396.向かい合う盤面
まだ続く。ユニットの展開と効果の連鎖が、まだ。これはまるでエミル戦で見せた不屈の戦線維持。何度盤面を崩されようとも何度となく立て直してみせたあの戦法を思い起こさせる、まさにアキラの強味の最大発露。それを前にしてロコルは。
「はは──あははは!」
アキラと同じく、彼女もまた笑う。
あたかもこの時を、彼の本領が遺憾なく発現するこの瞬間を待ち望んでいたように。
(いいっすよセンパイ。どこまでも付き合うっす! 自分なんかがいくら『完璧』だ『完全』だと謳ったところで、その程度で封殺されるようじゃ若葉アキラらしくないっす!)
自分の知っている彼ならこれくらいのことは当然にやってのけるだろう。対戦相手に対する無為の信頼が、ロコルに窮地よりも進展を感じさせる。窮まっているのではなく極まっている。極まっていくのだ、二人で共に。だから歓迎する、たとえこの展開の先に自身が落ちる奈落があったとしても──!
「ワラビーの効果により、墓地から『アーミー』ユニットを回収できる! 墓地に眠る『アーミー』カテゴリのユニットは《アーミーコアラ》に、《アーミーカンガルー》と入れ替わった《アーミーウォンバット》の二体。俺はコアラを選択して回収! そしてその後に手札から『アーミー』ユニットを無コストで召喚することができる──その対象は必ずしも墓地から回収したユニットでなくともよい!」
「回収からの踏み倒し、それも任意性! まるで白陣営みたいな芸当を……!」
フィールドに仲間を呼び出す、という動きを得意としている面で緑陣営と白陣営には親和性がある。例えば赤と黒が攻め偏重の特攻戦に向いた組み合わせとして知られているのに対し、緑と白は同じビートダウン戦法でも物量と質量を活かした粘り強さが持ち味。そう誰もが認める程度には腰を据えた戦い方というものが似通っているコンビである。なので《アーミーコアラ》が白めいた効果を持っていてもそこまで意外性はない、けれども。
(『アーミー』ユニットの能力は、このあまりにも密接な繋がり方自体が強さ! それをここで切ってくるということはつまり、センパイの連続召喚の行き着く先はおそらく……)
「無コストで召喚するのはコアラではなく、さっきデッキトップから手札に加えた《アーミーオポッサム》だ! 来い!」
《アーミーオポッサム》
コスト2 パワー1000 【加護】
新たに現れたのは灰と茶が混じったふわふわとした毛並みの、くりくりの黒い目が特徴的な小動物。他の『アーミー』たちとは違って動作にも普通の動物めいた愛くるしさが混じっている彼だが、その能力は仲間と比べても劣ってはおらず。
「オポッサムの登場時効果を発動! 緑陣営ユニットの一体を犠牲にすることで、俺の場の『アニマルズ』ユニット全てのパワーを1000アップさせる! これはオポッサムが場にいる限り続く常在型効果でもある!」
「戦線の補充員だけでなく強化要員までいるっすか──さすがは軍隊様ってところっすね、首尾がいいっす」
「ただ強化するだけには終わらないぜ、俺の場には《森羅の聖域》もあるからな。まずはオポッサムの効果処理! 場の《黒夜蝶》を墓地へ送って自軍『アニマルズ』を一斉パワーアップ!」
《森王の賢人》
パワー5000→6000
《パウリ・モモングリム》
パワー3000→4000
《アーミーカンガルー》
パワー3000→4000
《アーミーワラビー》
パワー3000→4000
《アーミーオポッサム》
パワー1000→2000
強化幅としては最低限と言っていい1000のアップ、とはいえアキラの場のユニットの数が数なだけに影響としては甚大だ。戦線から放たれる圧が増したことにロコルは笑顔のままに目付きを鋭くさせる。
(《アーミーオポッサム》……『アーミー』の中でも小粒な一員、と思いきや結構とんでもないっ子すね)
2コストで【加護】──相手のユニットやスペルの効果の対象にならない(効果を受けないわけではない)──を持つだけでも斥候や先兵としては十二分の働きをするのだ。たとえパワーが1コストの最軽量ユニット相当で、他になんの効果がなかったとしても、コスト論的には適正以上のものを持っていると言える。だというのにオポッサムにはそれに加えて全体強化の能力まで備えており、しかも強化対象にちゃっかりと自分自身も含まれているのだからそのパフォーマンスの良さは凄まじい。
言うまでもなく強化を発動するためにユニット一体の犠牲を必要とするのはそれなりの制約ではあるが、そもそも彼には全体強化を持たずとも2コストの小型ユニットとして及第点以上の力があるのだ。むしろ強化が強制発動ではなくプレイヤーに使うか使わないか選択の余地があるだけ場面ごとに使い分けすら可能で、取りも直さずそれもオポッサムの長所のひとつだろう。総じて活躍の時を選ばない万能な存在である──他の『アーミー』が効果の発動に少なくとも一定の条件が絡むことを思えば、オポッサムはそういった枷と無縁な、ひときわ小柄ながらに動物軍の中心的な立ち位置にいると見ていいのかもしれない。
と、ロコルは分析なのか感想なのか自分でもよくわからない結論で思考を締め、その区切りをもって次のことを考える。考えねばならない。
アキラの怒涛の展開はまだ終わっていないのだから。
「ここで《森羅の聖域》の処理も入る! 場から墓地へ行く『アニマルズ』をコストコアへ変換する常在型効果により、ワラビーの能力のために散った《黒夜蝶》をコアゾーンへ移し! そしてコア化した《黒夜蝶》の効果が誘発する!」
「なっ、またコアゾーンからの効果発動っすか!」
ウォンバットに引き続き黒蝶までも。黒蝶は既に墓地からの復活効果を披露し終えているというのにまだ何かあるのか。それは先のターンにおけるロコルの推理の正しさを証明する事実でもあったが、しかし予想が当たったにせよ驚きは隠せない。《黒夜蝶》も《アーミーオポッサム》と同じく2コストのユニット、そう能力を詰め込んでいい存在ではないはずだが──。
「《黒夜蝶》第二の効果はコア化された際にだけ発動する、『自身のコア化を解除して墓地へ行く』っていう特殊な挙動を取るものだ。通常ならスタートフェイズのチャージくらいでしか満たせない上に、それを発動させると当然使えるコストコアが減る。黒蝶自身の蘇生に期待するにしてもそれだけで賄い切れる出費じゃないのは明らかだろ?」
「……!」
発動の条件が厳しい、というより非常に限定的で、そして発動が叶う状況だとしても「使わない方が賢明」と言える効果。それだけ癖があるからこそ蘇生効果持ちの低コストユニットながらに他にも力を与えられているということだろう。確かに使う局面の難しい能力だとロコルも思う。思うが、難しいだけでそれを切るべき場面が皆無というわけではない……まさしく「今」がそうである。
「場から墓地へ置かれる『アニマルズ』をコア化させる《森羅の聖域》があれば、《黒夜蝶》は幾度となく墓地と場とコアゾーンを巡ることになる……使い減りしない便利ユニットになるっす。そのシナジーあっての組み合わせだったってことっすね」
コアとして発動する墓地直行の効果を知らなかっただけに聖域とはアンチシナジーである。と見做していたロコルだが、とんでもない。むしろ《黒夜蝶》はそう設計されたのかというくらいに聖域というエリアカードとの相性が抜群にいい。『森王』を呼ぶための弾にこそ相応しくないが、『森王』と共に戦線を維持する要員としてこれ以上ないユニットである。
「センパイの盤面もよく練られたものだってこと、よーくわかったっす。……さ、お次は何を見せてくれるっすか?」




