383.謎のエリアと秘密のオブジェクト
先行の二ターン目、という最序盤からしてオーラとオーラの激しい攻防が繰り広げられる。そのレベルの高さはとても下級生同士のファイトとは思えないが、それを意外に思う者は講堂のどこにもいない。九蓮華ロコルと若葉アキラ。この二人であればこれくらいのことはやってのける──これだけステージの違う戦いだって演ってみせる。決勝の舞台に辿り着くまでに両名が披露した激闘の様子を思い返せばそのことは明らかだった。
「ディスチャージにより一枚ドロー!」
ロコルの抑え込みに真っ向から立ち向かいながら行ったドロー。ライフコアを生贄に捧げてまで欲したその一ドローは、果たしてアキラに何を掴ませたか。
「……!」
「ふふ……センパイ。その表情からするとお望み通りの結果とはいかなかったみたいっすね?」
「……ああ、残念ながらな」
その素直な返答にロコルは満足そうに頷く──どうにか彼に速攻能力持ちのユニットを引かれる事態は避けられた。どうやら見るからに好調なアキラに対し、自分もなかなかどうして波に乗れているようだ、と。
彼女の所感は概ね正しい。ディスチャージだけでなく前のターンでの《緑化》の分もドローが加速していることを思えば、現在のアキラの五枚の手札の中に速攻ユニットが不在であるのは(緑陣営には特に【好戦】や【疾駆】持ちが多い点も合わせて)ロコルにとっては確かに、ひどく幸運であると言えよう。もちろん、本当にただの運否天賦というわけではなく、この結果はロコルが有するオーラ操作の高い技量あってこそではあるが。しかしそれが必ずしも機能するとは限らない難敵を相手取っている以上、そのドローを阻害できたのは天運にも大いに助けられてのことであるのも否定できない。いついかなるファイトにおいてもムラっ気に左右されない確かな実力を持ちながらも、彼女が現在の己の調子を指して「波」と表現したのはそういう意味でもある。
ただし、お目当てのものを引かせなかった。『最悪』を回避できたとして、だからといってその結果が『最高』に転じたとは限らない──そのことをロコルは知る。
「だけど今引いたこいつも悪くない。いやあるいは、こっちの方がもっと面白いかもな」
「むっ……やるっすね、センパイ」
こちらの波がどれだけ高らかに爆ぜようと、それだけで完全に抑えつけられるほど彼の勢いとて弱くはない……何せこれだけ闘志に漲っているのだから、それも当然だった。いの一番に警戒すべき《ロストボーイ》の一方的破壊。盤面のイニシアチブを取られる目に見えた『最悪』よりも、余程に面倒な展開になるかもしれない。自身の予想の内に収まらないという意味で対処に難儀をするかもしれない……と、欲したのとは別のカードを掴まされたというのにまるで衰えないアキラの気勢からその発言が決してハッタリの類いではないことを見抜いたロコルは、故に身構える。
いったい彼は何をしようというのか。その答えはすぐに明らかとなった。
「3コスト使って召喚、《深山の案内人》!」
《深山の案内人》
コスト3 パワー2000
「リ……リス?」
案内人、と言いつつもそれは明らかにリスだった。正体を隠しているつもりか布切れをフードローブのように纏ってできる限り顔を隠そうとしているようだが、耳も口元も露出しており、何より体が丸見えなために誰がどう見たってリスだと丸わかりである。両手に大事そうに大きなどんぐりを抱えているのもいただけない。
そのことに気付いているのかどうか「チチッ」とこれまたわかりやすくリスらしい鳴き声を響かせながら案内人はファイト盤へと跳び上がり、アキラのデッキに鼻を沿わせて何かを探す。やがてお目当ての物を見つけた彼は一旦はどんぐりを(非常に丁寧な仕草で)横へ置き、デッキ内から一枚のカードを引っ張り出してアキラへと手渡した。それからフードを深く被り直してどんぐりを拾い上げてフィールドへと戻った──一連の行動には小動物とは思えぬほどに堂々としており、ロコルは案内人の一挙一動の可愛らしさに一瞬だけファイトを忘れてしまった。
余談だが彼女はリスの柄があしらわれた服や小道具を見かけたら自然とそこへ吸い寄せられるくらいにはリスが大好きである。正確にはリスだけでなくふわふわとした毛並みの小動物全般に目がないのだが、ロコルはこの事実をアキラ以外にはなるべく隠そうとしているために知る者は意外と少なかったりする。
「《深山の案内人》の登場時効果によりデッキから緑単色のエリアカード一枚を手札に加えることができる!」
「!」
エリアカードのサーチ。それもまた、今日のどの試合でもアキラのやってこなかった行為だ。やはり徹底的に戦略を変えてきている。本命こそビーストのままであってもそこに辿り着くまでの道筋がロコルの知っているそれではない、となれば、少々どころではなく厄介だ。これでは対アキラにおいてかなりの特効があるはずの《ロストボーイ》も、このファイトに限ってはどれほど優位を取れるか知れたものではない。
(エリアカードには特定の陣営や種族のユニットを強化する効果が多い。そしてその大半が常在型効果に分類される……すると《ロストボーイ》は効果が発動できなくなるっす)
場にそのカードがある限り自動的に適用されるのが常在型効果であり、それによってユニットのパワーが1000でも上がってしまうとボーイの『パワー1000以下のユニットの完封』という能力がまるで意味を為さなくなってしまう。エリアカードにおいても起動型効果で、つまりは効果の発動を介してユニットをパワーアップさせるものもある。もしもアキラがサーチしようとしているのがそういった種類のエリアであるのなら、ユニットの召喚に反応するボーイが強化に先んじて効果を発動できるのだが、言ったようにこれは珍しい事例だ。
エリアカードを出されてしまえばその時点で《ロストボーイ》というユニットはただのでくの坊と化す。そう覚悟しておかねばならない。
「俺が手札に加えたカードは《森羅の聖域》! そしてターンエンドだ!」
「《森羅の聖域》……それも知らないカードっすね」
二重の意味で「新しいカード」ばかりでアキラはデッキを組んでいる。だが彼のプレイングからは調整の不足などまるで感じられない。新品同然のカードでもここまで堂に入ったファイトができるのは、それだけ熱心に構築に精を出してきたという証拠だ。この大会に向けて、決勝に向けて、そしてどこかで当たるはずと信じていたロコルとの戦いに向けて。アキラがそれだけ本気になって用意してきたことの証明──それは自分も同じだ、とロコルは意気込んで。
「自分のターン、スタンド&チャージ。ドローっす!」
今のターン、アキラがやったのはユニットを一体呼び出してエリアカードをサーチしただけ。しかもそのユニットには盤面の取り合いに役立つような戦闘能力が皆無ときている。完全に次ターン以降への繋ぎでしかない──そういったプレイングももちろんのこと重要ではあるが、そのためにアキラがテンポを落としているのは事実。それはロコルからすれば明確な隙に他ならず、お誂え向きに『それ』を使うチャンスであった。
(サーチにドロー、コアブースト……それらだけでターンを終えるコントロール色の強い動きは当然ながら目の前の奪い合いに一歩も二歩も遅れることになる。目の前の奪い合いだけに集中する速攻とは真逆に、っす。それを最初にセンパイへ教えたのは自分っすよ!)
そしてそのリスクについても、だ。
「二度目のディスチャージを宣言! 再びライフコアをコストコアに変換し、アクティブフェイズへ移行! 溜まった4コストを全てレストさせてこいつを設置するっす──《禁言状》!」
ロコルの場に、卒塔婆を思わせる古びた木材で出来た立て札が突き刺さった。




