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37.捕食者の庭、恐るべき湿地帯

 ファイト開始より数ターンが経過。優勢なのはアキラであった。《ミミズチ》を即殺しボードアドバンテージを取った序盤からの流れを守り、ライフコアの数でも六対三と大きく上回っている。チハルは追い詰められながらもこの劣勢を覆すべく二体のユニットでダイレクトアタックを狙うが、やはりアキラの引き運は高まっていた。


「クイックチェック──よし、クイックユニットの《闇重騎士デスキャバリー》を引いた! 当然コストなしで召喚だ。このユニットは【守護】と【復讐】を持っている!」


「くっ……攻撃は中断する」


 チハルの場にいる二体の《湿地鳥》のパワーは3000。続けて二体目でアタックしても【守護】ユニットかつパワー4000のデスキャバリーに叩き潰されるだけに終わる。仕方なく追撃を諦め、本格的に攻勢に出るのは次のターン以降に回すことにした。しかし先ほどからこの調子が続いており、なかなかファイトの主導権が握れずにいる事実は無視できない──仕掛け方を工夫する必要がある、とチハルは判断した。


「僕は残ったコストコアを使って《泥色のヒル》を召喚するよ。これでターンエンド」


 ファイトが激化するにつれ、アキラの意気に追随するようにチハルもその闘志を昂らせていっている。今や退学への恐怖など微塵も感じさせない気迫ある彼の眼差しに、アキラもまた負けていられないと一層の気合を込めてデッキの上に手をかざす。


「俺のターン、スタンド&チャージ! そしてドロー!」


 手札とコストコアを見比べる。アキラにはまだ一回のディスチャージ権が残っているが、このターンにやりたいことは現在のコストコア数で充分に行える。チハルの操る『リバーリアン』がいきなりパワーアップしての強襲が得意な種族であることを知っているだけに、ライフコアの優位はなるべく保っておきたいところだ……そのため、スタートフェイズの最後に挟まれるディスチャージの選択においてアキラは何もしないことを選び、アクティブフェイズへと移行。


「《闇重騎士デスキャバリー》と《アイラビット》を召喚!」


「二体目のデスキャバリー……!」


 重厚な威圧感を放つ重騎士。それが二体並ぶことでますます圧迫感を覚えるチハルに、アキラはダイレクトアタックを敢行。


「《幻妖の月狐》でチハルくんへアタック!」


「っぐぅ!」


 これで残すライフコアは二個。チハルのターンに登場したデスキャバリーにも攻撃権はあるが、無理に攻めても決着は付かない。クイックチェックで何もせずに引いたカードを手札に加えるだけに終わったチハルを見て、ついつい攻め急ぎたい気持ちに駆られるアキラだったが、ここはぐっと我慢。手札が増えるというだけでも歓迎できることではないのだ。ましてや欲張って続けてダイレクトアタックし、次のクイックチェックでヘビー級のカウンターを食らわないとも限らない。確実な勝利を得るためにも、ここはデスキャバリーを守りに温存しておくべきだ。


「俺はターンエンド! この布陣で次のターンに攻め込ませてもらうよ、チハルくん!」


「……!」


 《闇重騎士デスキャバリー》×2

 コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】


 《幻妖の月狐》

 コスト2 パワー2000


 《アイラビット》

 コスト2 パワー1000


 小型ユニットを守る一対の騎士。その門番の如き佇まいを前にチハルはごくりと喉を鳴らす。あえてデスキャバリーを動かさなかったアキラの意図は彼にもわかっているし、その手堅いプレイングを敵であることも忘れて賞賛したいくらいだった。若葉アキラという少年は強い。どうして三連敗など喫してしまったのかまったく理解できない程度には優れたドミネイターだ──アキラの方も自分に対して同じように思っているなどとは想像もせず、だからこそ・・・・・と。


 チハルの口元に、このファイトにおいて初めて笑みが浮かんだ。


「僕のターン、ドロー! 感謝するよアキラくん、最低限のアタックだけでターンを終えてくれて!」


「なに!?」


「少しでもライフを減らされる方が僕は嫌だったよ。だってそのデスキャバリーたちは……このターンで処理してしまえるんだから!」


 その発言に大きく目を見開くアキラに対し、チハルは手札から引き抜いた一枚のカードをボードへと叩きつけた。


「エリアカード展開! 《つまずきの湿地帯》!」


「湿地のエリアカード……!?」


 チハルもエリアカードの使い手だったのか、と驚くアキラの目の前でフィールドが変貌。濡れそぼった草木とどろどろしたぬかるみに一面を覆われた名称通りの湿地帯へと周囲の景色が変わる。その見通しが悪く如何にも動きにくそうな深い泥と沼の領域に嫌な予感を覚え、アキラの額に一筋の汗が伝う。それは実に正しいドミネイターの闘争本能からの警告であった。


「《つまずきの湿地帯》は見ての通り足場も視界も悪くて極端にユニットの自由を侵害する。そのためこのエリアが張られた時、場にいるユニットは全て疲労レスト状態になる! 更に後から登場するユニットも必ずレスト状態で場に置かなくちゃならないんだ」


「強制レストの効果か……厄介だね」


 まだ行動していない二体の重騎士と白兎が揃って沼に足を取られて身動きが取れなくなっている様を見て、湿地帯エリアでは【疾駆】や【守護】を持つユニットがその強味をなくしてしまうことをアキラは理解する。


 特に【疾駆】は、相手ターンさえ生き延びれば自分のターンにスタンドすることで役割を取り戻せる【守護】と違い、もはや実質無能力バニラに等しい。登場したターンに攻撃できないのではそういうことになってしまう……ここぞという大詰めで【疾駆】に攻めの要を託すことが多いアキラにとってこれは悲報以外の何物でもなかった。


 そして湿地帯の効果はこれだけに留まらず。


「必ずレストすると言ったけれど、例外もあるんだ」


「例外……? まさかそれは」


「そう、お察しの通り。僕が操る『リバーリアン』には湿地に適応したユニットがいる! この《湿地鳥》も《泥色のヒル》も湿地でこそ強いユニット! ぬかるみに足を取られることはなく、故にレストもしない──更に! 《湿地鳥》に関してはパワーアップまでする!」


「パワーアップだって!?」


 《湿地鳥》

 コスト3 パワー3000→5000

 湿地適用・【飛翔】


「エリアカードがなければなんていうことのないバニラのユニット。だけど湿地では恐ろしい狩人ハンターに変わる! 【飛翔】を得た上でパワー2000アップ! 《湿地鳥》は君のデスキャバリーにだって力負けしないユニットになった!」


「こんな手を打ってくるとはね、チハルくん……だけど忘れていないかい。デスキャバリーには【復讐】がある。パワーアップした《湿地鳥》でも相打ちしか取れないよ」


「必要経費だと割り切るさ。ただし失う《湿地鳥》は一体だけだ──僕は《湿地鳥》と《泥色のヒル》でデスキャバリーにアタック!」


「ヒル!? そのユニットのパワーは……」


「ああ、パワーはたったの1000。デスキャバリーには遠く及んでいない、けれど! ヒルもまた沼地適用の効果によって【復讐】能力を得ている!」


「っ!」


 戦闘破壊された際に相手ユニットを道連れにする【復讐】持ち同士がバトルした場合、その本懐を果たせるのは無論のことパワーが低い方である。一方のデスキャバリーが自身をくちばしで打ち砕いた《湿地鳥》に最期の抵抗とばかりに槍を投げつけて刺し貫き、共倒れに持っていく傍ら、もう一方のデスキャバリーは軽くヒルを騎馬の脚で踏み潰したもののそこから発生した大量のウジ虫に取り付かれ、それを振り払えずに全身を覆われて……そうやってもがく間に沼地の底へと沈んでいってしまった。


 その凄惨なやられ方にアキラは思わず顔をしかめる。彼だけでなく、退学のかかったファイトを見守る生徒一同やムラクモの表情も変わった──この時チハルはハッキリと、勝負の風向きの変化を感じ取っていた。



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