406.不可能
何が起きたのかわからなかった。いや、知覚はできているはずなのだが脳が確かに処理したその情報を心の方が受け入れ難かったようだ──信じられない、信じたくない思いがあった。何せこんな事態はロコルの想定に一切入っていなかったのだからそれも当然だ。
(軌道が、見えなかった……斬るどころか反応もできなかった。気付けばもう撃ち抜かれていた……!)
オーラによる攻め。それはあくまで運だとか流れだとか、目に見えなければ触れられもしない概念を相手から散らすためのもの。それが成功したからとて肉体的なダメージを与えられる類いのものではないが、しかしロコルは確かに感じていた。貫かれた胸から生じる焼け焦げるような熱と痛み。彼女を撃ち抜いたのは、一条の閃光であった。それは言うなればオーラのレーザー。弾丸より面が大きいものの発射から目標への到達までが桁違いに速い、『射撃』の亜種。そこまで推測できていながら、ロコルにはどうしても信じられなかった。
「こ、こんなのありっすか……一瞬に三連続の『射撃』! しかも三射目はレーザーだなんて、そんな、あり得ないっす。それはもう九蓮華に伝わる以上の技術じゃないっすか……!」
攻防に負けたことでオーラを霧散させながらロコルが訴えるのは、あまりにも新技に対するアキラの技量が高すぎること──初の実戦使用と言うにはいくらなんでも練度が高すぎるという不自然への指摘だった。
オーラを圧し固めて撃ち出す通常の『射撃』を二発。その直後に今度は圧縮と射出のやり方を変えてレーザー状にして放った。やったことを言葉にすればこれだけだが、しかしドローに運命を乗せようと、そうはさせじと繰り広げられたこの攻防はあくまでロコルがカードを引き切るまでの刹那の間に交わされたものだ。ほんの一瞬の間にここまで複雑なオーラ操作を叶えるのはそれこそ思考派の極致にいるような。エミルや、同じく思考派に属するプロのドミネイターでもなければ不可能な芸当である。
弾丸を二連続で叩き切ったロコルの腕前が達人級だとすれば、達人級の技術でなければ対応できない状況に追い込んだアキラもまた同じく達人級と称することができる。その上で彼はそれを越えてきた──達人同士並みの受け攻めも、ロコルの予想も遥かに超えて、オーラのレーザーという進化した『射撃』。そんな撃たれた当人はもちろん、観戦している誰しもが理解に遅れるような隠し玉ならぬ隠し弾でもって押し合いを制した。
そこまで行ってしまえばもう表現のしようもない。
アキラの技量は、半年前に覚え始めたばかりであるはずのオーラ操作の腕は、既にエミル級か。あるいは工夫を含めた細やかな技量のみで言えば彼すらも上回るものがあると、そう見做すしかない……それがどれだけ異常なことであるかはエミルの妹であるロコルだからこそ誰よりも理解できる。
「新デッキを隠しておくのとは訳が違うっすよ。完成度にいまいち納得がいってなさそうな言い分だって欺瞞もいいところじゃないっすか……本気でそう言っていたなら贅沢が過ぎるっす。だってこんなにも見事に人のことを撃ち抜いてるんすからね」
どうやって身に着けたか、よりも。一層に気になるのはどうして身に着けたのかだ。新技を欲し、思い付き、開発する。そこまではエミルとの決戦から今日の日までにできたとしても──ノウハウもなしに一から始めるには期間としてあまりに短すぎるとしても、他ならぬアキラのことだから不思議ではないと一応の納得もできる。だが、習得するだけでなく習熟する。ましてや次のレベルにまで技を進ませるとなるといくらなんでも「あり得ない」。そうロコルの知識並びに直感がどちらも否を唱える。たった半年でそこまで技術を突き詰めるなどまず現実的ではないと。
仮にそんな非現実的な無理難題を実現させられるとすれば、実現してみせたのだとすれば、そこには血反吐を吐くような狂気の努力が必須だろう。……その点もアキラなら、ロコルとの真剣勝負にロコルが思う以上の情熱を注いでいた彼ならば次なる死闘を予期してそれに打ち込んでいたとしてもおかしくはないのかもしれない。血の滲む修行の果てに、濃密な半年間の末に習得した奥義なのかもしれない。
だとしてもだ。
そこまでの狂気に身を染めるにはそれなりの動機がなくてはならない。「いつの日かロコルと本気のファイトをして、勝つため」。ただそれだけのためにアキラがあの日から今日までを過ごしてきたなどとは考えづらい。あるいはロコルだけに限らず、エミルとの再戦やコウヤを始めとしたライバルたちとの激闘を見据えての猛特訓だったとしても、しかしひとつの技にここまで拘るのは少々彼らしくない……エミルだけでなくアキラのことだってよく知るロコルなだけに、そこには大きな違和感があった。
実際にアキラはこの半年の間──進学というイベントを経て二年生になった彼は、他の生徒同様に忙しい毎日を送っていたはずだ。年度末にはアカデミアで学んだ一年間の集大成を見せる名目での教師とのファイトという最終試験が待っていたし、二学年の初日からも抜き打ちのサバイバルマッチが実施され、なんとこれらの試験によりそれぞれ一名ずつが脱落し学園を去っている。
授業外にもイベントが目白押しだったせいでともすれば忘れがちであるが、アキラの通う学校とはそれだけ厳しい場所なのだ。ただ「生き残る」だけでも至難である魔境に身を置くからには、本来なら自身の成績だけを気にしてそれを伸ばすことに全力を傾ける。それぐらいしないことには卒業どころか来年の進学すら怪しい。そんな過酷な日々を過ごしながらもアキラはきっちりとハードなスケジュールに食らい付き一定の成績を残しているし、こうして成績には加味されない(と言われているが生徒たちは信じていない)合同トーナメントという文字通りの純粋なイベントにおいても決勝まで駒を進めてもいる。そのために新しいデッキの構築や戦術を練る手間暇を惜しむことなく……そうなるとなおのことに無理だ。
アカデミアでの生活を充実させながら『射撃』の技術をこうも磨くなど、どちらか一方だけでも常人にはまず達成不可能な鉄下駄の如き二足の草鞋を履きこなすなど、どれだけアキラがドミネイターの才に溢れた人間でも、ドミネファイトに愛し愛された人間であったとしてもそんなことは。
と、それら含めて「信じられない」という結論に至ったロコルがぶつけた心からの疑問に、アキラは言う。
「ロコルの言う通りだ。オーラの弾丸だけならまだしも光線にして撃つなんて、そこまで技を進化させるなんて学業とは両立できやしない。それこそロコルとかミオみたいななんでもできる奴ならそういうこともやれるかもしれないけど、俺は元々そう器用なタイプでもないしな」
「でも、こうしてセンパイは九蓮華にもないような技を」
「隠れて開発はしていない、って意味だ。つまりだな、俺が事前に編み出していたのはただの『射撃』であって。それを二連続で撃ったり、光線にして撃ったりっていうのは──たった今このファイトで。ロコルの運命力に対抗するために咄嗟にやったことなんだよ」
「と……咄嗟に? 自分がドローするその瞬間に閃いたものを、閃いたままに実行してみせたってことっすか。──は、はは。マジっすかセンパイ」
事前に、ではなく只中に。瞬間的に、瞬発的に開発されたもの。それが自身の度肝を抜いたのだと知って……アキラの言葉に虚偽の匂いがまるでしないことで、ロコルは笑うしかなかった。何故ならそれは、学業の裏で技の練度を高めていたこと以上に信じ難い事実であったから。




