392.ブレイクとクイックの攻防!
エリアカード《万象万物場》の起こす作用を聞き終えて、アキラはデッキへと手を伸ばす。
「ライフコアをブレイクされたことで一枚ドローする……前に。ユニジェクトに対して火力スペルが効くのかどうか聞きたいな」
火力スペルとは。パワー3000以下のユニットを破壊する、だとか。あるいはユニット単体に3000のダメージを与えたり、8000を分けて複数にばら撒いたりと、とにかくパワーを参照して排除を行なうスペル類の総称であり、ユニット除去の基本の基となるものだ。その立ち位置からクイックチェックで引いて「逆転を狙うカード」の代表でもある──のだが。
ユニット扱いオブジェクト、ロコル命名の『ユニジェクト』はユニットとしての行動権を得てはいても本当の意味でのユニットではない。ユニジェクトはユニジェクト同士でしかバトルを行なえないというルールがあるのであれば。そしてユニジェクトがアタックこそ行えても「パワーを持たないユニット」であるのならば。
「センパイの予想は?」
「効かない、だな。火力スペルに限らず除去対象がユニットに限定されている類いの効果はユニジェクトに通用しない……そいつらを退かすにはあくまでオブジェクトを排除できるカードでないとならない。と、聞いた限りではそう思うんだが」
「お見事、それも正解っすよ」
「そうか。当たってほしくない予想ほど当たるもんだよな」
ドロー、と。思わずロコルがオーラによる圧で阻害することを忘れてしまうくらいに。見逃してしまうくらいにさりげなく、なんの力もなくアキラはクイックチェックによるドローを行なった。まるでその一枚で状況が動くことはないとわかりきっているような態度。そうとしか思えないアキラの様子にロコルは小さく目を見開くが、事実彼には自分が手にすることになるカードがなんなのか、半ばわかっていた。
(自軍の種族『アニマルズ』の数だけ相手ユニットを破壊できるクイックスペル《グリーン・アロー》。ロコルの場にいるのがユニットだったなら最高のドローだけど、今はなんの意味もない……いや、今だけじゃなくこの先もこいつを活用できる機会はこないかもな)
ファイトが続いてもロコルの盤面にユニットが複数並ぶことなどないのではないか。アキラ自身がそう強く予感しているからこそ、本来なら相手にとって痛烈な処理能力を発揮するはずの《グリーン・アロー》がこんなにも容易く引けたのだ。
ミライ戦と、その後の彼女の試合はちゃんと見ていた。観戦した上で完成させたのがこのデッキだ──そこに「ユニット処理専門」のカードが入っているのは、それらの試合の中でもやはり攻めの主軸にいたのはユニットだったからだ。無陣営単色の、オブジェクト偏重デッキ。そんな無色ながらに何よりもの色物で戦いつつも、そこだけは普通のデッキと変わらなかった。故にこちらも変わらず、ユニット処理の手段は必須であると。そう判断しての採用だったのだが……少々想定が甘かったか、とアキラは無用の長物となってしまったスペルを手札へ加え入れながら認識を改める。
オブジェクト偏重の度合いが更に『先』へ進んでいる。一段階──いや二段階は高まった。あるいは、深まったのだと言うべきか。これまでの試合同様に無陣営の強い味方であるエリアカード《クリアワールド》が出てくることもアキラの予想の内にあったが、ロコルはそれを捨てて、おそらくは彼女にとっての秘蔵の秘である奥の手。対アキラ用に隠し続けていた新カード《万象万物場》なるものを持ち出して、なんとオブジェクトをユニット化させて攻め込ませる戦法を取った。
ここまでトリッキーな手法を用いてくるとは様々な場面を想定していたアキラにも読めなかった。まったく驚きの展開であるとしか言い様がなかった、けれども。何も状況が全てアキラに不都合かと言えばそうではなくて。
(無陣営オブジェクトデッキというコンセプト自体は変えないだろうという読みは、当たった。だから俺のデッキにはオブジェクト処理のための手段だって当然採用してある……それさえ引ければ、ってところか)
そしてもうひとつ。ユニジェクトの仕様に関して自分に有利な点も、アキラは抜け目なく察していた。
「ユニジェクトのアタックはユニジェクトにしかガードできない、ってことは。逆もまた然りだよな? ガード権も合わせ持つユニジェクトではあっても、通常のユニットのアタックは防げない。俺の『アニマルズ』を止められるのはロコルのオブジェクトの内では《守衛機兵》だけだ」
「……本当によく見抜くっすね。まるでエミルを相手にしているような気分っすよ」
「さすがにあいつと並べているとはちっとも思わないけどな。でも前より勘が鋭くなった自覚はある。少しずつではあるが俺もドミネイターとして成長しているんだって実感がな」
とにかく、とアキラは互いの場を示して言った。
「ノーガードはお互い様だ。機兵が一体を止めたってそれだけじゃ全然足りないってことくらい、お前にだってわかっているはずだぜ」
殴り合いに強いのは自分の方だ、と。アキラが言っているのはそういうことだった。いくらオブジェクトを攻め手の頭数に加えられたところで、そんなものは所詮ありあわせの一発芸。鎬を削るようなライフコアの取り合いにおいてビート戦法(ユニットを多数展開し続けて攻めていくこと)の本家である緑陣営が後れを取るはずもない──と、そう指摘されてロコルは。
「《マガタマ》と《禁言状》もレストさせてダイレクトアタックっす!」
「あくまで攻めるか!」
オブジェクトを場に出していないアキラにこのアタックを防ぐ手立てがない。甘んじてライフコアの損失を受け入れた彼は、それによって再びクイックチェックのチャンスを得る。
「一枚目は、また手札に加えて終わりだ。だけど二枚目は!」
「ッ!」
引かせてしまった。アキラが行動を起こす前からロコルはそう悟った。此度はきちんと運命力を抑えつけるべくオーラによる妨害を怠らなかった彼女だが、しかし一枚だけならまだしも二枚のドローのどちらも抑制させるのは厳しかった。これがそこらのドミネイターと戦っているのならともかくとして、なんと言っても相手はアキラだ。あのエミルのオーラすらも撥ね退けて逆転の一手を掴んでみせた実績のある彼なので、ロコルとて自分が常に上を行けるなどとは思ってもいない。
つまりどこかのタイミングで「引かれる」のは元より織り込み済みでもある。
「緑のクイックカード《長い時の中の異物》を無コストで詠唱! このカードは互いの場にある設置されて二ターン以上経っているオブジェクトカードを『全て墓地送り』にする! 該当オブジェクトは《マガタマ》と《禁言状》のふたつだ!」
「自分の場も巻き込むタイプのオブジェクト版全体除去ってわけっすか──けど甘いっすよ! 《マガタマ》は他のオブジェクトが除去される場合その身代わりとなる! それは《マガタマ》自身が除去対象に含まれていても有効っす! よって《長い時の中の異物》によって墓地へ送られるのは《マガタマ》のみっす!」
「……!」
強制的な時間の経過によって急速に劣化を始めようとしていた《禁言状》だが、その負担を一身に肩代わりした《マガタマ》によって守られる。結果としてロコルの場から消えたのは《マガタマ》のみであり、せっかくの複数オブジェクトの除去が叶うクイックスペルも効力を発揮できたとは言い難い。そのことに歯噛みするアキラへ畳みかけるようにロコルは。
「残念、《禁言状》は無事っすよ。そして自分は更にここで! このカードを使わせてもらうっす!」




