39.激化! 湿地の主は獰猛獣
「《大ミズチ》! これがチハルくんのエースカード!」
湿地帯の草木を薙ぎ倒すほどの巨体がのたうつ。風貌は最初のターンに召喚された小さな水蛇の《ミミズチ》にどことなく似ているが、しかし両者を同種と見做すには些か無理があるようにアキラには思えた。何故なら巨大蛇の見た目はもはや蛇ではなく龍であり、《ミミズチ》にあった可愛らしさが欠片もないからだ。そんなものが長い身体をよじらせて泥と沼を大量に跳ねさせているのだから圧迫感は尚のこと凄まじい。動物的、というよりも昆虫的なその忙しないバタバタとした暴れ方にアキラだけでなくファイトルーム内の全員が水蛇の存在感に押される。
「《大ミズチ》はこの湿地帯の主だ。慣れ親しんだフィールドに喜んでいるんだよ──遊び相手もちゃんといることだから、尚更にね」
「……!」
遊び相手。その言葉に確かな殺意を感じてアキラがぐっと拳を握り込むのと同時に、水蛇もまたピタリと止まって首だけを動かした。丸く黒い瞳で彼がじっとりと見つめるのはアキラの場のガゼルと白狐。しゅぅ、と音を立てて舌先を口からちろちろと覗かせる水蛇は、どう見ても飢えていた。こいつの目にはガゼルたちが捕食対象としてしか映っていない、そうアキラが理解した瞬間。
号令は下された。
「湿地適用! 《大ミズチ》は【好戦】と【守護】を得る!」
「【好戦】持ちの守護者になるのか!」
それは舞城オウラがアキラとのファイトの最後に見せた《虹天のイリス》と同様の能力だった。通常、ガードのためレストさせないまま場に置いておくことが重要である守護者ユニットに【好戦】は相性があまり美味しくない。召喚ターンにアタックしてしまうと返しの相手ターンに肝心のガードができず、守護者である意味がなくなってしまうからだ。
デッキ内の守護者ユニットの比率が極端に高いオウラであれば、多様性を持たせるためにも【好戦】と【守護】の掛け合わせにもまだ納得がいくのだが。しかしまずもって【守護】持ち自体が少ない緑陣営を主体とするチハルのデッキにそんなユニットが採用されていることは、アキラからすれば少々奇妙だった。ましてやそれが彼の切り札であるとなれば余計に……そんな疑問が顔に出ていたのか、チハルはにこりと笑って。
「今から君にも見せてあげるよ。僕のエースの大食らいぶりを」
「!」
「やるんだ、《大ミズチ》! 《幻妖の月狐》を捕食しろ!」
【好戦】によりスタンドしている《幻妖の月狐》にも構わずアタックできる水蛇は、湿地の上にその巨体を滑らせてあっという間に進軍。一瞬で白い狐の周囲を己が体で囲って、逃げ場をなくしたところを上からかぶりついた。慌てふためく白狐だったが力でも大きさでも負けている相手に対して抵抗の術はなく、あっさりと丸飲みにされてしまう。
「っく、月狐……!」
「まだだ! 《大ミズチ》は《つまずきの湿地帯》がある状態でバトルに勝利した時、自力でスタンドすることができる! つまりもう一度アタックが可能!」
「! 《ビースト・ガール》と同じ能力を!?」
厳密にはガールは【疾駆】でミズチは【好戦】なのでまったく同一でこそないものの、しかしバトルに勝ちさえすればユニットへ連続アタックできるという点は同じ。その力に何度となく頼ってきただけにアキラには《大ミズチ》の脅威がどれほどのものか瞬時に理解できた。しかも、素のパワーが3000と決して高くない《ビースト・ガール》に比べてこの《大ミズチ》は──。
「続けて《ジャックガゼル》へアタック! 《大ミズチ》のパワーは湿地適用により6000! ガゼルだって余裕で食べられるサイズだ!」
「っ、やっぱりパワーが高い……!」
《大ミズチ》
コスト5 パワー4000→6000
湿地適用・【好戦】 【守護】
自らが標的にされていることを察し戦闘体勢を取ったガゼルだが、彼をしても水蛇の巨体を活かした囲い込みはどうにもならなかった。せめてもの一矢とその胴体に牙を突き立てんとしたが、堅い鱗にそれすらも阻まれてしまった。それでも必死に噛み付き続けるガゼルの身体を、水蛇の太く長い身体が圧し潰す。ボギボギィ! と聞くに堪えない音が響いたことで思わず目を逸らしてしまったアキラ。しかし、ガゼルは不屈のユニット。それを思い出してすぐに前を向いた。
「一ターンに一度《ジャックガゼル》は破壊を免れる! そこから脱出しろ、ガゼル!」
相手を仕留めた。そう油断する水蛇の隙を突いて一際強くガゼルがもがき、生じた隙間から飛び出した。粉砕された全身の骨も直っており、水蛇に反撃することこそ叶わないがどうにか生き延びはした──。
「そうは、させない! ガゼルはここで破壊させてもらう!」
「!?」
「僕は《ミミズチ》を召喚する! 湿地適用により登場時効果発動、僕の場の種族『リバーリアン』ユニット一体をスタンドさせる!」
あの小さな水蛇にはそんな効果が、とアキラが驚く間にその対象となった《大ミズチ》が伏せた状態からむくりと鎌首をもたげる。ガゼルを破壊できなかったことで自力でのスタンドを妨げられた彼だが、チハルはそういった事態も想定してデッキを組んでいたらしい。《ミミズチ》は《大ミズチ》のリカバリー用のユニット。勿論種族シナジーがあるからには他のユニットにも有用ではあるが、最も威力を発揮するのが水蛇同士のコンボであることは疑いようもない。
なんとか《大ミズチ》の魔の手から逃れたのに、と歯噛みするアキラの眼前で、逃げた先で水蛇の尻尾に叩き潰されるガゼル。メキメキッとまたしても骨の砕ける音がする。ターンに一度きりの破壊耐性を既に使用している彼はもう起き上がって逃走を図ることもできず。たった一発でぐったりと意識をなくしたガゼルはそのまま尻尾にくるまれて水蛇の口へと運ばれ、白狐の後を追うこととなった。
「ぐ……、」
「かなりグロテスクだよね。でも、これが《大ミズチ》の食事風景なんだ。この子は君のユニットを食べ尽くす! 僕のターンだけでなく、君のターンでもね!」
「何を言って──あっ、そうか!」
ガゼルを破壊したことにより、《大ミズチ》は再び自身の効果でスタンドしている。そしてこのユニットは【守護】も持っているのだ。バトルに勝利したままターンを終えれば彼は守護者としての責務もきちんと果たす。それは主人を守りたいという使命や義務ではなく、単により多く食事の機会を得たいがためのなんとも本能に忠実な働き方なのだろうが……いずれにせよそれを駆るチハルにとってはこの上なく頼もしい相棒となってくれる。
「僕は残ったコストコアで《沼蛇》を召喚! これでターンをエンドするよ」
締めとばかりに呼び出したのはガード時にパワーアップする守護者ユニット。これでチハルの場には強力な守護者が二体と小型ユニットが一体。対するアキラの場は全滅しており、ガラ空き状態。遮るものもなく真正面からチハルの蛇軍団の威圧を受けたことでアキラは──自然と笑みを浮かべていた。
「すごいな、チハルくん。君は強い。今日俺が戦ったどの生徒にも負けていないよ」
「アキラくんもね。……だから僕は君に勝ちたいと思う」
あるいは退学の是非以上に若葉アキラに勝ったという栄光を欲している。そう明かしたチハルに、アキラも頷く。
「ありがとう、光栄だ。そしてこちらこそチハルくんに勝ちたいと思っているよ──君が俺に勝ちたいと思うよりも、ずっと強く! そう信じて今からドローする!」
「……! 今やファイトの主導権は完全に僕に移った。その一枚のドローで何かが変わるとでも!」
「言ったろう、信じるって。絶対に変えてみせるさ……!」
それがデッキとの信頼だ、と。そう言い切ったアキラにチハルは、構築を変えずにこの勝負に挑んだ己にもなんら劣らぬ彼のデッキへの愛を見た。
そして手番が移り、アキラの手によってカードが引かれて──。




