385.アキラの新戦術!
ロコルは思考する。採用カードをがらりと変えたアキラのデッキは、当然ながら彼女にとってのブラックボックス。見通したくても見通せない、何が飛び出してくるかわからない危険な代物だ。アキラが構築に変化を持たせたのはまさしくそのためなのだからこれは致し方ないことであり、戦術の予測を立てるのは現実的な案ではなくなった。可能性としては低いがあえてアキラは準決勝までのデッキと大して変わらないものを持ち出すのではないか、という一応の予想もしていたがそちらはまったくの的外れとなった──けれども。
(それでもビーストの採用が絶対なら、あのデッキの全てが未知ってわけじゃあないっす)
ロコルの知るところによれば、アキラのデッキには毎回『ビースト』と名の付くカードが(ユニット、スペルを合わせて)十枚ほど投入されている。ファイト毎に採用する・しないの判定が別れるカードもあれど枚数としては必ずそれくらいだ。現在アキラの使うデッキにおいても十枚前後は『ビースト』カテゴリのカードで占められていることだろう。すると単純計算、彼の構築の四分の一はロコルからも丸見えのブラックボックスならぬガラスケースであると言える。
(四十枚中の十枚! それだけ封じられちゃ痛いなんてものでは済まないっす。しかもセンパイの場合はその十枚こそが主力なんすから余計に……おわかりっすよね、センパイ。だからこそ自分は何がなんでも《禁言状》を守り抜くっすよ)
互いに一個のカテゴリの使用を禁じる恐るべき効果を持った無陣営オブジェクト《禁言状》。その封印対象の宣言には『まだファイト中に使われていないカテゴリ』という制約以外にも、もうひとつ縛りが付く。それが『《禁言状》で指定していないカテゴリ』である。つまるところ《禁言状》は、仮に除去されてしまえば再設置して再度同じカテゴリを指定し直すというプレイングができないカードデザインになっているのだ。必ず一度切りの、決してやり直しが利かない作戦。これを真に『成功した』と断じられるのはロコルが勝ち切るまで──自身の勝利が確定するまでの間、《禁言状》をフィールドに残し続けられた場合である。
アキラだってなんとしても除去せんと必死になってくるだろう。それをいなしつつ、彼が戦力を欠いているのをいいことに盤面の有利を取り続け、そしてライフコアを奪い切る。そこまでがロコルの決勝に向けて練った計画であった。
(センパイ対策の第三、第四。保険としてのプランも仕込んではあるっすけど、本命である《禁言状》が通ったからにはそっちの出番もなさそうっすね。後はこの状況のままに押し通るだけ……!)
《ロストボーイ》
コスト1 パワー1000
《マガタマ》オブジェクト
《禁言状》オブジェクト
ロコルの盤面はまだ整っているとは言い難い。殴り合いを前提とするなら最軽量ユニットが一体にオブジェクトが二個という現状は、とてもではないがそれに耐え得るものと評価することなどできない。だが《ロストボーイ》には狭い範囲とはいえ相手のプレイを抑制する効果があり、言わずもがな《禁言状》はアキラの全力を禁じる力を持つ。それを《マガタマ》が守護しているこの布陣は、殴り合いにこそ向かずとも『弱い』わけではない。故にロコルは。
「自分はこれでターンエンドっす」
「……俺の場に守護者はいない。ダイレクトアタックのチャンスだっていうのに、《ロストボーイ》を動かさないのか」
「そりゃそうっすよ。いくら緑陣営には【好戦】持ちも多いからといってレスト状態よりはスタンド状態の方が隙は少ないっすから。それに《ロストボーイ》の無防備云々よりも何より、ここで不用意にクイックチェックを与えたくないって気持ちが大きいっす」
無策のダイレクトアタック。それはアキラを追い詰めるどころか塩を送るだけになりかねない行為だ。レストした《ロストボーイ》が《深山の案内人》に奪られること以上に、アキラに引き運を発揮させない。その機会をなるべく少なくさせることを意識してロコルはユニットを沈黙させたままエンド宣言した。それが確かな勝算あっての策であると、アキラもしかと理解しており。
「クイックチェックを封じた上での連続アタック……いざとなればそれで一気に勝負を終わらせるつもりでいるんだな? 宝妙ミライ戦でもそうしたみたいに」
「センパイの土壇場での強さの半分は引きの強さ。それをさせないつもりだったエミルは、生憎と《天凛の深層エターナル》を破られて上手くいかなかったっすけど。あの失敗を目の当たりにして学んだ自分はそうはいかないっすよ。もっと徹底的に、ただセンパイのためだけに。センパイの全てを抑えつけて勝つためにデッキを組んできたっす」
ここでコアの一個を焦って奪うのはかえって勝利から遠のく行為だ。ロコルに逸りはないし、急ぎもしない。念願のこのファイトをたっぷりと楽しみ、じっくりと追い込む。一手のミスもなく若葉アキラに、次なる学園最強に君臨しようとしているドミネイターに勝つ。ただただ純粋な勝利を求める心だけが今のロコルの燃料だった──瞳に燃えるその想いが、視線を介して相手にも伝わる。
「怖いなロコル。いつも一歩引いたような立ち位置にいるお前が剥き出しになるとそうも怖い……前から知っていたことではあるけど、改めて感じるよ。俺を鍛えてくれた師匠の本当の強さってやつを」
──だからこそ。どうしても勝ちたいっていう想いは、俺だって負けてないんだ。
呟きのような声量で続けられた彼のセリフは、けれど鮮明にロコルの耳朶を震わせた。
「俺のターン! スタンド&チャージ、ドロー!」
オーラの押し合いは今も続いている。どちらかの気が一瞬でも弛めばもう一方が趨勢を握るだろう──だが両者の気勢は言葉を交わす間にも一切削がれることなく最高潮のままにぶつかり合っている。盤面以外においてもがっぷりよつに組み合った状態で、アキラはターンを開始する。
「4コストを使ってさっきサーチしたエリアカード! 《森羅の聖域》を展開する!」
そのプレイングに迷いはない。あたかも《禁言状》による縛りなどまったく意にも介していないかのようにファイト盤に一枚のカードを繰り出し、そしてフィールドが変化する。鬱蒼と生い茂る森に自ずと出来上がった、緑香る広場。エリアカードによってそういった光景に書き換えられたフィールドで《ロストボーイ》が不安げに見通しの利かない周囲の木々を見回すのとは対照的に、《深山の案内人》は嬉しそうに走り回っている。
「これが、センパイの『アニマルズ』の新しい戦いの場ってわけっすか」
「ああ。俺への対策を見せてくれたお礼に、今度は俺が教える番だ──対ロコル用に組んできたこのデッキの力をな!」
「……!」
「《森羅の聖域》の効果はふたつある。ひとつ! 場の『森王』以外の種族『アニマルズ』ユニットは破壊されるとき墓地に行かず、コストコアへ変換される!」
「っ、出したユニットがそのままコアブーストの種になるっすか」
実に緑陣営らしいと言える効果ではあるが、常在型で発動されるこれを存分に活かされてしまえば非常に面倒なことになる。何かしら手立てを考えねば……と悩む暇もなくアキラの言葉が続く。
「ふたつ! 自身の場の『アニマルズ』ユニットをデッキに戻すことで、そのユニットよりコストが2まで高い『森王』と名の付くユニットを無コストで召喚することができる!」
「なっ──」
デッキからの任意ユニットの踏み倒し召喚。明らかにコアブースト以上に警戒しなければならないその効果に、ロコルは大きく目を見開いた。




