397.想い合う二人
ロコルの煽るような物言いに、アキラは手札から一枚のカードを繰り出して応えた。
「ウォンバットの効果によって俺の未使用コストコアは三つになっている。その全てをレストさせて、召喚! 来い《アーミーコアラ》!」
《アーミーコアラ》
コスト3 パワー1000
言わずと知れた動物界の人気者の一人であるコアラ。軍隊所属なだけあって俊敏な身のこなしで現れた彼から受ける印象は一般的なそれとは大きく異なるものの、見かけの愛くるしさは野生のそれと同等に持っている──そして『アーミー』の一員に恥じぬ、強力な効果もだ。
「コアラの登場時効果を発動! 相手の場のユニットまたはオブジェクトを自軍の場の『アーミー』ユニットの種類の数まで破壊することができる! 俺の場に『アーミー』はコアラ自身も含めて四種類、よって四つまで破壊が可能!」
「複数除去の連打! それもオブジェクトも対象に取れるものをこうも易々と繰り出されちゃたまんないっすね──だから! その対策もしっかり講じたんすよ!」
「!?」
「《マガタマ》の復活効果は! 相手ターン中にも発動できる起動型効果っす!」
ロコルは手札を一枚捨てる。無論のことそれは無陣営カードである。その代償を呼び水として墓地に眠る《マガタマ》はロコルのオブジェクトを守護せんと再び蘇り、そして。
「《マガタマ》復活! その後《アーミーコアラ》による破壊を一身に引き受けて破壊されるっす!」
蘇った途端にまた墓地へ。無情を感じさせるが、これが《マガタマ》の仕事である。立派に使命を果たしてくれているのだからそこに感謝こそすれ悲しさなど覚えるべきではない──少なくともロコルはそんな考え方はしない。
「これでコアラの複数破壊は不発! またしても《禁言状》の除去は防がせてもらったっすよ!」
「そうだなロコル、またしても防がれた……お前ならそれくらいやってくるだろうと俺だってわかっていた。だからこうやって場を整えたんだ!」
「っ、何を──?」
「コアラのもうひとつの効果を発動! 俺の場と墓地にいる『アーミー』ユニットが五種類以上の時、こいつは起動型効果でも相手の場のユニットかオブジェクトを二個まで破壊することができる!」
「……!!」
登場時の複数除去に加え、追加で更に複数除去を行なえる。単体でそんな重ね打ちが可能なユニットが──これほどの処理性能を持つ3コストユニットがいるとは。ふたつの効果のどちらにおいても盤面の状況に左右される、準備のための手間が問題になるとはいえ。しかしそこさえクリアしてしまえば《アーミーコアラ》一体で全てを破壊し尽くすことが可能であり、その状況に持って行けるだけの力量がアキラにはあるのだから恐ろしい話だ。
仕事人である『アーミー』と、彼らの力を最大限に発揮させられるアキラのコンビこそが何よりのシナジーを発揮している。今ロコルの目の前で起きている現実はそうとしか言い表しようのないものだった。
やはり怒涛の展開の終着点は、ただ戦線を整えるだけでなくこちらの戦線を荒らすことにあった。その推測が的を射ていたのはいいが、けれどそうやって薄々と察していたというのに。相手ターンにもオブジェクトを守れる《マガタマ》で万一の事態にも備えていたというのに、それでもロコルはアキラの目論見を防ぐことができなかった。その失敗に支払わされる代償はあまりにも大きい。
もはやオブジェクトを守る手段がロコルにはなく、であるならそれは即ち彼女にとっての生命線。対アキラ用に仕込んだ最大の一手である『ビースト』封じの《禁言状》が、ついに破られてしまうということで──。
「俺が破壊するオブジェクトは! 《収斂門》と《守衛機兵》のふたつだ!」
「!」
コアラのつぶらな瞳のひと睨みによって、あたかも視線が砲弾と化したかのように門と機兵が同時に爆散。ロコルの場から塵も残さず消え去ってしまった。その結果を受けて、アキラの除去対象の選定を受けて、ロコルは腑に落ちた。
切り札である『ビースト』を封じられたと知った際の反応。そこから立ちどころに湧き出てくる『森王』や『アーミー』といった新カテゴリ。前者はデッキの要を抑えられても動じない胆力を、後者は敵の策を前に柔軟に戦い方を合わせる巧みさを、つまりはアキラのドミネイターとしての強さによるものとするのが妥当で、実際にそう見做すことも決して間違いではないのだろうが。しかしどうしてもそれだけでは済ませられない違和感というものがロコルにはあったし、積み重なっていた。その累積の答えが、掴みかけていた正体がここにきて明確な形を取った。点と点が戦で繋がり、自身でもあやふやだったざわめきの意味をロコルはとうとう理解した──それは。
信じられないという気持ちと、それしかあり得ないという気持ちが混在し、混乱し、困惑と解明を両の手にしてロコルは口を開いた。
「センパイ。まさかとは思うっすけど……だけどそのまさかとしか思えないっす。なんでこれを答え合わせとさせてもらっすよ──そのデッキに『ビースト』と名の付くカードなんて一枚も入っていない。そうなんじゃないっすか?」
「…………」
即答は返ってこなかった。だが、問いを受けてのその間。アキラの浮かべた表情に、ロコルは言葉を続けた。
「……あのセンパイが。あれだけ『ビースト』を特別なカードとして大切にしていて、『ビースト』を活躍させるためにデッキを組んでいるとまで断言していたセンパイが、『ビースト』を採用しないなんて。丸っきりデッキから省くなんて、そんなことは絶対にないと。そんな日は絶対に来ないと思っていたっす──いや。これも自分が勝手に思い込んでいただけってことになるんだろうっすけど。でも確信を持った今でもやっぱり疑問の方が大きいっすよ」
こちらが対アキラの策をふんだんに盛り込んだ構築にするのと同様に、アキラだって対ロコルの策を用意してくることは確定だった。そこは疑問などなく互いが互いを「信じる」ように承知していた。これはつまりその度合いに差が出たということ。ロコルが「アキラならば」と疑いなく持っていた信頼のひとつを、彼が捨て去った。『ビースト』への拘り、いっそ固執と称していいくらいに抱いていた執着ごとそれを脱ぎ捨てた、その理由とはなんなのか。
アキラは答える。
「それが俺なりの信頼だからだ。ロコルに勝つためにはこれくらいのことはやらなきゃならないって──お前が当然にやってくるだろう『ビースト』対策を掻い潜るにはこれが一番のやり方だって、そう信じたんだ。だから俺はまったく一からデッキを作った。さっきまで使っていたトーナメント用に調整したデッキとも違う、完全にこの決勝戦だけに向けたデッキをな」
「……ッ」
アキラなら絶対に『ビースト』に拘り続けると。『ビースト』を対策されると予想できていたとしても、それを乗り越えてなんとしても『ビースト』を活躍させると……これまで重要なファイトで必ずそうしてきたように、今度も愛する切り札の一枚で決着を付けようとするだろうと、そう信じていた。
そんなロコルの信頼を読んだ上でアキラはその前提をひっくり返してきた。初めから『ビースト』に頼らない。自身の根幹だと言ってもいいカードたちを、「自ら封印して」ファイトに挑む。それが何よりの対策への対策。メタへのメタとして、彼は決勝の舞台に立っていた。その選択がどれだけ思い切りの良い、どれだけ困難な決断であるのか、アキラにファイトのいろはを教えたロコルだから。彼の師匠たる彼女だからこそよくよく理解できた──要するに。
「参っちゃうっすね、センパイ。──ちょっと愛が重過ぎっすよ!」
アキラの勝利を欲する気持ち。
ロコルに勝ちたいという想いが、ロコルの想像を越えて強かったという、ただそれだけのシンプルな話であった。




