388.一発の弾丸!
「何か勘付いたって顔だなロコル」
「今の段階じゃ本当にただの勘でしかないっすけどね」
だがほぼ間違いないだろう──アンチシナジーである《森羅の聖域》と《黒夜蝶》。この二枚の内のどちらか、あるいは両方に、まだ他にも効果がある。それがロコルの抱いた違和感の答え。
おそらくは《黒夜蝶》の方か、とロコルは当たりを付ける。《森羅の聖域》に関してはアキラがその口で「効果はふたつ」と明言しているために三つ目があるとは考えにくい。ドミネイターによっては平然とそういった虚偽報告を行う者だっているにはいるが──そしてそれはマナーの観点からは褒められた行為でこそないが、しかしなんとしても勝利を目指すという姿勢自体は非難されて然るべきものではない、というのが人々に根付いた考え方だ。
ファイト盤を使わない、テーブルを挟んでやるような簡易的なファイトならばともかく、こうして記録にも残るような公式戦においては距離を置いて向かい合っている都合上、相手が使用するカードの詳細など読み取れないのが当然で、そしてそのせいで誤解が生じたとすればそれは誤解した側の手落ちであり不手際である。そう見做されるのだ。
そこを突いて相手の誤認を誘発させるような行為に、ロコルも時と場合によっては躊躇なく手を出す。あからさまに嘘をついたりまではせずとも積極的に騙す心積もりで動くことはある……故に効果がふたつあると説明しつつも「三つ目がないとは言っていない」と秘された能力を奇襲として活かすプレイなど如何にも自分のやりそうなことだ、と我ながら思うくらいだ。だが。
だが若葉アキラはそうじゃない。彼はどこまで行ってもクリーンなファイトを望むクリーンなドミネイターだ。そんな彼がわざと誤解させることを目的にカードの説明を絞った言い回しをするなどまずあり得ない。自分はしても、彼はしない。という身内だからこそ知り得る対戦相手の人となりの情報もまたファイトにかかわる一種のアドバンテージ。それによってロコルは『まだ見ぬ効果』を有しているのはエリアではなくユニット、《黒夜蝶》の方であると大方の確信を持つに至った。
「俺はこれでターンエンドする。お前のターンだロコル──その勘を役立てられるか?」
「……、」
《森羅の聖域》エリア
《森王の賢人》
コスト5 パワー5000 【守護】
《黒夜蝶》
コスト2 パワー1000
エンド宣言をしたアキラの盤面をロコルは今一度眺めて、そして整理する。
(登場時効果を使い終わった賢人はただの守護者ユニットで、黒夜に至ってはフィールド上ではなんの力もないっす。賢人のパワー5000という数値以外には特に気を付けなきゃいけないものなんてない戦線──とは言えないっすね。なんと言っても彼らは場にいるというだけで大きな意味がある。《森羅の聖域》のコストになるっていう点で、センパイの展開を伸ばす大切な駒っすから)
デッキに戻すユニットの条件は種族が『アニマルズ』であることのみ。つまり《森羅の聖域》は森王を戻すことで更なる森王を呼び出すことも可能ということ。おそらくアキラが《黒夜蝶》を蘇生させたのはユニットの頭数を増やすことで次の自ターンに賢人と黒夜、どちらかだけでも生き残ってくれていたら万々歳。そういう意図もあってのことだろう。
(さすがにリクルート効果ともなれば同名不可の縛りはあるはずっすよね……仮にセンパイのデッキに二枚目の《森王の賢人》がいたとしても賢人を戻して賢人を召喚することは不可能。それができちゃうと一枚を延々とサイクルさせることもできるっすからね。だとしても……)
だとしてもその事実はロコルの有利を意味しない。アキラのプレイングの幅が若干狭まるという意味では確かにロコルの助けにもなるが、されど賢人からまったく別の森王ユニット。まるで予測の付かない一手が飛び出してくる方が彼女にとっては歓迎できない事態なのだから──それも、賢人がコストとなった場合に出てくるのが最高で7コストのユニットになることを思えば余計にだ。
それを踏まえて行動に移すのであれば全除去が望ましい。多少の無理をしてでもどちらかの排除ではなく賢人も黒夜も揃って盤面から退かすのだ。そうすれば聖域のリクルート効果を使うための弾が不在となり、アキラは少なくともユニットを一体自分の場に置いてからでないと森王を呼び出すことができなくなる。任意のユニットをデッキから召喚できるという脅威を少しでも薄まらせるためにロコルが狙うべきは押し並べての処理を置いて他にはない──のだけれども。
そこでネックになるのが《森羅の聖域》のもうひとつの効果であった。
(聖域は場の『アニマルズ』が退場する際、それを墓地ではなくコアゾーンへ運ぶ……ってことはリクルートの弾をなくすために賢人と黒夜の除去を急げば、センパイは盤面こそ失っても次に繋げるためのコストを得る! 次のターンのチャージと合わせて合計のコアは六つにもなる。あっという間のコアブーストっす……!)
それなら戦線が崩れたとしても大した痛手にならない。容易に立て直せるだけの、聖域用のコストを用意しつつ更に別のユニットなりスペルなりで場を固めることすら可能となるだけのコストコアが手に入るのだから、結局のところアキラとしてはどちらに転んだとしても困らないのだ。
なんともよく出来ている、とロコルは《森羅の聖域》というエリアカードの恐ろしさを噛み締める。第一の効果と第二の効果があえて反目するように作られているのはこのためでもあったのだ。
それ即ち二者択一の強制。リクルートの条件がデッキへ戻すのではなく墓地送りで、それによってユニットのコア化を聖域自身が行えるようであればロコルに迷う余地などなかった。どのみちコストコアの増加が確定しているのなら彼女の選択は排除一択となっていただろう。無論それはそれで聖域がより完成されたカードとなってその性能に苦しむことにはなるが、どちらを選んだとて不利を押し付けられる選択肢。そうとわかっていて選ばざるを得ない状況というのも心理的には相当な負担になる。《森羅の聖域》とはそういった駆け引きを発生させるエリアである。
と、そう知ってロコルは。
「自分のターン、スタンド&チャージ。そしてドローっす!」
そこで用意された二択ではなく「第三の選択」──聖域の排除へと踏み切る。それができるカードがロコルのデッキには眠っているのだ。このドローで引けさえすれば万事解決。リクルートにもコアブーストにも悩まされずに済む。
そう、引けさえすれば。
「ッぐ……!?」
どう転んでもアキラに利のあるイヤな流れ。それを断ち切るにはその流れを作っている元凶を断つこと。迫る二択を前にちゃぶ台返しの如くに状況そのものを変えんとするロコルの目論見は正しく正攻法であり、そうであるが故にアキラにも予想のつくものであった。
ロコルが何を引きたがっているのか彼には見えている。見えているからには、それを阻止せんとするのもまた正攻法。そのためにアキラは先ほど同様ロコルに引き運を発揮させないようオーラでの阻害を実行した──しかし先と明確に違うのが、オーラの操り方。
あまりに早かった。例えるならそれは、銃口から発射された一発の弾丸だった。大波として押し寄せた先のオーラとはまるで異なる、一瞬一撃の狙撃によってロコルは貫かれた。波ならば再び斬れたろう。その用意と意気がロコルにはあった……だからこそ意識の外だった射撃には反応もできず撃ち抜かれてしまった。まさかこんな方法で運命力を弱らせられるとは予想外もいいところであり、愕然とするロコルにアキラが指を突き付ける。
「簡単に同じようにはいかないさ」
彼の指先が、ロコルにはまさにこちらを向く銃口のように見えた。




