399.『リセット』
「リセット……だって?」
聞き捨てならない不穏なワード。戦いを忘れたように嬉しそうな、感慨深げな表情から一転、ドミネイターらしい勝ち気な輝きを瞳に取り戻したロコルが発したそれに、アキラはおうむ返しをした。
「……どうやってだ? 俺の場には六体ものユニットがいて、《森王の賢人》はアタックが可能。そして次のターンから『アーミー』軍団も加わっての一斉攻撃も始まる。《収斂門》と《守衛機兵》による盤石の守りが崩れたからには、もうお前のライフの安全保障はどこにもない。確かにお前からすれば一旦リセットしていまいたいくらいの状況だろうけど──」
もはやオブジェクトとしては無用になった《禁言状》がひとつ。そんな盤面でどうにかするには無理があるだろう……いくら《万象万物場》という特異なエリアカードの効果によって《禁言状》がユニット扱いを受けているとはいえ、だとしても六対一。比べるべくもない火を見るような戦力差なのだからこれを覆すなど、リセットなど夢のまた夢。付け加えて言うならばアキラがそう判断するのはロコルの現在の手札枚数がたったの一枚──これは《マガタマ》の復活効果のコストとして手札を切ったことに由来する──というほぼほぼの枯渇状態にあることもその一因である。
対するアキラの手札は五枚。優勢は盤上だけでなく、たとえ盤上が崩されても後続が見込めるという意味で正しく戦力差を表するなら六対一ですらない。そこにはもっと甚大な差があるのだから尚のことに、現状はアキラの絶対有利。一ターン前にはロコルが究極と言ってもいいくらいの盤面を築いていたことなどまるで遠い過去の如くに、全てを「持って行った」と。それをアキラ本人だけでなく、このファイトを観戦している大講堂の全員が。全てのドミネイターがそう断じていた──だから警戒をしなければならない。
全てをひっくり返された、そう誰よりも強く認識しているのは、ひっくり返されたロコル自身であるはず。なのに気負いもなく、ある種の軽々しさすら伴って口に出された『リセット』という単語をアキラはひどく不気味に思った。
経験と直感が打ち鳴らす警鐘は、とても正しくて。ロコルはその体内には存在しない感覚器官の鋭さを称えるように高らかに、力強くフィールドを指し示して言った。
「自身を除外することで墓地の《収斂門》の効果が起動するっす!」
「なっ──《収斂門》に、攻撃制限以外の効果が!?」
「あったんすねぇ、実はこれが!」
自分としたことがうっかりと説明をし忘れてたっす、などと嘯くロコルにアキラは苦笑のような、歯を噛み締めるようななんとも言えない笑みを返した。そこにあるのは「してやられた」という己が読み違いを認める悔しさと、読み違いを誘ったロコルの巧みさへの脱帽。そして何よりもこれから何が起こるのかという未知へのワクワクが表れた、実にアキラらしい顔だった──それを受けてロコルはますます勢いづく。
「《収斂門》が相手によってフィールドから除去され、墓地へ置かれた時! まだ自分の場にエリアカード《万象万物場》が展開されたままであれば、この効果はプレイヤーの望むと望まざるとにかかわらず強制発動されるっす! その内容は──自分と相手、互いのフィールドと墓地にある『エリアカード以外の全て』をまとめて手札へ回収し、それをデッキに加えてシャッフル! そして新たに三枚のカードを引き直すっていうまさしくの『リセット効果』っす!」
「……!!?」
言葉もないとはこのことだった。場のエリアカード以外の全てを──ファイトに行使された何もかもを一旦デッキに戻し、新たに手札を引き直す。まさに初期化の言葉が相応しいやり直しの能力。なんの比喩でも冗談でもなくそんなことが本当に可能だとは、さしものアキラだってまるで読めなかった。故に、呼び出した六体のユニットが。墓地に眠る他のユニットやスペルが、そして蓄えていた手札すらも、何もかもが吸い上げられてデッキに還っていく様を目の当たりとしても、アキラにできるのはただただ呆然と目を見開くことだけだった。
「センパイの場はたくさん並んでいただけあって回収が派手っすね。その点こっちは地味なもんっす。墓地のカードと共に《禁言状》を手札へ戻し、デッキに加えてシャッフル……さあ、一緒に引くっすよ。新たな可能性となる三枚の手札を! ドローっす!」
「っ、ドロー!」
効果処理に従ってロコルに続きアキラもデッキから三枚のカードを引き、それを手札とする。だがそうしながらも彼はまだ混乱から、衝撃からは抜け出せていなかった。無理もないだろう、あれだけ賑やかだったフィールドが綺麗さっぱりと掃除され、そこにはただ周囲の木々の静やかな囁きを残すのみ。ロコルの場が無機質な白い空間であることも相まってその静寂はあまりにも寂しいものに思え、まるでぽっかりと穴が空いたようだった。
「なんてこった、ロコル。作り上げたばかりの戦線がこんな風に崩壊するなんてさすがに思いもしなかったぜ──いや、崩されたのは戦線だけじゃない。せっかく《黒夜蝶》を仕込み直した墓地にもカードはゼロ枚。すっかり空っぽにさせられた」
「センパイには手痛いことっすよね? 今回は黒陣営を採用していないみたいなんで蘇生にはそこまで振ってないんだろうっすけど、それでも《暗夜蝶》や《黒夜蝶》みたいに墓地に置いておいて意味のある緑ユニットもそれなりにいるっすからね……そうじゃなくても緑には持ち前の連携力で死んだ仲間を呼び戻すのも多いっす。変則的な動きではあったけど『アーミー』もそういうタイプのカテゴリっすよね」
ふふ、とほくそ笑むように小さな声を漏らしてからロコルは続けた。
「だからいいっす。《収斂門》のリセットは強制効果、自分にも制御できるものじゃない……だけど全てが無に帰してより負担が生じるのは自分じゃなくセンパイの方──自分のデッキじゃなく、センパイのデッキの方っす。構築内容のヤマを外しちゃった自分っすけど、そこは読み間違えてなくてホント良かったっす」
「……!」
まったくもってその通りだった。ロコルの思惑から逃れるため、デッキ内容を読ませないために四十枚全てを新カードで固めはしたものの、しかし構築やファイトの傾向には以前までのデッキを使っていた自分と重なる部分もあったのだと……そこをロコルに突かれてしまったのだと、アキラは理解する。
緑単色。ロコルの見立て通り他の色は一枚も採用しておらず、重宝していた黒陣営の蘇生力についてもこのデッキには不在であるが。けれどアキラが展開を伸ばすにあたってこれまで墓地のユニットも活用していたのは確かで、その手癖自体は構築を変えても変わっていなかった。ついつい当たり前のようにコンボの中に《黒夜蝶》という蘇生効果持ちを組み込んでしまっていた──その完成度自体はロコルも感嘆させるほどで、単純に一体で二度機能する防御要員として《暗夜蝶》を使う発想しかなかった頃に比べれば、《森羅の聖域》とのシナジーを見出したアキラのドミネイターとしてのレベルが著しく上昇しているのも確かであろう。けれども。
傾向を残した、そしてそれを読まれて罠を仕掛けられた。その点でせっかくの完全新構築の強味を多少なりとも損なっているという事実もまた、アキラは素直に受け止めるしかなかった。
「互いの全てをリセット完了、っす。さあセンパイ。ファイトの正念場はここからっすよ!」




