407.才能の世代、稀代の寵児たち!
一応の理屈としてはこちらの方がしっくりとくる……かもしれない。アキラの性格を知り、思考の傾向までも大まかに予測できるロコルとしてはそう思う。『射撃』の習得に飽き足らずその「先」まで見据えていた、だけならまだしも。年度末の試験からの進級という特に大変な時期の裏で既に「先」へ辿り着いていたとするには、彼女の思い浮かべるアキラ像と少々の乖離が起こる時点でいまいち論の通った想像ではない。だから納得の度合いで言えば「咄嗟に思い付いたのを咄嗟に実践した」、そちらの方がロコルとしてはアキラらしいことだと受け入れやすい。
だがそれはあくまで相対的な納得だ。どちらにせよすんなりと頷ける話ではないことに変わりなく、学業に忙殺される間にもどこかで暇を見つけては新技術をいくつも開発していた周到さと、ファイト中に必要になったから事前に試してもいなければ思い付いてすらいなかったまったく新しい発想を物にしてみせた煥発さと。どちらであろうと実現に至るための才能のベクトルが多少違うだけで信じられない行為だということに違いはないのだ──それはオーラ操作を身に着けた者であれば余計にそうだろう。
御三家や他高家に属する者なら大多数がいずれはオーラを操る術を覚える。と言ってもその習得年齢の平均はおおよそ十五歳から十七歳の辺りで、厳しい修行を経てもどうしてもオーラ操作の感覚が掴めない者も一定数は存在し、また本当にただ操れるだけで九蓮華の『剣閃』や観世の『混合』といった技の段階にまで入れる者は更に限られる。代々にファイトの歴史を紡ぎながら研鑽を続ける「ドミネ貴族」──つまりは特権階級の彼らですらそうなのだから、世の一般的なドミネイターともなればオーラを操れる者、そして技まで習得している者の割合はとても少ないことは強調するまでもないだろう。
ノウハウの蓄積のない一般家庭出身のドミネイターが、たとえオーラ操作の才気に恵まれていようと多くの者が独自にそれを一から鍛えなければならないというハンデを背負っているのに対し、高家の者なら家の大人たちが教科書付きで手取り足取りその扱いについて指導してくれるために優位性は明らかである。富める者が富める者を生み出していく構図は財界のそれと同じで、そのことに高家とそれ以外での確執が、更には高家の内部においても御三家とそれ以外とで確執があり、もっと言えば御三家内ですらも筆頭の九蓮華と観世・宝妙の間で火花が散っているわけだが……それはともかくとして。
如何に有利と優越があろうとも。一般家庭とは比べるべくもないほどに高家の生まれ、とりわけ御三家出身の者がオーラ操作に秀でていくのがある種当たり前のことであると言っても。しかし平均の例として示した通り、だからとて誰もが技術に精通できるわけではない。どれだけ練習を重ねても技が冴えない一部や、技どころか基礎部分の操作ですら覚束ない一定数が貴族の血を受け継ぐ中にも毎世代必ず出てくるからには、僅か十三歳で大人顔負けの練度で『剣閃』を振るえるロコルがどれだけ突出した才能の持ち主であるかは明白である。
平均より早く、平均より高くオーラ操作の技術を我が物としている彼女は、決してそちらも非才ではない──むしろ彼も平均以上の結果を出している──双子の片割れたるイオリを目立たなくさせているくらいだ。それでいて九蓮華家を出奔する前の時機にはまだ幼いながら既にある程度の才覚を発揮していた彼女を、エミルという度を越えた才覚がまったく目立たなくさせていた。それが後々の家出の難度を下げたことを思えばロコルとしては幸運だったろうが、なんにせよひとつの事実として言えることがある。
今世代は恵まれている。才能に愛されている。
そうとしか言いようがないほどに、特異な者が多い。
御三家のみに絞っても才能の集中具合は過剰にして異常。まずもってエミル一人でも不世出の天才だというのに、それを追いかけられるのが各家に一人ずつはいる──しかもそれらが皆同い年だというのだからこの偏り方は普通ではない。加えて、御三家の外には追いかけるどころかエミルに並ぶ傑物がおり、それと切磋琢磨できる才者までもが複数人いる。確率で言えばまず重なるはずのなかった稀代の天凛ふたつを中心に、変革が起ころうとしている。何かが始まろうとしている。
止めどないアキラの成長を前にロコルにはそうとしか考えられなかった。
「あり得ない、なんて考え方が一番あり得ない。ってことっすね。センパイと真剣勝負に臨む意味を甘く見過ぎていたみたいっす」
習得すら並の労力では済まされないオーラ技。それを独自で編み出した挙句に勝負中に進化させる……その所業が、オーラ操作の英才教育を受けた過去のあるロコルだからこそより一層に信じにくいものであったとしても、しかし今は。このファイトにだけはそんな持ち前の感性など当てにしてはいけないと。それはミスを誘発させる何よりの足枷であると、そう認識しなければならない。
「引き上げてもらっている自覚はあるっすけど。けど考えてみればセンパイだってそれ以上に自分自身を引き上げているんすもんね……対戦相手まで引っ張るのはあくまでそれの副作用みたいなものなんすから、そりゃあ常識外れなことだっていくらでも起こり得るっす」
引いたカードを確かめる。どれだけ「あり得ない」だとか「信じられない」やらの否定の言葉を口にしたところでなんの益体もないだろう。結局のところ現実に起きたことが全てだ。ロコルはアキラに撃ち抜かれた。その手にあるカードは望んだものではない──絶対に引いてみせると意気込んだ《ジェットパック》では、ないのだ。それが現状を表す全て。
で、あるならば。
「どうした、ロコル? これ以上やることがないっていうなら俺がターンを貰うぜ」
「あは──そう欲しがらないでくださいっす、センパイ。とんでもない新技にまんまとしてやられたのは確かっすけど、だからって何もできないわけじゃないっす」
終わらせるためのものでこそなかったが、次に繋げられるカードを手にすることはできた。運命力を減衰させられたと言ってもまったくの皆無とはなっていない。最低限、いやそれ以上にデッキは応えてくれているのだからその持ち主として自分もやれるだけのことをやらなくてはいけないだろう。そう意気を改めて募らせてロコルは引いたばかりのカードをファイト盤へと勢いよく置いた。
「未使用の3コストを全てレストさせて、《楽土の結晶石》を設置するっす!」
人間大の大きさをしたクリアブルーの結晶がロコルのフィールドに置かれる。よくよく見ればそれはただ大きいだけの石ころではなく、内部にぼんやりとした何かの形が浮き上がっていることがわかるが、しかし不明瞭なためにその詳細までは見通せない。新たなオブジェクトがどんな効果を発揮するのかと身構えたアキラ──だが、彼の用心に反して結晶石はなんの動きも見せず。
「自分はこれでターンエンドっす。お望み通りに手番を移すっすよ、センパイ」
「……俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー!」
設置されたオブジェクトが沈黙したままにターンが渡ってきたことにホッとするどころかより強く警戒を見せるアキラ。スタートフェイズでコアと手札を増やしつつ、アクティブフェイズへ移行……する前に、彼にはどうしても確かめておかねばならないことがあった。




