401.五分と五分の戦況!
「互いの全てをリセット完了……? よく言うぜ、ロコル。稼いだアドバンテージを丸ごと初期化されたのは俺の方で、お前は一方的にアドを稼いだに等しいじゃないか」
アキラは築いた戦線を、ロコルはオブジェクト《禁言状》を。六対一だ。フィールドから消えたカードの枚数差は強調するまでもなくアキラから多大な有利を消し去ったが、消えたものはそれだけでは済まされない。
現在彼らの手札は共に三枚。それは《収斂門》のリセットの最後に三枚ドローの処理があったからだが、アキラの元々の手札が五枚だったのに対してロコルはたった一枚だったのだ──つまり彼女は実質的に二枚のドローを行なったようなもので、アキラの方は逆に二枚のハンデス(手札を失わされること)を食らったようなものである。四枚もの差を一気に埋められたとあっては、手札を切らさないプレイングを心掛けていたアキラにとって相当に痛い。盤面が空にされたのと相まって彼が失った資産はあまりに大きいと言える。
互いに手札が並び、コストコアも五つ同士。その上でライフコアの数に関してはアキラが三つ、ロコルが四つ。たったひとつとはいえロコルが優勢。まさしくリセットの被害ばかりを受けたのはアキラで、恩恵ばかりを受けたのがロコルであった。
覆したはずの状況が、更に悪くなった。構築の秘密も露呈した今となってはそういう見方もできるだろう。アキラが己の現状をそう客観的な視点をもって察する中で、ロコルは彼の言葉にしかと頷き。
「自分だけがアドを稼いだ。相対的には、そういうことになるっすね。《禁言状》が無意味と判明したところでもあるし、ある意味じゃセンパイは最高のタイミングで《収斂門》を破壊してくれたっす。もちろんセンパイにとっては最悪のタイミングってことになるっすけど」
そう、何よりもタイミングが重要だった。相手によって除去された際に強制発動する効果。その性質上、プレイヤーであるロコルにも《収斂門》のリセットは制御できない、操作不能の危険な力となる。場合によってはロコルの有利すらも敵に塩を送るかの如くに全て消し去ってしまう爆弾なのだから、意気揚々と《収斂門》を繰り出してそんな不安をおくびにも出さなかった彼女の演技力は称賛されて然るべきだろう。
それに見事に騙されて、そこに仕込まれている爆弾にまるで気が付くことなく大爆発させてしまったのがアキラであるからして、彼は再び苦笑めいた表情を浮かべた。
「よくやるな、ホント。とんだギャンブルじゃないか」
「いやー、一応は勝算があるつもりだったっすから。言ったようにセンパイはまず《禁言状》の処理を第一に動くだろうから、その分《収斂門》は安全だとか。『ビースト』を呼び出されたとしても、イヤなのは最低でも一体はユニットの動きを封じる《守衛機兵》の方で、よっぽどユニットの列でも組まれない限りは門の方が優先して狙われることもないだろう……なんて、センパイの構築がわかった今となってはなんとも的外れな計算ばかりをしていたっす」
だからただの偶然なのだ──とんだ幸運なのだ。こうもバッチリの時機において《収斂門》が退かされ、そのリセット効果が発動されたのは、ロコルからすれば慮外にして望外の出来事。言葉にするなら「棚から牡丹餅」が相応しい本当の意味でのラッキーであった。
否。そういう幸運を掴むのも、自身に有利な運命を掴むのもまたドミネイターの素質にして資質。であるならばそれを掴めたという事実はなかんずくロコルが持つ才能の発露だと見做して然るべきかもしれない。少なくとも、劣勢を一ターンと待たずに覆してみせたのは確かなのだからアキラとしてはそう受け入れるしかない──その上で、引き続きの劣勢に立たされているのが自身であるという自覚をもって、それでもなお彼は言う。
「だけど本当の初期化じゃあ、ないよな。残されたものも俺には……いや、俺たちにはある」
「…………、」
アキラの言が何を指してのものかは明白であった。エリアカード。互いに唯一残された、先の盤面から継続されたそれこそが《収斂門》たったひとつの置き土産。かのカード自体がエリアと密接に紐づいた関係だからなのかどうか、心中めいた派手な道連れ効果でもフィールドに展開済みのエリアカードだけはその対象外。しかも操り手だけでなく相手プレイヤーにもそれが適用されるというのだから、どういった理屈にせよ《収斂門》にとってエリアとは文字通りに不可侵の領域である。そういった風にデザインされている、ということ。
そのおかげでアキラには《森羅の聖域》が残された。このことはロコルの側にも《万象万物場》が残っているというデメリットを補ってメリットの方が大きい。と、彼自身はそう疑っていなかった。
「お互いに戦術の核となるエリアカードは残された。システムとして見るなら《万象万物場》より《森羅の聖域》の方が生き残った意義は大きいだろうぜ。それに、相手方の戦い方のおおよそがわかっている今。《禁言状》っていう俺への対策の最大の一手が欠けたままなのはお前にとっても困ることだろ? 痛手を負っているのは俺だけじゃあない」
「──ま、そうっすね。説明した通り《禁言状》は先手でしか機能しないっすから……そのファイト中で既に使用されているカテゴリは宣言できないという制約がある。つまりデッキに戻った《禁言状》を引き直したとしても今から『森王』や『アーミー』のプレイを禁止することは不可能っす」
ロコルもまた、対アキラを根本から。実戦の最中に見直し、アジャストさせていく必要がある。《禁言状》という反則的なメタ札が実質的に死に札と化したのはもちろん、《収斂門》と《守衛機兵》のコンボだってもう使えない──一枚しか入れていない《収斂門》が自身の効果によって除外されてしまっていることを抜きにしても、同じ手を繰り出して通用するほどアキラは甘い相手ではないとよく知っているだけに、リセットとは言っても「手を失っている」。そういう意味ではまだまだポテンシャルを発揮していない『森王』を聖域によっていつでも呼び出せ、また『アーミー』のアド稼ぎによる立て直しだって見込めるアキラの方がずっと失ったものが少ない。という見方だってできるのだ。
これは決勝戦に向けて新たにデッキを組むに当たって、あくまでも王道のビート戦法を貫いたアキラと、ある種のロック戦法を対策の主軸に置いたロコルの差が如実に出た形だ。どちらが良い悪いの話ではなく、手が割れてしまえばコンボによる封殺は弱い。そして崩された状況から立て直しが利きやすいのはユニットを出して攻めていくというシンプル極まりない打ち倒す戦術の方だという、ただそれだけの純然たる事実でしかない。
複雑であるが故に嵌れば凶悪なロックと、単純であるが故に場面を選ばないビート。フィールドが更地となっている現状、どちらの方が再びの「よーいドン」を切って先頭を取るかは考えるまでもないことだ──が、しかし。
「お題目その通り……だけど理論や理屈が常にまかり通るわけじゃないっす。ことドミネファイトにおいては、特にっすよね。それになんといっても今はセンパイのターンで、使えるコストコアはもう残っていない。ターンエンドするしかないとなれば、実際にスタートダッシュを決められるのは自分っすよ。この優越はデッキタイプの有利不利を埋めるくらいに大きいっす」
挑発的に、小悪魔を思わせるいたずらな笑みでロコルはアキラにそう答えた。




