413.荒くれ者の森王!
聖域の広場に重々しい音が響く。ガネーシャの体重とはまた別の神秘的な重みを感じさせた例の地鳴りとは対照的な、ただただその身が持つ物理的な重さだけが原因の激しい地響き。自分が存在するという証明だけで世界を揺らし動かすその巨体の名を「山踏み」と言った。由来はもちろん、高き山々も彼にとってはただの足場に過ぎないからである。
《森王の山踏み》
コスト8 パワー5000 【疾駆】
「発動コストとしてデッキに戻った《ミロク・ガネーシャ》のコストは6、《森羅の聖域》はそれより2高いコスト8以内の『森王』ユニットをデッキから呼び出すことができる──俺が選んだのはこの山踏みだ!」
「こりゃまたとんでもなくデッカいイノシシさんっすね……!」
生命力に満ち溢れた種族である『アニマルズ』をデッキの主軸に据えているアキラはそれだけ巨大な体躯のユニットを操ることも多い。彼のフィールドにそびえる姿が印象的なユニットと言えば、切り札の一体である《キングビースト・グラバウ》がその代表か。『ビースト』以外ならその食欲の凄まじさを見た目だけで物語る巨躯を持つ《暴食ベヒモス》も巨大獣として思い浮かぶ一体だろう……けれど、そんな威容を誇る彼らであっても今ばかりは召喚されてもいつも通りの大きさに感じないはずだ。
何故なら山踏みはもっと巨大い。グラバウやベヒモスが二体重ねってようやく届くかどうかという、それくらいに圧倒的な、一頭のみでアキラの場を埋め尽くしているのがこの山踏みという化け物のようなイノシシであるからして──いや。
ような、ではなくそれはどこからどう見ても。どう考えても化け物そのものだった。
(このイノシシさんが何かしらヤバい効果持ちなのは間違いないっす……でも、それがどういった類いのものかが見えない!)
使用者からの説明を待たずして場にいるユニットのコスト、パワー、キーワード効果は対戦相手にも見える。ファイト盤を用いない簡易ファイトとは違い正式なファイトにはそういったオプションがあるのだ(そもそも簡易の場合は大抵がテーブルなどで、つまりは至近距離でファイトが行われるために相手のカードを直接視認すれば済む話だ)──が、そうやって半端に情報が得られるからこそ惑うことも世には多々あり、それはドミネファイトの最中においても例外ではなかった。
山踏みのステータスやキーワード効果はとても8コストユニットのそれではない。そこだけを見れば先に呼び出された《森王の賢人》と互角程度。ならばカードパワーを比較した際、5コストで召喚できる彼にこそ軍配が上がるのは当然。賢人が持つ登場時効果の有用性を思えば尚のことにその差は歴然となる、からには。ロコルの予見通りに山踏みにはそれだけの差を埋められるだけの恐るべき能力が秘められているのは間違いない。
エミルならば、本来は見えるはずのないそこまでも見通してしまえるのだろうが……ただの「あるだろう」という予想だけでなく実際の能力の仔細までまるで単なる目に映る事実の如くに読み取ってしまえるのだろうが、生憎とロコルは年頃に見合わぬ先見の明こそあれど未だその域には遠く。だからこそ性格読みというメタ戦法のある意味での究極の手段をもってアキラに対抗しているわけだが。なので、これまでにないカテゴリのユニット。まったく事前情報に掠らない範囲から出てくる問いに対しては復習が活きないのもまた、当然でしかなく。知り得ているアキラの嗜好からある程度の傾向こそ大まかに把握できたとしてもカード一枚一枚の効果までは読み切れないのは仕方のないことでもあった。
脅威が発揮されるのを大人しく待つしかない。先のことに考えを巡らせておくだけの余裕を捻出できない。そんな己の不甲斐なさを噛み締めると同時に「何が起こるのか」という楽しみもそれ以上に味わいながら、ロコルは軒昂に言葉を続けた。
「第二の『森王』ユニットを待ち望んでいたのは自分の方っすよ。『ビースト』の代わりのそれを乗り越えてこそセンパイとのファイトの勝利が見えてくるってもんっすからね! さあ、教えてくださいっす。そのイノシシさんに今から何をさせるつもりなのかを」
「いいぜロコル。お望みとあらば教えてやるさ──山踏みは戦闘特化型、【疾駆】を持ってはいるが制約でダイレクトアタックのできないぶつかり合い第一のユニット! そしてバトルする際に発動できる条件適用の効果持ちだ!」
「なるほど、賢人とは違ってそういうバトルタイプっすか。如何にも緑の大型ユニットって感じっすね──だけど持っているキーワード効果が【疾駆】なのにプレイヤーへのアタックが不可となると【好戦】の下位互換もいいとこっす!」
故に、少なくともこのターン中にできる仕事はないだろうとロコルは言う。
それもそのはず、何せロコルの場にはアタックの標的とできる疲労状態のユニットが皆無である。【疾駆】を獲得できなかったことでダイレクトアタックを未遂に終えたブレイザーズはもちろん、結晶像もたった今ユニットとしてフィールドに出たばかりで当然に起動状態。そして《万象万物場》によってユニット化している鬼酒もまた前ターンでアタックはしておらず、そもそもユニジェクトではない山踏みではユニジェクトたる鬼酒を攻撃対象に指定できない。つまるところ現在の状況下において、山踏みが効果を発動させるために必須となる「バトルを行なう」ことのできる相手がどこにもいないのだ。
ロコルの指摘正しく、この状況ではバトルを介して効果を発動させるユニットはまったくの無力となる……ただし。それは山踏みが従来通りの攻め方しかできないユニットであればの話だ。
「《森王の山踏み》でアタックする!」
「なっ!? 【好戦】でないとスタンドしているユニットにはアタックできない! そして自分への直接攻撃もできないっていうのに、いったい何へアタックをするって──」
「攻撃対象は、エリアカード! お前の展開している《万象万物場》だ!!」
「ッ!!?」
エリアカードへのアタック。文字に起こしても意味不明なそれを耳で聞いたロコルの戸惑いは凄まじい。アキラの気の迷いによるとんでもない誤指示。そう思った方がまだ納得のいくその命令に、しかし山踏みは己が巨体を支える太く短い脚の一本で広場の土草を何度も蹴るように踏み、明らかな攻撃態勢へと入っている。命令は、しかと通っている。ならば彼にはあるのだろう。本来ならユニットからのアタックなど受け付けないエリアカードを、自身の「獲物」とするだけのなんらかの力が。
聡明な頭脳でそう理解しつつも言葉を失くすロコルへ、アキラは。
「山踏みは見かけ通りに『森王』の中でもトップクラスの荒くれ者で、もっぱら荒事の矢面に立つのが役割の武闘派だ。生粋の戦闘者であるこいつは戦う相手をユニットだけに絞らない──エリアカードだろうとオブジェクトカードだろうと! 敵陣に存在しているからにはその全てがこいつの標的だ!」
やれ、山踏み! そう高らかに命じるアキラの声と同時に山踏みは駆け出していた。あたかも一個の砲弾の如く全力で自陣から敵陣へ踏み入った巨猪は、そこに並ぶブレイザーズや結晶像には目もくれずに更なる奥へ。ロコルのフィールドを形作るエリアそのものを破壊せんと迫る──それに対してロコルも声を張り上げる。
「攻撃対象がエリアカードだろうと、ユニットによるアタックであるなら! それを止めるのが守護者ユニットの役割っすよね!」
「!」
「結晶像で山踏みをガードするっす! そしてそのバトルの結果山踏みは命を落と──……え?」
その時、自陣で起こった異変に思わずロコルは我が目を疑った。




