368.マコトの真エース、ネプチューン!
「手札から、だって?」
マコトの効果発動の宣言。その内容にエミルは訝しむ様子を見せた──彼の目はしかと捉えている。《付喪水鏡》をコストコアへ変換するために手札から捨てられた一枚。墓地へ置かれるまでのほんの一瞬しか彼の側からは見えなかったはずのそれを、確かに見抜いていた。
(捨てられたカードは確実に《回遊するリヴァイアサン》だった。私がオベリスクによってゲーム外へ追放したのとは別の、二枚目のリヴァイアサンだ。つまりそれを呼び出そうとなれば効果の発動は墓地からになるはず……そしてそもそも召喚条件もまだ満たされていない。ならば)
ならばマコトの手札に『何』がいるのか? さしものエミルもそこまでは看破できないが、先のターンでは既に手札にあったと見られるリヴァイアサンとは別の一枚。おそらくはスタートフェイズのドローで引いたであろうカード──それがマコトの逆転を演出する最大の要にして、彼女のデッキにおけるリヴァイアサンをも超える代物であることは間違いない。
いったい何が出てくる、と見る者によっては恐怖すら覚える優しさとは別のものが全面に出た笑顔で少女のプレイをエミルは見つめる。敵の抵抗を喜ぶ怪物の目。それに凝視されているのを自覚しながら、されどマコトは堂々と胸を張って受け応える。
彼の気配に、雰囲気に押されていた少女はもうどこにもいなかった。
「ええ、『手札から』で間違っていませんよ。だってこの子はリヴァイアサンじゃないんですから。どちらにも自己召喚効果がありますが当然にその条件は違っている──フィールドで種族『シーゴア』ユニットが破壊されているターン。自分の場のユニット一体を破壊することでこのユニットは無コストで召喚される」
「! 無コストでの自己召喚……!」
「《マジックドルフィン》を破壊し、コストコアの消費なしで召喚! 出でよわたしの王! 《海王激神ネプチューン》!」
《海王激神ネプチューン》
コスト9 パワー8000 【好戦】 【加護】
キュアっ、と小さな悲鳴と共に爆ぜたイルカに代わってマコトの場に現れたのは、隣にいるワイバーンにも劣らぬ巨躯を誇る人魚のようなユニット。女性型ではなく男性型であり筋骨隆々の腕周りと胸板を持つ彼は魚類の下半身でも何不自由なく体を起こしており、威風を感じさせる佇まいで敵陣を──その奥で構えているエミルを睥睨している。厳めしい顔付きに豊かなヒゲを蓄えさせている彼の風貌は、まさしく海の神を名乗るに相応しいものだった。
これがマコトの真なるエース。そう確認と確信を経て、エミルは言った。
「コスト9の大型ユニットにしては踏み倒し召喚のための条件が緩いね」
自身の『シーゴア』ユニットが破壊されていないといけないリヴァイアサンとは違い、ネプチューンのそれは範囲を自分の場に絞っていない。相手プレイヤーの場も含めてフィールド全域が対象となっている。そのおかげでエミルの場で散った《付喪水鏡》の破壊に反応して彼は召喚されたのだ──類時効果を持ちつつもリヴァイアサンで同じ真似はできない。それでいてネプチューンは自軍ユニットを一体犠牲にさえすればまったくコストを使うことなく場に呼び出せる。4コストという性能からすれば破格の数字とはいえあくまでコストの消費なしでは召喚できないリヴァイアサンとはその点も異なっていた。
とはいえこれはユニットの破棄が重いかコストコアの消費が重いか。そういう状況との兼ね合いもあるために一概にどちらが優れていると言い切れるものではないが、しかし少なくともこの場面。1コストの最軽量ユニットである《マジックドルフィン》のような犠牲とするにお誂え向きな存在が場にいるシチュエーションであれば、ネプチューンの方が呼ぶに遥かに軽いと言えるだろう。しかもそれが『更なるプレイ』に繋がっているのであれば尚のことに──。
「ネプチューンによってわたしの場の種族『シーゴア』のユニットが破壊されました。そして使えるコストコアはまだ四つ健在のまま」
「召喚条件は満たされた、ということだね」
エミルの言葉にマコトは頷き、そして墓地からそのカードを盤上へと移す。
「墓地に眠る二枚目のリヴァイアサンの効果を発動! ファイト中に一度だけ手札・墓地から本来のコストの半分で自身を召喚することができる! 再び姿を現わせ──《回遊するリヴァイアサン》!」
《回遊するリヴァイアサン》
コスト8 パワー8000 【好戦】 【潜行】
もう何度目になるかもわからないリヴァイアサンの墓地からの登場。吠えて猛り力の限りにのたうつ海の怪物。そうして完成したマコトの戦線に、エミルはますます口角を吊り上げて興奮を隠そうともしない。
「私から奪ったワイバーン。エースユニットであるリヴァイアサン。それを超える真エースであるネプチューン……! 随分と豪勢な盤面を築いたものだね」
合計9コストと五枚の手札を消費しただけのことはあるだろう。無論、この三体の本来の総コストは圧巻の27コストである。プレイングの巧さとはリターンの確保の巧さ。最低限の支出で最大限の対価を得ることが基本だ。その点からすればたった9コストでこの戦線を作り上げたマコトのプレイングは過たず素晴らしいものだ──とエミルは認める。十二分に卓越しており、とてもではないが一年生のレベルではない。いくら優れた素質を持つ者しか入学できない栄えあるドミネイションズ・アカデミアと言えども、まだ新入生の冠すら外れない生徒がいきなりここまでできたりはしない……普通ならばそうだ。
しかし観世マコトであればそれができる。今のドミネイターとしての熱を取り戻した彼女であれば、このくらいのことは朝飯前だろう。これは始まりに過ぎない──彼女の覚醒はこれから成るのだ。
(そう信じるよ、観世くん。君だけでなく宝妙くんも素晴らしい資質を持っている。独りでは足りないかもしれないが、二人で歩めばきっと。君たちもまた私やアキラくんのいる場所に来られると……そう信じたい。日本ドミネ界に何より必要なのは若き可能性なのだから)
眠れる才能の開花を肌に感じながら、その輝きを目にしながら。そこに立ち会えた感動に心を打ち震えさせながらも、今はファイト中。そんな感情の波をおくびにも出すことなくエミルは言う。
「君とは反対に、ワイバーンの喪失という弱体化を強いられた私の戦線は一気に心許ないものとなってしまった……正面からぶつかり合えば惨敗は必至。見事に逆転されてしまった──とは、まだ言えないね?」
スカブルと失せ物追い、そして巨人。エミルの場にユニットは三体。対するマコトも三体だが、ワイバーンはレスト済みでこのターンでのアタックは不可能……そもそも彼には『自軍に赤以外のユニットがいると自発的なアタックが行えない』という縛りもあるために、コントロールこそ得ていてもどのみちマコトの忠実なしもべとはなってくれない。
それに対してネプチューンとリヴァイアサンは揃って【好戦】持ちであるために、どちらもエミルのユニットを狙うことができるが……。
「単純な引き算だ。三から二を引いても一残る。そして君のライフもまた残り一。一体でも生き残ってしまえば、守護者ユニットもいない以上は君の敗北が決定されることになる」
足りていない。敗色濃厚な状況を覆すにはまだ一歩及んでおらず、仮にここからエミルのユニットを二体減らしただけでターンを終えてしまうようならマコトの負けは濃厚どころか確定になる。彼女のデッキにライフコアを回復させるようなクイックカードは採用されていないために、ラストアタックが通ってしまえば確実に決着となるのだ。
「──わかっていますよ、そんなこと。だからわたしはネプチューンを呼んだんじゃないですか」
「!」
「魅せろというなら、魅せましょう。あなたが呼び覚ました観世マコトの力を!」




