389.剣閃と射撃
「甘いぜロコル。俺もあのファイト以降……オーラの自発的な扱い方を知ってからの半年間、ただデッキばかり弄っていたわけじゃないんだ。九蓮華のそれとは趣も練度も違うだろうけど、荒っぽい分対処には困るんじゃないか? 俺流のオーラ操作にはさ!」
「……あは」
痛みこそないが撃たれた感触が確かに残る右手。そこにあるカード──たった今ドローしたその一枚を確かめて、ロコルは笑った。
それは彼女の引こうとしていた「エリアカードの除去」が叶うカードではなかった。しっかりと防がれたのだ。銃弾の如き一撃。九蓮華の教えにもない破天荒なオーラ操作によって、アキラは阻害を切り伏せんと備えていたロコルの刃を掻い潜ってみせた。その事実にロコルは思わず笑みを浮かべてしまう。
特筆すべきはアキラの放った一発が狙い澄ました狙撃であったこと。その操作は精密であり、精緻であった。波濤にも劣らぬ勢いというものを凝縮させたオーラに乗せ、それでいて的確かつ効果的に狙い撃った。感覚派にも思考派にも寄らない彼独特の技術。我流で編み出したと思しきそれが実戦において充分に活用できる代物であることが何よりもロコルの胸を打った──右手以上に心こそを撃ち抜かれた。他の者とのファイトで目にしたのではなく、己の身で直にそれを味わったが故の衝撃。
その内訳は間違ってもしてやられた悔悟や、予想を超えられた恐怖などといったネガティブな感情ではなくて。
「ははは! ほんっとうにやってくれるっすね、センパイ!」
そこにあるのは歓喜であり喜悦。腹の底から喜びばかりであった。
「まさか! まさかまさかまさか! 既にそこまでに至っていたとは! 去年の夏休みの猛特訓で片鱗を掴み、エミルとの決戦でモノにし始めたオーラ操作! それをたった半年で独自の技を! それもこれだけの完成度で身に着けてしまうなんて──いったいどこまで自分を驚かせてくれるんすか、センパイは!」
「……いや、我ながら自慢げに披露しておいてなんだけどさ。そこまで興奮するようなことなのかな、これって?」
アキラがオーラによる「射撃」を可能とするに至った出発点は、エミル並びにロコル。九蓮華の者が見せる類い稀なオーラ操作の模倣にある。少量のオーラで多量のオーラをいなす技術、そしてその極致とも言える刀剣の如き操り方による一閃。それを目にする機会のあったアキラは、自身もオーラ操作を覚え始めた身として当然に同じことが己にもできないかと試してみて、四苦八苦を重ねてみて、しかしどうしても真似できずに諦め、ならばと自己流に技を考えてみた。そうして出来上がったのがオーラを小さく固めて勢いよく発射させるというこの技。
開発が上手くいったのはいいが当初習得しようとしていたエミルやロコルのそれとは似ても似つかぬものになってしまっただけにアキラとしてはなんだかなぁといったところ。そもそも防御用の技術が欲しいと──エミルとのファイトで最も苦労させられたのが彼の質も量も兼ね備えた凄まじいオーラに付け焼刃でどう対処するかという部分だったために──始めたことだったので、何をまかり間違ったかバリバリの攻撃用である「射撃」に行き着いてしまったのは不本意ですらあった。
繰り返すがこの技の有用性自体は編み出した彼自身認めているし、ロコルをびっくりさせようと今この瞬間まで隠し通せた努力にもアキラは自分で満足している。何せ今日という日においてもファイト中何度となく苦境に立たされ、その度に「使ってしまおうか」と頭をよぎってもいるのだ。そこをぐっと堪えて、その上で勝ち進んできたからこそ成功した不意打ち。そこまでして出し惜しんだ技がしっかりと成果を出してくれたことは素直に彼にとっても喜ばしい……だが、それはそれとしてだ。
「銃弾一発に込める。そうすることで無駄な消費がない分、効率的な運用になっているとは思うんだけどな。でも決して少なくない量のオーラを圧縮させて作っている弾丸だから、一発だけでもそれなりの消耗になっちゃうんだよ。見かけほどコスパは良くない……やっぱ極限まで研ぎ澄ませた少量のオーラで相手の阻害を切り裂く九蓮華の技には遠く及ばないな、っていうのが作成者としての感想なんだけど」
ロコルの意見は違うのか? と会話のバトンを渡されたロコルは「そうっすねー」と機嫌良さげに顎へ指先を当てて。
「まずセンパイと自分とでは認識というか、前提が違うっすよね」
「ん? その心は?」
「脈々と受け継がれる九蓮華の血統。その歴史の過程で他家のオーラ操作に打ち勝つべく生み出した技がひとつ、『剣閃』。成り立ちを考えれば洗練されているのは当たり前で、そして自分やエミルがそれを使いこなせるのもまた当たり前なんすよ。なんせ教本があって、手本もいるんすから。自分たちに向いた技を同じ血筋の教員がみっちりと教え込んでくれるんすからできない方がおかしいっす」
まあ、そうは言ってもその出来に関しては個人によって上下もするけれど。そして七人いる兄弟姉妹の中でも飛び抜けてエミルが、その次点でロコルこそが上出来に技を振るえるという事実もあるが、そこは今アキラに語っても意味のないことなので省略するとして。
「センパイからすれば追いつけていないことに不満かもしれないっすけど、でも追い縋れている時点で尋常ではないっす。血統と歴史に裏打ちされた、所謂伝統っていうものと。たった一人が自力で編み出したオリジナルが比較対象足り得ている。これがどれだけ凄いことなのか……は、きっとセンパイ本人にはピンと来ないっすよね」
御三家だとか高家だとか、そういう「ガワ」の事情についてはとことん無頓着なアキラだ。彼はどこまでいっても人を見る。その人物のありのままだけを重視する──そこに付属する「余計な情報」は目に入れないし、入らない。そんなものはドミネファイトを楽しむのにまったく不必要であると理解しているからだ。エミルの一件を機に多少なりともそちらに接し、そういった世界がドミネ界隈にあるとも知ったアキラだが、その経験がより強く彼にそう断じさせた。
ファイトは個人と個人の勝負にして最高のコミュニケーション。その時その瞬間、矛を交わす両者の意志以上に優先しなければならないものなど何もない、と。
そんなスタンスを貫くアキラなので、家の歴史が生み出した技だから追いつけなくて当然だと。あるいは殊更に自分が優れているわけでもないのだと言ってもそれに素直に頷いたりはしないだろうとロコルには薄々察しもついていたし、実際に彼はいまいち納得のいっていない様子で首を捻っていた。
「教科書があろうが教師がいようが習得できたのは努力があったからだろ? 完成度だってそれ次第だろうし……ハッキリとアドバンテージになっているのは大昔の人が技を思い付いていたって点だけで、それだってどうだかなって感じだ。お前やエミルなら、たとえ『剣閃』って技が伝わってなくても自分たちで似たようなのを開発してたんじゃないか?」
「買い被り過ぎってもんすよ、それは。エミルならまだしも自分にそこまでの才能はないっす。そのエミルにしたってあれだけのオーラを持っているから、猪口才な技なんかに頼ったりはしてきていないっすから。センパイとのファイトでもそうだったでしょう?」
「あー……言われてみるとそうだったかも」
決戦の内容を思い返し、苦笑しつつアキラは肯定を返した。その苦笑の意味はもちろん、あの日のエミルがロコルの言うところの猪口才な技を駆使していたなら、まず間違いなく負けていたのは自分の方だったろう。という背筋の冷える気付きであった。




