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394.見えない不穏

(なん、だろうっす。この感覚は。自分はいったい何を不安に思っている──?)


 アキラが敵を称賛してまでそれを認めているように。現在の趨勢はロコルが握っている。対アキラ用の策を二重三重に打ち出した布陣を完成させたことでファイトを優位に進めているのは間違いなく自分である、はずなのに。どうしてかその確信が持てない。いや、持てたはずのそれが揺らぎ始めている。ゆらゆらと頼りなく、そんなものはただの幻でしかないとでもいうように……その理由がなんなのか、どこにあるのか。ロコルには己のことながらにわからないでいるのだ。


(なんだ。何を見逃しているっすか? こうも胸がざわめくのは怯えや竦みじゃないっす。形もない『最悪』に飲まれているわけじゃない──それは確実に)


 ある。ドミネイターの本能が訴えるそれを、自分が磨いてきた察知能力を、今更疑ったりはしない。思考派として理論を積み重ねて培ったはずのものが時に理屈を超えて何かを知らせることは往々にしてことだ。感覚派として優れた者が自らにしかわからぬ「絶対の理論」を持つのと同じく、それらの区分は行き着けば半ば同一のものとして人をへ導く。


 限られた者だけが開ける扉の先。

 即ち『奇跡を起こす資格』を手に入れるための場所へと。


「──どうした、ロコル。それ以上やることがないならエンドフェイズへ移ったらどうだ」


「!」


 はっと我に返る。コストコアも使い切ったままにあまりにも長く考え込み過ぎていたらしい。これでは遅延行為と取られても仕方がない……学外の大会等とは違ってこの一・二年生合同トーナメントに持ち時間制はなく、プレイングに悩んだ際の思考時間は実質的に無限であるが、もちろん大会の体を取っている以上は一人のプレイヤーのためにいつまでも時間を使えるわけもない。


 おおよそ一分。トーナメントルールとして明文化されているわけではないがプレイの手を止めて考えられる時間は一ターンにつき約一分程度が限度であると暗黙の内に示されており、それをオーバーするとアナウンスでの注意が入る。同じ行為が続けば注意は警告に変わり、警告がかさめば最悪の場合は「ファイトの意志なし」として勝敗を待たずして敗退認定を受けることもある……と言っても思考時間オーバーだけを繰り返してそこまで至った生徒は過去のトーナメントの歴史を紐解いても存在しないために、これはあくまでも遅刻や反則といった甚だ悪質とされる類いのルール違反をした者への処罰の例だが、そこはともかく。


 何はともあればアキラがそれとなくプレイを促してくれたことで、ロコルは注意を受けずに済んだ。それには感謝しつつ、しかし彼女としては胸のつかえのために気持ちよく礼を言おうという気にはなれず。


「ターンエンド、っす」


「よし、俺のターンだな。スタンド&チャージ、ドロー!」


 ロコルの気も知らず景気よくスタートフェイズに入ったアキラは、その所作からもわかる通りまったく意気が落ちていない。悪い状況に立たされながらちっともそうと感じさせない佇まいは、それが見せかけだけの張りぼてでないことをしかとロコルに教えてくれる。何故だ? 確かにアキラは強い。今のドローだって彼の運命力を抑え込めたかロコルからしても半々である。エミルを相手にするのと大差ないだけの苦労を強いられている自覚がロコルにはある──だとしても、逆境にいるのはアキラの側なのだ。その彼がああも奔放のままにいられるのは少々おかしなことだ。


 たとえどれだけファイトを楽しむ才能に溢れた者であっても、そのために生まれてきたようなアキラであるとしても。だからとて苦戦の場で表情ひとつ、気配ひとつにもそうであることを窺わせないなどと……若葉アキラとはそこまでポーカーフェイスに優れたドミネイターであっただろうか?


 考えて、改めて眺める。アキラの場。聖域とそこを守る賢人に、その横でひらひらと踊る黒蝶。フィールドにこれといった脅威はない。聖域の能力で次にどんな『森王』がデッキから呼び出されるかだけがネックと言えばネックだが、そこは考え過ぎても仕方のない部分だ。第一ロコルは聖域の排除のためのカードを引くことに失敗した──正しくは失敗させられた、だが──時点でその案をすっぱりと諦め「殴り合い」に舵を切った。聖域の力を最大限に発揮される前に殴り勝つ。本命たる『ビースト』を欠いた状態のアキラにならばそれも可能だろうとユニット化したオブジェクト軍団で攻勢を仕掛けることを選んだのは、我ながら最善の道を行ったという自負がロコルにはあった。


 故に盤面において不安はない。何度見渡しても、何度考え直してみても見逃していた懸念などというものは見つけられない。ならばこの嫌な感覚の原因はフィールド上にはないと結論付けるしかない……が、だとすればどこなのか。


(墓地も含めて見える範囲におかしな部分はない……とすれば、手札?)


 アキラの手札は此度のドローで八枚になった。先のターンでロコルが三つもライフコアをブレイクしたのに加え、今ファイトにおけるアキラの手札消費が展開力を命とする緑陣営のそれとしては緩やかであったことから、クイックカードの使用という消費があっても彼の手札は潤沢を維持できている。確かに、八枚という「見えない可能性」は敵対者にとって大いなる脅威と言って差し支えない。そこに不安を覚えるのはドミネイターとして当然の感覚だろう。それは間違いない、けれど。


「…………」


 やはり何かが違う。どこかがしっくりとこない。ロコルには己が胸中に渦巻く不穏が敵の豊富な手札を元にしたものだとはどうしても思えなかった。


 答えが出ないまま、アキラのアクティブフェイズが始まった。


「何かする前にとりあえず賢人でアタック……といきたいところだけど、そうすると《守衛機兵》に止められた上に《収斂門》のせいで他のユニットではアタックできなくなるんだよな。まったくやりづらいことだ──でも、だったらしょうがない。ひとまずはアタック権を温存したまま動くとするかな!」


「っ!」


「3コスト使って召喚! 《パウリ・モモングレム》!」


 《パウリ・モモングレム》

 コスト3 パワー3000


 ひゅう、と風に乗ってアキラの背後に広がる木々の一本から広場へ飛び出してきたのは世にも珍しき桃色の毛並みを持つモモンガであった。黒蝶と賢人の間に手慣れた様子で着地した彼は、その手に大事そうに何かを持っている。


「モモングレムの登場時効果を発動! 俺の手札から緑単色のカードを最大三枚まで捨てることで! 相手の場の緑陣営以外のユニットかオブジェクトを捨てた枚数と同じ数だけ破壊することができる! 俺は手札からこの三枚を捨て、ロコルの場のオブジェクト三つを破壊する!」


 墓地へ置かれる《アーミーコアラ》、《アーミーカンガルー》、《アーミーワラビー》。そのカード名からアキラのデッキには『森王』以外にも追加されたカテゴリがあることを察しつつ、ロコルは彼の宣言に対してこう返す。


「またしてもオブジェクトの複数除去が可能なカードっすか──でも!」


 結末は先と同じだ。クイックスペル《長い時の中の異物》がそうであったように、モモングレムに対しても《マガタマ》はその真価の発揮を許さない。


「再び《マガタマ》の効果を適用! その肩代わり効果により、センパイが何を破壊対象に選ぼうと関係なくフィールドから消えるのは《マガタマ》だけっす!」


 モモングレムが大切そうに抱えていたのは種を模した小型爆弾であった。それを見かけによらない容赦のなさでロコルの場へと投げつけたモモングレムだったが、彼謹製の種爆弾が威力を見せつける前に《マガタマ》が不思議な力でその全てを自身に引き付けて爆散。被害を己が身ひとつに留めてみせた。


「──この瞬間! コストコアゾーンから効果を発動!」


「!?」



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