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40.目には目を、大食らいには大食らいを

「俺のターン、スタンド&チャージ。そして……ドロー!!」


 裂帛の気合を込めて行われたそのドロー。現在アキラの手札に逆転の一手はない。チハルが敷いた湿地と蛇軍団の布陣を突破できるカードはないのだ──だったら引けばいい。手札にないのならデッキからそれを呼び込むまで。コウヤがいつもそうしているように、強いドミネイターたちが当たり前のように欲しいカードを欲しい時に持ってくるように。


 自分もまたそれができて当然だと信じる。デッキが応えてくれるのが自然だと信じ込むのだ。そこに絆があることを、決して疑ってはいけない。疑いさえしなければ、ほら──。


「引ける」


「……!?」


 静かながらに何かを感じさせるその呟きにチハルが警戒する。それに構わず、笑みを絶やさずにアキラは引いたカードを右手に持ったまま言った。


「残された二度目のディスチャージを宣言! ライフコアをひとつ犠牲に、コストコアをひとつ増やす!」


「ここできたか!」


 五つあったライフコアが四つに。その代わりにアキラのコストコアは合計十一個にまで増えた。序盤に『フェアリーズ』のユニットでブーストしていたこともあって使えるコストはたっぷりだ。これが道を切り開く。そう意気込んでアキラはたった今ドローしたばかりのそのカードを翳した。


「そっちの《大ミズチ》が大食らいだっていうのなら、こっちも見せてやる! 俺のデッキにもいる大食らいを──召喚! 《暴食ベヒモス》!」


 《暴食ベヒモス》

 コスト6 パワー2000


 地響きを立てて現れたるは巨大な象。マンモスを思わせる毛並みと牙、それに立派過ぎる長い鼻を持ったそのユニットに、チハルは目を見開いた。


「ベヒモス……そのカードは!」


「知っていたかチハルくん。そう、こいつは登場時に餌として場のカードを一枚食らうまさに暴食のユニット! この効果は強制だから扱いにくい場面もあるけど、それを補って余りあるメリットを持っている!」


 どのカードでも対象にしてしまうために、相手の場にカードがなければ自分の場から犠牲を選ばなければならず、仮にベヒモス一体のみという状況であれば彼は己自身を食らってしまうような見境の無い大食漢だ。しかしこういった場面……つまりは絶好の餌が目の前にあるような場合であれば、ベヒモスはその恐るべき食欲で主人を救うこともできる。


「ベヒモスの優れている点は除去方法が『墓地送り』かつユニットではなく『カード』を指定していること。同じ墓地送りでも《大自然の掟》はユニットしか除去できないが、こいつならエリアカードだって問題なく食らえる!」


「エリアカードの対策になるカードを入れていたのか……!」


 決められたダメージを与える火力スペルを始めとし、ユニットを除去するための手段は豊富にある。戦闘での排除もそのひとつにして基本だ。それに比べてエリアカードは、ユニットカードと同じく場に残る性質がありながらも他のユニットから攻撃されることがなく、効果で破壊されることも少ない。つまりは場から取り除くのが困難なカードなのだ。それを利用して使い手はエリアカードを維持したまま有利な戦線を作り上げていくわけだが、ユニット対策と比較すれば少なくともエリア対策となるカードも皆無というわけではない。限られてはいても除去の手段は確かに存在している──が、しかし。


 ユニットはどんなデッキにも必ず採用されている。だからユニット対策も必須となり、デッキに組み込む価値がある。だがエリアカードは必ず相手のデッキに入っているとは限らず、故に対策を組み込んでも下手をすれば無用の長物となりかねない。対エリア用のカードが手札に持て余すだけの邪魔な存在となってしまえば、その分アドバンテージを失っているにも等しい。こういったリスクがあるから相手のデッキ内容がわからない内はピンポイントメタ(※限られた戦法への対策)は採用しにくく、それがエリアカードの生存力を高める一因ともなっていた。


「だけど《暴食ベヒモス》ならユニットも除去できるから、その用途は対エリアカードだけに限られない」


「……デッキパワーを落とし過ぎない最適な選択だと、僕も思うよ」


 苦々しい顔でそう肯定するチハルだったが、けれど登場時の除去を終えてしまえばベヒモスは単なるパワー2000のバニラ。コスト6の重みに似合わない弱小ユニットである。ユニットを除去する目的で使えば些かパフォーマンスが悪いと言える……つまり、ベヒモスはやはり対エリアカード(ないしは破壊耐性持ちの除去)として運用してこそ本領が発揮されるユニットだということ。


 ピンポイントとまではいかずとも最大限の活用が難しく、採用に決断を迫られるカードであることに間違いはない。それこそ例に上がった、同じコストかつクイックスペルでの防御面も期待できる《大自然の掟》もあることから、たとえ所持していても《暴食ベヒモス》はなかなかデッキに入らないカードでもあった。


 それをよくぞ。そう思うチハルにアキラは。


「本試験でエリアカードに苦しめられた経験があるからね。ちゃんとその対策はしていたさ」


「……いや、僕が驚いたのはそこじゃない。それをよくぞこの土壇場で引いたなって。そこに感心していたんだよ。──さあ、ひと思いに食らうといい」


「ああ、そうさせてもらう。やれ、ベヒモス! この湿地帯の全部がお前の餌だ!」


 ぐぉん、とベヒモスは巨大な鼻を天に持ち上げ、勢いよく振り下ろした。深々と泥沼の奥底に突き刺さったそれがポンプのように蠕動を始めれば、鼻の周囲のぬかるみがみるみるとその嵩を減らしていく。──吸い上げているのだ。まさしく鼻をポンプ代わりに、異常なまでの吸引力で土地の全てをベヒモスは吸い尽くして食らい尽くさんとしていた。


 一面に広がった湿地帯がその面影をなくすまでにそう時間はかからなかった。おおよそ五秒程度ですっからかんになり元通りの光景となったフィールドで、ベヒモスはごっふぅと重く口から息を吐き出した。それが食事終わりのゲップであると気付いた者がファイトルーム内にどれだけいるかは不明だが、とにかく一個の食欲が一個の地形を塗り潰した。それだけは誰の目にも明らかであった。


「《つまずきの湿地帯》清掃クリア! これでチハルくんの蛇軍団の強化は解除される!」


 《大ミズチ》

 パワー6000→4000


 《ミミズチ》

 パワー1000


 《沼蛇》

 パワー1000


「く……!」


 【守護】を失ったことでただの棒立ちユニットとなった《大ミズチ》と《沼蛇》。守りをなくしたことに残りライフが二であるチハルは焦りを覚えたが、しかしアキラの狙いはチハル本人ではなく彼のユニットの方だった。


 無防備になったのはチハルだけでなく蛇軍団も同じ──今の手札と残りコストではライフを削り切れない以上、やるべきは可能な限り相手の場を荒らすこと。そのためにアキラは新たなカードを手に取った。


「スペル発動! 《バトンタッチ》!」


「ば、《バトンタッチ》!?」


「緑使いならこいつも知ってるだろうけど、説明させてもらう。こいつは場のユニット一体を同じ陣営の手札のユニットと入れ替えるスペル。入れ替え先のコストは元となるユニットのコストに+1した数値以下に限られる。……つまり元ユニットより軽ければ呼び出しに制限はないってことだ!」


 その言い方はベヒモスよりも低いコストのユニットを召喚するという宣言に等しく。いったい何を呼び出すのかと身構えたチハルに対して、アキラはその答え合わせとばかりに一枚のカードをボードへ勢いよく置いた。


「コスト4! 《ビースト・ガール》をベヒモスと交換して召喚!」


「!?」


 鈍重なベヒモスと入れ替わりに姿を見せたのは、空中での前回りという軽快な挙動でフィールドに降り立った褐色肌の獣少女。知らないユニットの登場に泡を食った気分になるチハルだったが、なんにせよ《バトンタッチ》のコストは2。普通に呼び出すよりも2コスト浮かしたことでアキラはあと3コスト使える──そこに良くない気配を感じた彼の直感は実に正しく。


「残った3コストで俺はこいつを追加召喚! 来い、《デンゲキ・バード》! ──言っておくぜチハルくん。湿地帯だけじゃない、俺は今から君の場を完全壊滅させる!」


「……!」


 堂々たるアキラの宣告を、チハルもまた怯むことなく受け止める。ファイトは間もなく決着がつく。その予感は双方に共通しているものだった。



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