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371.一枚勝負のエミル

「ふ……そうか、そうだね。私の場は全滅し、君の場には強力なユニットが三体。それも【守護】よりも強烈に君を守る《海王激神ネプチューン》がいる。語るまでもなく彼我の差は歴然だ」


 《海王激神ネプチューン》

 コスト9 パワー10000 【好戦】 【加護】


 《回遊するリヴァイアサン》

 コスト8 パワー8000 【好戦】 【潜行】


 《死に物狂いのワイバーン》

 コスト10 パワー7000 【重撃】 【疾駆】


 更地の自陣と、強力な敵陣。互いのフィールドを見比べながらエミルはそれを認める──一ターン前までと状況は完全に逆転している。これを覆さんとすれば奇跡のドローが必要となるのは確実。マコトがそうやってネプチューンを引き当てたように、今度はエミルが運命力を最大限に発揮するべく努力せねば……彼の敗北が決まる。


「確かに足掻かなければならないのは私の方だ。君を見習い、『最悪』と言っていいこの劣勢を切り開いてみせなければね」


「それができるカードがあなたのデッキにあるのなら、ですけどね」


 何せ手札の鉄屑浚いは、6コストという重さもあって役立てようにもそうはいかないだろう。彼の持つ【好戦】とユニットの破壊時に墓地から好きなユニットやオブジェクトを回収できる効果は一見して有用そうだが、その能力はあくまで手札にあるカードとの入れ替えで成り立つ。リソースの増加ではなく質を高める類いのものであり、そういったやり方が活きるのはそれができるだけの余裕がある時だけだ。墓地との手札交換などという悠長なことをしていられる余裕は今のエミルにはない。マコトの読みは正しく、エミルと言えどもここで鉄屑浚いを活用することは不可能だ。


 だから、一枚勝負になる。次に引くカード一枚だけに全てを懸けねばならない、まさしくのドロー勝負。それにエミルは今から挑むことになる──が、しかし。そもそもの話この状況をたった一枚でどうにかできるカードがデッキ内に存在していなければ、ドローに懸けたところでなんの意味もないのだ。


「あなたのテクニックは凄い。赤単色のデッキで青陣営もかくやというコンボを次々に決め、その一連に大きな流れがあること。それはカードを手足のように操れるあなたのタクティクスあってこその戦い方……ですがそのせいで、あなたの戦い方は些かコンボ色が強すぎる。巨人に始まり、ワイバーンやオベリスクといった強力ではあれど一枚では活かしづらい特殊なカードを切り札に据えている点もまた然り。それは赤の短所を補うと同時に、長所を薄めているのと同義」


 攻め方が単調になるのが赤の欠点。言わずもがなこれだけカード間のシナジーを大切にしてコンボを決めてくるエミルのデッキには単調さなど皆無であるが、組み合わせを意識しすぎるあまりに『一枚でできること』が限られているとマコトは指摘する。「今引きによるトップ解決」。赤らしく強力なユニットやスペルを単純に突っ込んだだけのデッキは単調そのものな戦い方しかできないが、しかしドローによるたった一枚で全てを解決する。という乱暴ながらにドミネファイトの象徴とも言える逆転の可能性を最も有するのも、得てしてそういったデッキである。


 エミルが趣味で構築したであろう赤陣営とは思えぬテクニカルなデッキ。それがトップ解決という奇跡を起こせる確率はいったい如何ほどのものか。まったくのゼロであったとしてもマコトは驚かない──それくらいに状況はエミルにとって絶望的だと思うから。


「仮に《根こそぎの巨人》を強化したようなユニットがいたとしても……それを引けたとしても、無駄ですよ。説明した通りネプチューンには【加護】があるので、破壊効果でどうにかしようにも対象に取れず不発に終わります」


 無論その時はネプチューンの両脇に控えるワイバーンかリヴァイアサンを破壊するまでだろうが、この二体は別段破壊されたとてマコトにとって痛手ではない。守護能力を持つネプチューンさえ無事なら彼女の身の安全は保証されるのだから、それでいい。


「つまり。あなたが勝つためにはパワー10000のネプチューンを戦闘破壊するか、全体除去という対象を取らない無差別破壊によってわたしのフィールドを一掃し。その上でダイレクトアタック可能なユニットを一体場に用意すること。それらを次にドローするたった一枚でやり遂げねばならない。いくらなんでも──」


 無理でしょう、と。かの九蓮華エミルであっても。一度はその存在によってマコトの道を捻じ曲げ、こうしてファイトを通してそれを正そうとしている「優しき怪物」であっても。いくらなんでもそんな奇跡は、奇跡を超えた奇跡は起こせるはずもない。扱っているデッキが本命のものであるならまだしも趣味用のそれでは尚更に不可能。あり得ないことだと、そう告げようとしたマコトの言葉は。


「うむ、ちょっと・・・・厳しそうだね」


「────、」


 あっけらかんと、諦観を微塵も感じさせない軽い口調で放たれたエミルのセリフに遮られた。「ちょっと」? この盤面を覆すのが、ちょっと厳しいだけ? いったい何を言っているのか。自分と彼とでは見えているフィールドの状況が違うのか。本気でそう疑ってしまいかねないほどに、エミルの様子は──彼の表情は、実に楽しそうだった。


「君のオーラも先ほどまでとは訳が違うからね。その妨害を乗り越えてデッキに眠る『たった一枚』を引き当てるというのは、オーラ量を制限しているこの身にとっては果てしない難関だ。失敗の二字が脳裏にちらつく程度には技量と精神力の求められるドローになる……が、まあ、やってみようか。それが難しいことであるとは理解できているが、しかし生憎と私がそれに成功しないというイメージなどとんと湧かないものでね。やってやれないことはないだろう」


「…………」


「ああ勿論。君は遠慮なく最大限に、最高潮に私を邪魔してくれたまえ。質の変わったその素晴らしいオーラで私に解決札を引かせんと阻害してくれたまえよ。君に道を示すべき先達としてそれを乗り越えてこそ、このファイトには意義がある」


「……勝つ、つもりですか。ここからまだ、あなたは」


「はは。ファイトの前に言ったはずだよ観世くん。私に負けはない、とね」


「……!」


 ああ、いいだろう。いいじゃないか九蓮華エミル。どこまでもそうやって怪物然といられるあなたの精神性。揺るがぬ自信、確固たる傲慢。確立された力の化身。その在り方に心からの敬意を表そう──マコトは目を逸らさない。「九蓮華エミルのようにあれたら」と夢想した過去を、もうなかったことにはしない。


 どうか再び魅せてくれ。小さな怪物は大きな怪物にそう願う。


「引けるものなら、ご自由に。わたしはこれでターンエンド……この瞬間、ワイバーンのパワーが自身の効果により更にダウンします」


 《死に物狂いのワイバーン》

 パワー7000→4000


 減少値がやはり凄まじい。これで鉄屑浚いの方がパワーにおいて上回ったので、次にドローするカード次第ではワイバーンとリヴァイアサンの二枚抜き自体は、エミルにとってそう難しいものではないだろう。ただし彼にとってのネックはやはりネプチューン。真エースたるそれを討ち取らんとすると──その上で勝利を目指さんとすると余計に越えるべきハードルが一気に高くなる。それはもう、人の域ではどんなに高く跳ぼうとも届かないくらいの高度になる。それこそ飛躍のための翼でも持たない限りはどうしたって叶わないくらいに……。


 だがそれでも。そのハードルを前にしても。涼しげに笑うのが、エミルという男。


 九蓮華が世に生み落とした傑物ドミネイター。


「私のターン。スタンド&チャージ──」


「ッ!」


「──ドローだ」


 彼がカードを引く所作が、どこまでも美しくマコトの目には映った。



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