈したし、ロコルの沈黙はそれの何よりの肯定に等しかった。
アキラがロコルの講じた流れに乗ってしまったのは事実。ただし、ロコルが思う以上の激しい勢いを作ることでただ翻弄されるだけには留まらなかった。ある種の痛み分け。現状を評するならそれが最も適切かもしれない。
「何度罠にかけられようとプレイングを読まれようと──ピンチになろうと。その度に少しずつでもお前の想定や思惑を越えて、最後には勝利を掴んでみせるさ。俺を完全に操れると思い込むんじゃないぜ、ロコル!」




