38.勝負の流れはどちらの手に
自分が流れを掴んだ。ようやく主導権を握れたのだと自信を持ったチハルは、勢いと熱を帯びた口調で残った《湿地鳥》に攻撃命令を下した。
「《アイラビット》へアタックだ!」
登場時効果を使い終えてフィールドでは実質バニラに等しい《幻妖の月狐》ではなく、まだ能力が未知数の《アイラビット》を優先して排除せんとするチハル。その判断は正しくもあり、間違ってもいた。
「手堅いプレイングが裏目に出る。俺だけでなくそれは君にも起こり得ることだぜ、チハルくん!」
「!?」
「この瞬間《アイラビット》の効果が適用される! 相手ユニットからアタックを受けた際、そのユニットと同じパワーになる!」
《アイラビット》
パワー1000→5000
なんだって、とチハルが驚きを露わにする暇もなく《湿地鳥》は主人からの命令を遂行せんと目標へ飛びかかり、それを受けてふわふわとした毛並みの白兎もその愛らしい瞳をギロリと輝かせて跳躍。とてもパワー1000の小型ユニットとは思えない脚力で脚にからみつく泥すら蹴散らして跳び上がった彼は、敵のくちばしに腹部を貫かれながらも勢いを落とすことなく長い前歯を一閃。その首を刈り取り共に墜落した。
「自分からユニットへアタックしたなら【飛翔】の優位は意味をなさない……そしてデスキャバリー同様に《アイラビット》もタダではやられない! 《湿地鳥》相打ち撃破! これで君のフィールドは全滅だ!」
「く……!」
《幻妖の月狐》一体のみ。それだけしか残されてはいないものの、アドバンテージは確かにアキラにある。掴みかけた流れを、しかししっかりと握らせてはくれない。そこにアキラの手強さを改めて感じながらも、チハルはもう尻込みなどするつもりはなかった。
「やるね、アキラくん。もっと好転させるつもりだったけど……こうなったからには仕方ない。僕は《沼蛇》を二体召喚してターンエンドするよ」
《沼蛇》
コスト2 パワー1000 湿地適応・【守護】
(《沼蛇》……湿地帯でなら【守護】を得るユニットか。でも、それだけじゃない気がするな)
チハルのエリアカードを主体とした戦法は、同じ『リバーリアン』デッキでも小学校の友人のそれとはまったく毛色が異なり、あまり知識を活かせそうにもないが。だがパワーを上げつつ【飛翔】を得た《湿地鳥》や低コスト低パワーの【復讐】持ちという恐ろしいまでのコストパフォーマンスを見せた《泥色のヒル》が前例にある以上、《沼蛇》も単に【守護】が付くだけとは考えづらい。
《つまずきの湿地帯》が場になければバニラユニットも同然。そのリスクを負っているだけに一度条件が合えば通常のスタッツやコスト論を無視した強化を得る。それがチハルの操るデッキコンセプトに違いない──ならば。
アキラは自身の推察を元に、一見してパワーの低い【守護】ユニットである《沼蛇》に対しても警戒を怠らない。
「俺のターン! 《ジャックガゼル》召喚!」
「!」
《ジャックガゼル》
コスト4 パワー4000 【好戦】
(まずはこいつで様子を見る! ガゼルにはそれに適任の能力がある)
グルルルと何本もの角と牙を持つ見るからに闘争に飢えたガゼルが唸り、自身が食らうべき獲物を見据える。しかし足元がぬかるむせいで上手く立つことができず、せっかくの標的を目の前にしながら何もできない。もどかしげに頭を振るガゼル。そこをアキラがカバーすべく手札からスペルカードを掲げた。
「《連綿の雄偉》! 発動!」
「それは……!?」
「自分の場の緑ユニットを二体まで起動させる緑陣営のスペルだ。これにより《つまずきの湿地帯》の効果でレストさせられた《ジャックガゼル》が再起動!」
脚にへばりつく泥沼が気にならなくなり、ガゼルは軽快に立ち上がって嬉しそうに牙を剥いた。早くこの牙を獲物へ突き立てたい。主人へそう催促する彼に応えるべくアキラはバトルを指示する。
「【好戦】を持つ《ジャックガゼル》は召喚したターンにユニットへアタックできる。たとえそれがスタンド状態にあってもだ! 行けっ、ガゼル! 《沼蛇》へアタック!」
攻撃命令を聞いて待ってましたとばかりに沼地を蹴ってガゼルが大蛇へと肉迫。風のような速さでその胴体へ噛み付かんとする。しかし、彼が狙ったのとは異なる方の大蛇がその素早さにしかと反応。
「もう一体の《沼蛇》でガード! そして効果発動! 湿地帯で《沼蛇》がガードする時、そのパワーを+3000させる!」
「やっぱり他にも湿地適用効果を持っていたか!」
割り込んできた大蛇へと標的を変えたガゼルがその胴体に思い切り噛み付けば、大蛇もまた体を伸ばしてガゼルの首元へ牙を突き刺す。どちらも咬合力は並外れており、相手を一撃で仕留めるには必要充分。致命傷を負った両者は共に泥をどちゃりと跳ねさせながら沼地に倒れ伏した。
「パワーは互いに4000……また相打ちだね」
「それはどうかな?」
「なっ?!」
確かに共倒れたはずが、むくりとガゼルだけがその身を起こして再び立ち上がったではないか。対して大蛇はそれに追随することなく沼の奥底へと沈んでいく。これはいったいどういうことかと戸惑うチハルへ、アキラは。
「ガゼルは【好戦】以外にも『一ターンに一度だけ破壊を免れる』という破壊耐性を持っている。たとえ同じパワーのユニットとバトルしても生き残れるってわけさ」
「破壊耐性……!」
一ターンに一度、という制限があるとはいえ強力な効果だ。それが活きるのは同パワー対決だけでなく、【復讐】持ちのユニットや除去スペルに対しても効果を発揮する。それ即ちガゼルを破壊したくば二手間かけねばならないということで、一枚のカードの対処に最低でも二枚のカードを使わされてしまう。【好戦】を併せ持っていることに加え、パワーもコスト相当で低くない。総じて、相手のアドバンテージを奪うという意味で《ジャックガゼル》は非常に優秀なユニットであると言えた。
「獣軍ユニットは場に揃えば強いけど、強いドミネイターはそれを待ってくれないからね。今回は思い切ってまたがらりとデッキの構築を変えてみたんだ──それが正解だった。上手くはまっている感じがするよ」
「獣軍……それが君本来のデッキなのか、アキラくん」
チハルも緑陣営を主体として扱っているだけに、種族『アニマルズ』の獣軍というカード群のことは存じていた。相手の除去に対応しながら場に部隊を展開させるのが獣軍を使うコツとはいえ、アキラの言う通りそれをさせてくれるほどDAの生徒たちは生温くないだろう。同じように、上手く湿地帯と湿地適用のユニットを場に揃えることができずにずるずると負けが込んでいたのがさっきまでのチハルであるからして、彼の言っていることは我が身が味わった苦痛としてそれこそ痛いほどに共感できた。
だがデッキ内容を変更するという思い切りの良さを見せたアキラに対し、自分はそれさえできずにこうして一枚もカードを入れ替えることなく同じデッキを使っている。退学がかかっていてさえも今更デッキを弄るということができなかった──それは己の弱さ。
ただし、このデッキを信じているという強さでもある。
今のチハルはそう思うことができていた。
「《幻妖の月狐》でアタックはしない。残っている《沼蛇》に返り討ちにあってしまうからね。俺はこれでターンエンドだ」
《連綿の雄偉》を用いたためにコストコアがもう残っていないアキラは《つまずきの湿地帯》の効力を面倒に思いながらターンを終える。その思考が透けて見えたことで、チハルはまだ敗北には遠いと確信。その分逆転は近いと自分自身とデッキを信頼する。
「僕のターン! ドロー!」
その想いに応えるべく、デッキが彼の手にもたらしたカードは。
「──来た。来てくれた! 僕の切り札、《大ミズチ》を召喚だ!」




