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398.彼にとって彼女は

 若葉アキラにとって九蓮華ロコルという少女はどんな存在か。答えようとすればとても一言では表し切れない。


 師匠であり、友人であり、後輩であり、大敵の妹であり、ライバルの一人でもある。彼女を表す名称がいくつもあるから──ではなくて。アキラがロコルに向ける想いの質。その感情を一語で表すものがなく、文章化もできない。それくらいに複雑・・であるからだ。


 ロコルの側からも言えることだが、彼と彼女の結び付きは強くもなければ弱くもなく、なのに替えの利かない関係性であるため、故に両者は正しく思い合っているし、想い合っている。ドミネイター二人、対決に際してより強く心を燃やすことは必至であった。


 ロコルはアキラを上回っているつもりだった。彼が自分を想う熱量よりも上を行き、彼が行う対策以上の対策を。彼の全力を越えて行ける絶対的盤面を作るための構築が出来上がったと、そう自負していた──だがどうだ、この現状は。上を行かれたのはこちらの方だった。認めないわけにはいかないだろう。『ビースト』の放棄を一切考慮に入れていなかった時点で、決勝戦でこそそんな大胆に過ぎる策に打って出たアキラの覚悟を。ロコルに勝たんとする想いの強さを読み切れなかったことを、素直に認めるしかないだろう。


 彼女の名誉のために言うなら、これはミスではない。ロコルのなどでは断じてない──彼女は無根拠で『ビースト』の対策をしていたわけではなく、むしろ根拠に満ちていたから。アキラという人間を、ドミネイターを誰よりも知っている自信のある彼女だったから、余計にそれ以外にはないと信じられたのだ。


 何があろうと、誰が敵であろうと若葉アキラは必ず『ビースト』で勝とうとする。


 彼という個人の出発点であり大前提がそこにある。と、アカデミアへの合格を目指すべく様々な教えを授けたロコルだからこそ、そこにある「絶対」を疑う気持ちなど微塵もわかなかったのだ。予想を超えてくるとすればロコルのまだ知らない『ビースト』の新カードや、思いもよらぬ運用法でだろうと信じ込んでいた──それすらさせまいとカテゴリそのものを封じにかかった彼女の発想は、そしてそれを秘匿のため誰にも試せぬまま本番へ臨みながらも見事達成した辣腕は褒めそやされこそすれ貶されて然るべきものではない。彼女の策は、そしてプレイングは完璧だった。ただ一点、覆るはずのなかった「絶対」という土台がひっくり返ったことそれ以外においては。


 アキラはロコルの発想を超えた。というより、ロコルの発想があったが故に彼は超えるしかなかったのだ──『ビースト』を手放すしかなかったのだ。


 九蓮華ロコルであれば。自身をDAに通用するくらいに一丁前のドミネイターへ仕立ててくれた恩人であり、年下ながらに一等特別なライバルでもある彼女ならば。『ビースト』への拘りを読んだ上で、冷静に冷徹に冷酷にそれを封じる手を打ってくる。その詳細こそアキラにはわからぬが、それだけは確実であった。そうされたら己の敗北が決まると言っていいくらいに追い詰められることは、確実であった。


 構築段階でほぼほぼ勝敗が決する。『ビースト』に頼るままではそこを狙い撃つロコルにはまず勝てないのだから、それを覆すにはどうすればいいかと考えた時、自然と回答はひとつになる。


 即ち完全なる新デッキ。『ビースト』に頼り切りで負けるのなら頼らない自分になるしかない。だったらいっそのことこれまでロコルの前で使用したことのあるカードを一枚たりとも採用していないデッキを組もう。その主軸となるカテゴリを別に見つけよう、と。そこまで大胆に舵を切れたのは畢竟、ロコルの強さを信じているから。彼女を強敵と思うからこその決断に他ならず──そうまでしてでも勝ちを欲する姿勢。特別なカードたちをデッキから外してまでファイトに挑む熱量が、ロコルの予想を超えてきた。つまりはそういうことであり、だからロコルは破顔するしかなかった。


 あまりにも嬉しくて、それと同時になんだか気恥ずかしくて。

 そして何より──。


「愛か。そうだな、そう言ってもいい。これは俺なりのお前への愛情表現だってさ」


「ふふ……光栄っすねセンパイ。『ビースト』への執着以上に自分への勝利を優先してくれるなんて、これ以上の愛情はないっすよ。ドミネイターがドミネイターへ向けるものとしてこれより上なんてないっす」


 命と同じくらいに大事なものを脇に置く選択。そこまでしてでも勝ちたいと。そうまでしてでも勝負にしたいと。一人の戦士が一人の戦士にそんなにも強く想いを抱いたとすれば、それはもはや愛である。愛以外の何物でもない──愛し合う二人以外の何者でもない。なんと言ってもロコルだって、個人メタに振り切ったデッキを用いるくらいには形振り構わずアキラに勝とうとしているのだから両想いに違いはない。


 予想こそ超えられたものの、互いを想う熱量の度合いを比べるなら。


 アキラとロコル。

 彼と彼女はどこまでも互角であった。


「それじゃあ、自分が《禁言状》で『ビースト』を宣言したときはしてやったりって感じっすか」


「まあな。お前の『ビースト』対策はいくつか立てていた予想の全部を越えてくるとんでもないものだったけど、だからこそ内心ではガッツポーズをしてたよ。それだけ徹底した対策が、今の俺のデッキにはまったく刺さらないんだからな」


「はあ、そうっすよね……やれやれっす」


 本当にやれやれとしか言いようがなかった。アキラのテンポロスに合わせて上手に《禁言状》が設置できた。その流れのままに思い描いていた布陣を完成させられた──と思っていたら、上手も何も《禁言状》そのものになんの意味もなかったというのだからロコルとしては力なく首を振るしかない。これでは自分の方こそ盛大なテンポロスをしていたことになり、しかもそれは次の一手に繋げるためのものでもなんでもない、純然たる意味でのリソースの浪費ロスでしかなかった。


 ハマったと思った策がハマっていなかった。どころか、呪詛返しの如くに仕掛けた側に牙を剥いたといったところか。まあ、策というのは多かれ少なかれそういうものだが。特に個人に向けて先鋭化させたとなればそれは一か八かにも等しいリスクもリターンも大きいギャンブルになりがちだが、まさしく現状のロコルはその裏目を引いてしまった……否。まんまと引かされてしまった形だ。


 いくら失敗らしい失敗とは言えずとも。アキラの方針転換があまりにも急激かつ過激に過ぎたのだと言えども、ロコル当人としてはこれを失敗としか思えない。自身の失態だとしか思えない──そんな風に己を陥らせた相手へ、想像を超えて自分に情熱を向けていた想い人へ、だから少女は彼女本来の笑みを見せる。


 力の抜けたロコルの出で立ちは、ただ失意に濡れてのものではないのだ。


「仮に《禁言状》を破壊できる状況になったとしても、《収斂門》と《守衛機兵》が揃っている以上はセンパイに攻勢は許されない。いくら『ビースト』が攻撃性能に重きを置かれたカテゴリだと言っても、たった一体だけでこの布陣を越えて一瞬の内に勝負を終わらせることはできない──とはいえ、そもそも呼び出せないことには話にもならないっすから。どれだけアタック制限と完全ガードが厄介だとしてもまずは《禁言状》こそを排除にかかるだろう。そこの動きが読めるならこちらとしても対応は簡単だ、なんて。あれもこれもとんだ空論だったっすね。だったら──」


 若葉アキラを狙い通り、思い通りに掌上に収められたなどと思い上がりも甚だしい誤解をしていた、愚かで幸せな自身への戒めも兼ねて。


「全部リセットさせてもらうっす」



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