367.最攻勢の蒼
気合を込めて行われたドロー。マコトには引いたカードがなんであるかを確かめる前から確信があった。エミルのオーラによる妨害を、その圧力を。確かに乗り越えたという確信。引くべきカードを引いたという口だけでない自信が少女の胸中を満たしていた。
「スタートフェイズを終えてアクティブフェイズに入ります!」
今のドローで手札は八枚、コストコアは八つ。先ほどはこれで充分だと、丁度の数であると満足していたが今は違う。その概算を立てていた先とは状況が変わっているのだからマコトも計画に変更を加える必要がある──エミルにも劣らぬ卓越したプレイングをする必要がある。それがどれだけハードルの高いことかをきちんと理解しつつ、されどマコトの動きに淀みは一切なかった。
「まずは1コストを使用し《付喪水鏡》を召喚!」
《付喪水鏡》
コスト1 パワー1000
引き当てたお目当てのカードを一旦は手札へと埋没させつつマコトが繰り出したのは、このファイトの始まりを告げたユニットである《付喪水鏡》。前ターン、ワイバーンによるダブルブレイクでクインマンタと共に引いた際にはクイックでプレイできないこのユニットを見て惜しいと思った彼女だったが、今となっては来てくれて良かったと心から思う。何故なら水鏡の力なくしてこのターンにおける『逆転』は不可能だからだ。
「次に、こちらも1コスト! 《マジックドルフィン》を召喚します!」
《マジックドルフィン》
コスト1 パワー500
カートゥーン調にデフォルメされた全身がやけに丸っこいイルカ。くるくるとコマのように回りながら水鏡の隣に現れた彼は、登場と同時にその口からエコーを吐き出した。
「《マジックドルフィン》の登場時効果を発動! 自軍の種族『シーゴア』ユニットの種類だけ次に唱える青単色スペルのコストを下げることができる! 場には水鏡とドルフィンの二種類のユニットがいます。よってこのスペルを本来の5コストから2軽減し、3コストで詠唱! ──《蒼い攪乱》!」
「なるほど、クイックのタイミングで唱えられなかったスペルをそうやって手打ちしてくるか」
無コストでの詠唱が叶わなかったスペルを、しかしそのまま死蔵させるのではなくコストを軽くして使用する。クイックカードはクイックカードであるが故に効果に比してコストが重めに設定されている──もちろん例外はある──ので、手打ちで唱えると割いたリソースと得られるリターンの収支が微妙に釣り合わない、ということもしばしばだ。ユニットを並べつつコストも節約するマコトのプレイングはその欠点を見事に補う巧みなもので、そこにエミルは感心を見せた。
「それで、君は私のどのユニットが欲しいのかな?」
「──《蒼い攪乱》の効果処理。わたしの場の《付喪水鏡》とあなたの場の《死に物狂いのワイバーン》のコントロールを入れ替えます」
やはり選ばれたのはまたしてもワイバーン。ターンを跨ぐたびに弱っていくとはいえ現時点ではエミルの戦線における最高パワーの持ち主であり、しかも【重撃】持ちである。当然にそうするだろうというエミルの予想通りに指定されたワイバーンは水鏡と瞬間的に入れ替わった己の立ち位置に少しばかりの困惑を見せていたが、けれどすぐに頭に上った血気がそれを打ち消した。そう、《蒼い攪乱》の効果処理はまだ終わっていないのだ。
「そして入れ替えたユニット同士で強制戦闘! 既にレストしていようと関係なくバトルが行われます!」
ワイバーンには他色ユニットと同居しているとアタックが不可になるデメリットがあり、そもそも先のエミルのターンで既にアタックを行なっており現在は疲労状態にある。《付喪水鏡》に至ってはたった今召喚されたばかりで──速攻能力である【疾駆】も【好戦】も持たないからには──絶賛召喚酔い中である。本来ならどちらもバトルなどできる状態にはないが、しかしスペルの効果であればそんなルール上の制約などあってなきが如し。強制である以上はレストしていようが召喚酔い中だろうが関係なしに、否応なしに二体の身体は動き、バトルが行われる。
目には見えない力で目の前の敵の打破しか考えられなくなったワイバーンが猛り、それに負けじと水鏡も鏡面をギラギラと反射させながら迎え撃ったが、パワーの差は歴然。鏡面以上にメラメラと輝くワイバーンの炎牙に噛み砕かれて水鏡は絶命し、バトルは一瞬の内に幕を閉じた。
「《付喪水鏡》を噛殺撃破! そして『相手によってフィールドから墓地へ行った』ことで水鏡の効果が発動します!」
「む……君のワイバーンがやったことだというのに、処理としてはそうなるわけか。これは上手くやられたな」
「あくまで破壊された際の《付喪水鏡》のコントロール権はあなたにありましたからね。ワイバーンによる戦闘破壊は『相手によって墓地へ行く』条件を問題なく満たす。しかし効果の処理はわたしの墓地で行われるため、その恩恵を受けられるのは現在のコントロール主であるわたしということになります」
少々複雑なルールだが、こうなる原因は《蒼い攪乱》の効果がフィールド上での影響に留まるという点が大きい。《蒼い撹乱》に限らずこういった系統の効果は──例えばそういうプレイを得意としている九蓮華イオリなどが好んで使うユニット《誘うぬばたま》もそうだ──支配権を奪ったユニットでも、一度墓地へ行ってしまえば相手にコントロールが戻るのが普通である。これはフィールドでユニットに課された多くの情報は墓地へ行けばリセットされる(真っ新の状態に戻る)というドミネファイトの基本ルールにも根差した裁定であるために、こちらも一部の例外はありつつも概ね処理は一律である。
つまるところ基本的に、コントロール権がどう移ろうともユニットは死ねば(墓地へ行けば)の持ち主の支配下に戻るということだ。ちなみにオブジェクトでもこの点は同様であるが、言うまでもなくユニットのそれに比べてオブジェクトのコントロール権に触れるカードはとても数が少なく、どう処理するのかわからないドミネイターも少なくないだろう。
などという講釈も、DAの生徒であるこの二人の間では改めて交わす必要もなく。
「それでは効果処理に入って──手札を一枚捨てることで今し方墓地へ行った《付喪水鏡》をコストコアへ変換します。これでわたしが使用可能なコストコアは残り四つ」
「そうだね。それは今君が墓地へ捨てた《回遊するリヴァイアサン》を自身の効果で召喚できるコストぴったりだ。だがそのためには自軍の『シーゴア』ユニットを破壊しなければならない……どうするつもりかな?」
唯一の『シーゴア』である《マジックドルフィン》が【好戦】でもあったなら、相手ユニットにあえて突っ込む自爆特攻によって破壊が成立し、リヴァイアサンを呼べたが。しかしドルフィンにはスペルコスト軽減以外の能力などなく、かといって彼を破壊するために別のカードをプレイするとなればリヴァイアサンの召喚コストが足りなくなってしまう。そしてそれ以前に、エミルの場にはまだユニットが三体も残されているのだ。リヴァイアサン一体をなんとか呼び寄せたところでマコトに逆転はない。次のターンのダイレクトアタックを止め切れずに敗北するだけだ。
いったいここからどうしようというのか──どうしてくれるというのか。マコトの瞳に宿る輝きに陰りがないことから、彼女には確かな勝算があるとエミルは見抜いており、だからわくわくとその時を待っている。
ここまでまったく予想の域を出なかった少女が、自身の想像を飛び越えたプレイングを魅せてくれるのを。
「──手札から効果を発動します」
落ち着き払った声音で、けれど万感の想いを乗せてマコトはそう宣言した。




