402.兆し
リセット後が自ターンから始まることの優越を主張するロコルへ、アキラはその論の正しさを「そうだな」と特に否定することなく、しかしこう続けた。
「だけどそれは、お前のその三枚の手札。そしてこれからドローする一枚次第だ。そうだろ?」
「違いないっす。つまりセンパイ、自分たちはまだ」
「五分と五分ってわけだ」
──楽しくなってきた。と、アキラとロコルはよく似た表情で、よく似た眼差しで、よく似たオーラの輝きに包まれた。それを見て観客席がにわかに騒がしくなる──皆が驚く。中でも半年前、この場所でその光の当事者であった一人。九蓮華エミルの反応は一入であった。
「兆しの光……! アキラ君はともかくロコルまでもが!」
「兄さま、それじゃ二人は──?」
傍らにいるイオリからの問いかけにエミルはしっかりと頷いて肯定を返した。
「ああ。覚醒を果たそうとしている……今はまだその前段階だがね」
アキラは、そしてエミルも既に『準覚醒者』と認められている。例の決戦を経てしばらくが過ぎてもまだ準の冠が取れないのは、単純に彼らがドミネファイトのプロ資格を持っていないからだ。
ファイトに様々な奇跡をもたらすのが覚醒者。ドミネイト召喚はそんな奇跡の中のひとつであり、覚醒者は皆それを習得しているが、しかし習得した者が皆覚醒者ではない。他の様々な奇跡も当たり前のように起こし、その上でプロの舞台で勝つこと。勝ち続けることが覚醒者には求められる。ファイト中にやっていることだけで言えば──オーラ操作というこれもひとつの奇跡に属する技術を過不足なく操れている点も含め──アキラ、エミルの両名は覚醒者にもなんら劣らない。世界中でも数えられるほどしかないドミネ界の公認覚醒者に、いずれ二人ともなるだろう。それは彼らの巣立ちを待つ教師陣にとって確実なことだったが、けれどプロ資格を入手し世間からその実力を認められるまでは二人とも『準覚醒者』のままである。
御年百二十五歳で現役のプロドミネイター。「最古にして最強の覚醒者」と呼ばれている世界ランク殿堂入りの男。かつてプロシーンで数少ない日本人の実力者として活躍したアカデミア学園長が生まれる前からファイトで世を変えてきた文字通りの生ける伝説に、ひょっとすればこの二人が。半世紀以上は敗戦を経験していないという一般のドミネイターからすれば雲の上の存在に、どちらかが勝利する未来もあるかもしれないと。アキラとエミルならその軌跡も起こし得るのではないかと今やDAだけでなく日本ドミネ界全体からも「希望」として扱われている。
特に家柄のしがらみから自ら抜け出してある種の自由を手に入れたエミルは、その気ままさのままにプロの世界でも大いに暴れてくれるだろうと目されている──無論、エミルに自由を与えた当人であるアキラにも同じだけ期待の目がかかっているが、卒業間近のエミルと違って彼は現時点で二年生。まだまだ学びの期間があるために、まずは来年からの片割れの活躍を見たい、と世間の注目が集中している状態だ。
とまあ、そういった具合に周囲の熱狂冷めやらぬのが覚醒の兆しを見せた者の宿命。ムラクモあたりはこのことをあまり喜ばしく思っていないが、しかしこうなることはエミルへの対処に同じ学生であるアキラを宛がった時点で、それこそが最良であると決断した時点で予想しアキラ自身と共に受け入れていた事態でもあるので、まだ生徒である子供に背負わせるには大きすぎる期待をどうかとは思いつつも二人のサポートを惜しまないようにしている。そういったスタンスの教師は両者と関りの深い者たちを中心に少なくないが、そんな彼らだから今の状況には大いに驚かされていることだろう。
九蓮華エミルと若葉アキラに続き、まさかこんなに早く続く者が学園から出てくるなどとは、それも先ほどのクロノに続いて四人目まで現れるとは彼らを支えんとする誰しもが予想だにできていなかったことなのだから。
特にロコルだ。いくらエミルと血が繋がっていて、既に特異な才能を見せているとはいえ、だからといって一年生のこの段階で兆しを手に入れるなど。そんなことがあるはずもないと、どうしてか皆が思い込んでいた。奇跡を起こせる者には常識など一切通用しないと知りながらこれ以上の奇跡は続かないと、何故か。……無理もない、兆しを持たぬ者にとってはそれが当然で、その発想を越えていくからこその覚醒者。こうして人々をアッと言わせるのが本懐だとも言えるのだから、これは必然でもあった。
「若葉アキラは入学前から奇跡らしい爆発力を見せていた。兄さまに至っては入学よりずっと前から既に兆しを自覚していた──それに比べればロコルはむしろ遅いくらいかもしれない。でも」
「でも、充分に早い。いつかはイオリや、観世くんや宝妙くんも辿り着けるであろう領域。だとしても先んじた事実はロコルの才能と努力が実った証。私はそれを祝福する。今後のことを思えば学園側だけでなくロコル自身も相当に苦労するだろうが、けれども。その賑やかさを思うと羨ましいとすら思うよ」
それは彼が無意識に欲して、だけど手に入るはずもなかったものだから。もうすぐ学園を去る、去ってしまう兄の寂しげな雰囲気にイオリは口を閉ざす。どう言葉を返していいものかわからない弟へ気を遣ったのか、あるいは何も気にしていないのか。エミルは口調を変えて「だが」と話の向きを変えた。
「実ったとは言ったが、これは何もロコルの積み上げたものの結実だけではないな。彼女の力だけで成ったのではない──やはり、対戦相手がアキラ君だから。彼との真剣勝負だからこそロコルはここで兆しを示せたのだろう」
若葉アキラは苦難を前にしてこそ最大以上の力を発揮する。だけでなく、敵すらも引き上げてしまう生粋なまでのドミネイターだ。彼とのファイトは常に全力になる。それはアキラのひた向きさと、そんなアキラへだからこそ勝ちたいと。対戦意手がそう強く願うが故の現象である。
自身の分身、いやさ半身であり、己の覇道の象徴でもあったドミネユニット《天凛の深層エターナル》。不撓不屈の存在であるはずの相棒を見事に打ち倒されて一時は鎮火したドミネイターとしての魂を、しかしアキラはもう一度高らかに燃やした──火をつけてみせた。そこからの勝負は過去のどのファイトと比しても最高のものだったと、そう自信をもって断言できるエミルだから。そんなドミネイションズに携わる者なら誰もが羨む体験をした彼だから、アキラの性質については一家言以上のものがあった。
「ロコルもまた引き上げられたのだ。あの時の私のように、アキラ君によって限界以上を引き出された。いくらロコルの実力が確かだとはいえ、あの子はそれを思うがままに振るうことを良しとしないタイプ。むしろ隠すことにこそ長けた演技者だからね。そうやって自重している内は兆しなど手に入らない。あの領域に踏み入るにはまだ時間がかかる、はずだったのだが」
それが覆ったのは、この先もロコルを縛るはずだった枷が破られたのは、偏にアキラとの独特な関係性が導いた自然の成り行きだろう。その点に関しては先んじてアキラに導かれたエミル以上に、ロコルこそが。相思相愛によってより強烈に引っ張られること。より克明に引き上げられることは必定とも言えるのかもしれない。
「たった一戦、されど一戦か。本気のファイトがドミネイターに与える影響は甚大だ。ましてやそれが待ちに待った想い人との聖戦となれば、尚更に」
少々妬けてしまうね。と、小さな呟きで締めたエミルが見つめる先で、ロコルが動きを見せた。




