373.決着、赤と青の交わり!
エミルの手より掲げられた一枚のカードが光を発する。それは間違いなく、見間違いようもなく。
──破滅の光であった。
「《アポカリプス》はフィールドの全てを徹底的に滅却する。それが新たな始まりの啓示となるのだ」
「っ……、」
エミルの宣言と同時、カードから熱が迸った。それは全ての終わりと始まりに相応しい甚大にして極大の力を伴ってうねる、世界を塗り替える工程だ。まずはエミルのフィールドが光熱に飲まれるも、しかし先んじてマコトの手によって壊滅していた彼の場において被害は生じない。天地の区別なく這い舐めて広がる熱は次にマコトのフィールドへと押し寄せ、あたかもそれが義務であるかのように。摂理であるかのように彼女のユニットたちをあっさりと飲み込み、飲み干してしまった。
赤だろうと青だろうと関係なし。お構いなしにまずワイバーンが。それからリヴァイアサンが骨の髄までも焼却されて命を還し、最後まで破滅に抗わんとしていたネプチューンも……まるで抵抗の意味なく光の中に消えていった。
「ネプチューン……!」
時間的に彼が持ち堪えられたのは一秒にも満たぬほんの数瞬。それはファイトの勝敗を左右しない、なんら決着に寄与しない無駄な足掻きでこそあったが。されど真なるエースユニットとして主人を、信頼で結ばれているプレイヤーを守らんとしたその意思は大変に意義あるものだったろう。自分が消えればマコトは負ける。きっとそれがわかっていたからネプチューンは懸命だった。己よりも少女を生かさんと勇敢だった──思考能力などないはずのカードが放つ奇跡。ドミネイターとの間にある絆。確かにあるそれが散り際にまで輝く尊さまでもを無意味とは誰も断じられない。
だが、しかし。
言ったようにそれはファイトの趨勢を傾けるものでは決してなくて。
「全ユニットの淘汰完了……そしてこれより幕開けだ。私たちは共に手札の赤陣営ユニットを可能な限り無コストで呼び出すことができ、更にそのユニットで速攻を行なうことができる! 当然君のその四枚の手札の中に赤ユニットはいない、よって。私だけがこのユニットを召喚させてもらおう──オベリスクで回収した最後の一枚! 《レッドバレーの鉄屑浚い》よ、来るがいい!」
《レッドバレーの鉄屑浚い》
コスト6 パワー6000 【好戦】
廃品から作り上げたお手製の装備で武装した赤い谷に住まう戦士。細身ながらに逞しい体付きをしている彼は元より重装備であっても身軽な動きを可能としているが、忙しなく足を踏み鳴らす今の様子はまるで積んでいるエンジンでも変えたかのように明らかに先よりも逸っていた──異様なまでに鼓動が速まっていた。それは《アポカリプス》が鉄屑浚いへもたらした作用だ。
「この効果で場に出たユニットはそのターン中が寿命となる。ファイトの決着がつくにせよ付かないにせよ短い活躍となるのは確かだ……そしてそれで充分に過ぎる」
「そうでしょうとも。どうせ次のターンなんてわたしたちにはないんですから」
手札もコストも全て使い切って、鉄屑浚い以上に身軽な様となっているエミルが少女の言葉にニヤリと笑う。それは彼にしては珍しい、なんの嫌味もなければ含みもない、ただただ純粋に闘志だけを覗かせる「子供らしい」笑みだった。
──九蓮華エミルが決着に昂っている。彼ほどの男が、興奮している。
そうと気付いてマコトは胸がすくようで、なんだか嬉しくて。敗北が確定した悔しさはそれ以上にあれども、何故だか清々しくて──気持ちが良くて。
これが熱のあるドミネファイトかと、そんな風に納得をした。その素晴らしさをきちんと思い出すことができた。
その感慨は、悔しさよりもずっと大きかった。
「ファイナルブレイクだ。《レッドバレーの鉄屑浚い》で君へダイレクトアタック!」
迫るユニットの一撃。彼女の負けを決定付けるそれは、誰にも何にも邪魔されることなくがらんどうとなったフィールドを駆け抜け、そして少女最後のライフコアへと強かな蹴りが叩きつけられた。
観世マコト、ライフアウト。これによりファイトの勝利者は九蓮華エミルとなった。
「…………」
噛み締めるようにその結果を受け入れて黙り込む少女へ、エミルは朗らかに言った。
「とうとう白黒ついたね。いや、ここは各々のデッキカラーにちなんで赤青ついたと言うべきかな」
「とんだユーモアですね。そのセンスはともかくとして……ええ、勝負はつきました。わたしの完敗です」
「はは。私のライフコアも残り一個の瀬戸際だ。そこまで追い詰めておきながら完敗とは謙虚が過ぎるね」
「本当に、嫌味な人ですねあなたは。ここまで手加減されて、一時すらも本気を引き出せずに、その上で負けた。完全敗北と称すにこれ以上のものはないでしょう」
「いいや観世くん。確かに私は約束通りに終始手加減をしていた。オーラの顕現において君の総量を上回らぬように気を付けてはいたが……ただし技術においてはなんの遠慮も加減もしていない。大量とは言えないオーラで最大限に効率を見出せるやり方も、同じく相手のオーラに最低限で立ち向かう手法も。全てが私の『最高』さ」
その手本を目にしたからには。身を以て味わったからには、遠からずマコトもそれと同じことができるようになるだろう。取り戻した熱も相まって一段と成長することだろうと、エミルは穏やかに、祝うようにそう言った。
「……! それではあなたは、本当に最初からそれが目的だったんですか。妹を庇うためでもなければ弟を守るためでもなく、ましてやわたしに本物の力を見せつけるためでもなく。ただ後輩一人の成長を促すためにファイトへ臨んだと……自身の技術を伝授するような真似までして、ただそれだけのために?」
「伝授などとは大袈裟だね。私は単に楽しくファイトをしただけ。君は先輩の我儘に付き合ってくれただけの心優しい後輩でしかない。そうだろう?」
「……ええ、そうですね。わたしが負けたからには全てが『なかったこと』になった。故に、わたしたちがファイトをすることになった本来の理由ももはや存在しない。心得ていますよ」
負けたからといってマコトに代償はない。イオリやロコルに物理的な危害を加えられなくなったという、元々してはいけないことを改めてしないようにと釘を刺されただけのこと。ファイト前にエミルが言っていた通りにそれはマコトからすればなんの痛手にもならない。今回はポリシーを曲げても急を要さねばならなかったが故にここまで性急に事に及んだが、本来の彼女はこんな乱暴な手など使わない。なので、むしろ頭を冷やす機会を貰えたという点でこの敗北は彼女にとってプラスであると言っていい。それもまたエミルの思惑の内だと、彼の後輩への気配りのひとつであるとマコトは気が付いた。
「どうして、あなたがここまで? 御三家間のバランスを取り持つようなことは、望んで自ら当主の立場を捨て去った人のすることではないように思えますが」
「どうして、か。さてどうしてだろうね。捨て去ったことで新たな責任でもできてしまったからかもしれないし、まったくの思い付きであって論理的な思考など皆無の無責任な行動かもしれない。そのどちらであろうと、あるいはどちらでもなかろうと大して意味はない。私の視点をどう見るかは結局のところ見る者次第。君がどう受け取るか次第なのだから、解釈は自由だ」
「解釈の余地などくだらない。全てのことは結果こそが全てだと……さっきまでのわたしならそう応じたのでしょうが。今となってはさすがにそんな幼稚なことは言えませんね」
望む結果になればいい。後のことは何もかもどうだっていい。そういうスタンスを恥ずかしげもなく取っていた自分を恥ずかしく思うようになったからには。思えるようになったからには、マコトがエミルへ言いたいこと。送りたい言葉はたったひとつだった──。




