386.先の一手・後の一手
「《森羅の聖域》の効果を発動──する前に! 《深山の案内人》で攻撃! ロコルへダイレクトアタックだ!」
「くッ!」
森の広場を走り回っていたリスがいきなり進路を変更、ロコルへ目掛けて飛びかかった。口の中に隠してあった鋭い歯の一撃によって彼女のライフコアをひとつ砕く。薄く甲高い音を立てて散っていくそれを見つめてロコルは歯噛みする。
(自分と違ってクイックチェックの機会を与えるのをまったく躊躇わないっすか──だけどそれも当然。センパイだってこのデッキにクイックカードがそんなに入ってないことはご存知のはずっすからね)
無陣営という他の基本五陣営に比べて新参であり、それも最初から差し色としての性質を強調されて作られた陣営であるが故の欠点──「クイックカードの数が少ない」という特徴。ミライだって存じていたそれをアキラが知らぬはずもない。そもそも登場時期の都合上、陣営全体の総数においても他陣営には大きく劣っているわけだが、それを踏まえても無陣営はクイックカードの割合が極端に低い。これは偶然ではなく明らかに開発側が意図して行っている調整に他ならず、つまるところ無陣営だけでデッキを組むということは即ちドミネファイトの醍醐味にして防御の要、そしてピンチからの逆転の切っ掛けとなるクイックチェックに『頼らない』。少なくとも他陣営を扱う際ほどそれに期待しないという覚悟を伴う行為である。
その覚悟があってこそ無陣営デッキを使用しているロコルは、故にそれを見越してアキラが気軽に、なんの恐れもなく一歩を踏み込んでくることに対しても動揺を見せたりはしない──けれども。
(ダイレクトアタックに乗せられたオーラから伝わってくる……センパイは何も無陣営だからクイックカードが飛び出してこないと高をくくっているわけじゃない。たとえ出たとしても! このオーラを乗り越えて自分が数少ないクイックカードを引き当てたとしても、どうにかしてみせると! そういう自信がビシバシ感じられるっす……!)
ドミネイターとしての確固たる自信。わかっていたことだがやはり、不安定さをなくしたアキラはそれを強く得ている。自身の中に一本の太く固い芯として確立させている……方向性こそ違えど、かつてのエミルにも匹敵しようかというそれに、果たして自分は及んでいるのかとロコルは考える。
物心がつくよりも前から英才教育を受けてきているのだ。自身の腕前、ドミネイターとしての実力にはロコルとて人並み以上だという自負がある。経歴からしてそうでなければおかしいだろう。けれど、なんと言ってもアキラが信じているのは己だけではなく。彼は戦う相手のことすら信じて、時に本来の実力以上のものまで引き出してしまう。そしてそれをファイトの力と信じて疑わない。
彼はドミネイションズを心から信頼しているのだ。ドミネファイトが紡ぐ絆を、愛している。若葉アキラという少年はそういうドミネイターである。
その在り方は既に、ロコルの目にはドミネイターの理想そのものに見える。彼が目指してやまないそれに、とっくに彼はなっているのだと……無論、そんなことをロコルの口から伝えたところでアキラは首を横に振るばかりだろうが。しかし当人がどう思おうと、どう解釈しようと、少なくともそうなのだ。ロコルにとっての理想とは即ち、アキラみたいな戦い方をする者のことを指す。
──だから、こんなにもセンパイに勝ちたい!
「ライフコアがブレイクされたことにより、クイックチェック! デッキから一枚ドローっす!」
ディスチャージによる喪失と合わせて、今のダイレクトアタックでロコルのライフは残り四となった。半分を割ろうとしていると思えば爆発力も健在であるアキラを前にしていると不安もかさむというものだが、その火薬となる『ビースト』カテゴリを封じているからにはまだしも余裕がある。あとは《禁言状》を守り抜くことと、そして『ビースト』なしのアキラにすら盤面を取られないように注意すること。そのふたつを徹底すれば勝機は大きい。
(そうするためには森王とかいうユニットがネックっすね──だったら!)
エリアカード《森羅の聖域》によってデッキ内から呼び出される謎のカテゴリ『森王』を持つユニット……ロコルにとって未知なるそれが、しかしてアキラの様子から充分警戒に値するものであると察しもついているからには。ここはなんとしても先んじて対抗策を用意しておきたいところだった。
予想外の一手に対して、それが炸裂する前に手立てを置く。そうできれば最高であり──そしてそれを実現させるための絶好のチャンスがこのクイックチェック。なのでロコルは、ミライ戦でも披露したように。ドローの瞬間に自身のオーラを薄く研ぎ澄ませ、鋭く振るうことでアキラのオーラを切り裂いた。
「!」
「家系からして思考派の九蓮華としてはできて当然の芸当……とはいえ疲れるには疲れるんすよ。特にセンパイほどの人のオーラを斬るとなれば尚のことにっす」
だが疲労してでも。この先の展開における多少のリスクを負ってでもここが二重の意味で切りどころであるとロコルは判断した。まだファイトが始まったばかりの段階で早すぎる、なんていうことはない。お互いの『詰め方』を思えば勝負は既に佳境にあると言っても過言ではないのだから。要するに、そこへ持っていくまでの準備でどれだけ相手の上を行けるか。競い合っているのはそういう部分であり、そこをリードしているのが自分で、追い縋っているのがアキラの方だと。手の内にあるカードを確かめてロコルは現状を改めてそう断定した。
「その甲斐もあって引かせてもらったっすよ。クイックオブジェクトのカードを!」
「クイックオブジェクト……!」
「当然無コストで設置するっす! 出でよ《守衛機兵》!」
どすん、と重苦しい音を立てて新たにロコルの場へ置かれたオブジェクトはロボットであった。それも機械仕掛けの両腕がこん棒と盾で武装されている、見るからに戦闘目的に作られたものだ。無陣営のオブジェクトカードにはこんな代物まであるのかと驚くアキラへ、ロコルは機兵を指し示して言う。
「《守衛機兵》はガードマンロボット。一ターンに一度、センパイのアタックから自分やユニットを守ってくれるっす。相手ユニットのパワーに関係なく、一度だけは確実に……この子が番を張ってくれている限り、センパイの攻め手は常に一手を欠いたままになるっすよ」
守護者ユニットによるガードとは違って《守衛機兵》のそれはバトル扱いにならず、そのために戦闘破壊とは無縁の存在である。オブジェクトと【守護】効果の良いとこどりをしたような能力にアキラは困ったような笑みを見せた。
「繰り返し使えるガード能力か。それも戦闘を発生させないとなるとそこらの【守護】持ちクイックユニットよりもよっぽど急場をしのぐのに適している……確かにこれは堪ったものじゃないな」
ただでさえ『ビースト』という主力を禁じられている状態で、他のユニットによる攻勢も《守衛機兵》によっていちいち勢いを削がれるとなればアキラからすれば雁字搦めもいいところで、どうやっても盤面の優位は作れない。と、周りの者は思う。決勝戦を眺めている観客たちも──アキラをよく知るコウヤたちですらも、彼は途轍もない不利を背負っていると。そこから脱するには相当な苦労を強いられると、そう誰もが思い込んでいる中で。
苦境に立たされているはずの当の本人。アキラだけが、そんなことなどまるで知らないかのように。
「だけどロコル、先んじての一手もけっこうだが。それを受けて俺の方だって打つ手を変えられるってことは忘れちゃいけないぜ?」
「……!」
「《森羅の聖域》の効果を発動する!」




