366.引くしかない! 定まったマコト!
諦めていない。諦めるつもりなど微塵もない。そんな強い意思が伝わるマコトの眼差しに、エミルはふっと微笑む。やはり覚悟はできていた。オーラが乗った一撃に耐えるという、そして逆転の一手を引いてみせるという覚悟。それだけでなく「引けなかった際」における覚悟も彼女の中にはあったのだ。しくじりは手痛いもの。しかしそれに足も心も取られることなく既に前を向いている──『次』を目指している。だから彼女の瞳は今、こんなにも眩しい光を放っている。
《壊し屋スカブル》
コスト3 パワー4000 【好戦】
《レッドバレーの失せ物追い》
コスト3 パワー2000 【疾駆】
《根こそぎの巨人》
コスト7 パワー4000 QC 【重撃】
《死に物狂いのワイバーン》
コスト10 パワー10000 【重撃】 【疾駆】
たった一ターンで築かれたこれだけの戦線を前にしても。ワイバーンを始めとする赤の軍団の威圧に真っ向から晒されても、怯え竦むことなく堂々と対峙する。その伸びた背筋、揺れない視線、曇りのない表情は、紛れもなく『熱さを胸に宿すドミネイター』以外の何物でもなかった。
「掛け値なしに祝福したい。君の新たな門出に私は惜しみなく賛辞と拍手を送ろう」
「ありがとうございます、とでも言えばいいんですか?」
「感謝なんていらないさ。言ったようにそれは君自身が掴んだもの。そして──私が課す試練はまだ終わっていないのだから」
「!」
ずん、と空気が震える。アタックを終えて一度は霧散したエミルのオーラによる重圧が再びフィールドを支配した──「くっ」と思わず呻き声を漏らしながらどうにか全身の重みに耐える少女へ、そうさせている彼はつらつらと語った。
「クイックチェックのドローだけでなく、スタートフェイズのドローにおいても妨害させてもらう。君は先の一撃を捌き切れなかった。明確な失敗だ。しかしただのドミネファイトであるならともかく、これは試練であり試験。たった一度の失敗で全て終わりとするなら私がここにいる意味もない……払拭の機会はあって然るべきだろう? 故にオーラの質と量は、共に失せ物追いのアタックに乗せたそれと同等のものとする」
「……今し方耐え切れなかった引き運の阻害を、すぐに克服してみせろと?」
「うむ。それができてこその成長であり、ドミネイターだ。できなかったことができるようになる。これ以上わかりやすい証もあるまい」
それはそうかもしれないが……と呆れ混じりになおも言葉を返そうとしたマコトは、緩やかに首を振ってそれをやめた。
自分は試練を受けている側。課題は提出者の為すがままであり、それを黙って受ける以外にない。そも、エミルの言っていることは決して間違っていない。尺度や観点が怪物のそれであるせいで些か常人の理解の範疇からは逸脱してしまってはいるが、ここまで彼が口にしてきた理論や信条の数々は正論そのもの。ドミネイターをドミネイター足らしめる要訣そのものだった──あるいはそんな風に思えることが、エミルやイオリからも認められるマコトの異端性の表れなのかもしれないが。彼女もまた常人の範疇からは逸脱している「小さな怪物」であることの証明かもしれないが、それはともかく。
「やれと言うならやりましょう。どうせわたしに拒否権はない……否やは口にできないんですから、どのみちのこと。なんであれ『引く』しかない。そこに変わりがないのなら同じですよ。あなたの妨害があろうと、なかろうと」
「ふふ……格好いいセリフを吐くようになった。だが、私は忘れていないよ。君はついさっきもそうやって格好いいことを言って、けれどそれに見合うプレイができなかった。結果として実行の伴わない単なる大言となってしまったわけだ。自信を持つことも大事だが、そしてそれを隠さないことで自身を追い込んでいくことも場合によっては大事だが。そこにはやはり、自信に相応しいだけの実力を見せるという行動が付き添わなくてはね」
「それこそ、言われるまでもないことです。だからもう一度チャンスをくれようというのでしょう? 先の大言壮語が大言壮語でなくなるよう、わたしが有言実行を果たせる人間になれるよう。まったく同じ妨害力を持つオーラで再び試すと……理解できています」
またそれに襲われることへの恐れはない。エミルに対する畏れもだ。彼がマコトが相対してきた中で最大の強敵であること。その怪物性への恐怖は否定しようもなく、未だ克服のしようもないものだが──それは致し方ないこと。マコトの根本にあるのはミライへの信仰にも似た愛情と、初めてエミルを目にしたときに味わった深い深い諦観。幼き頃に抱いたこのふたつの感情が彼女という存在を成り立たせている土台であるために、それを何か他の物に挿げ替えようとしたって上手くいくはずもない。そんなことをすればその上に載っている全てが崩れてしまう。マコトがマコトでなくなってしまう。
いくら熱を、情熱を取り戻したとはいえ、それだけで根本から変わるはずもない。劇的な変化と言っても中身が丸ごとすり替わったりはしないのだ──そしてそうでなければならない。マコトはマコトのままに、己を己として認めて成長を果たさなければならない。なんの気後れもなくミライの隣に立てる存在となるために。諦めることなくエミルのような難敵の前に立てる存在となるために。そのための飛躍を求められている今、この場面において。
マコトはどこまでも先を見ていた。
「いいね。次こそは成功させてみせるというその気概。失敗の事実を受け入れつつもそこには引っ張られない、後ろを振り向かない。前へ進もうという強い思い──それこそが君が新たに得たもの。そして失くしてはいけないものだよ」
「……それも、わかっています。手放しませんよ、もう二度と」
「ならばよし。私はこれでターンエンドだ。この瞬間、自身の効果により《死に物狂いのワイバーン》のパワーは3000下がる」
《死に物狂いのワイバーン》
パワー10000→7000
エミルの戦線は自己強化によるパワーアップを果たしているユニットで構成されている。スカブルは自軍オブジェクトを破壊したことで素のパワーを4000にしているし、失せ物追いは手札を捨てることで条件適用の【疾駆】を得ている。そして巨人もクインマンタを登場時効果で破壊したことによってたった1000とはいえパワーを上げている。そんな中でワイバーンだけは逆に自身の能力で弱っているのは、寿命をすり減らしている彼には悪いがマコトにとって盛大な不幸中における小さな幸いとも言えた──とはいえ本当にごく小さなものだ。3000のパワーダウンは値として決して軽くないものの、しかし盤面が盤面である。10000という大台が欠けたところでエミルの敷いた戦線からすればそんなものは誤差でしかない。四体のユニットが醸す脅威が薄れたわけではないのだ。
故にマコトに求められるのは、これをひっくり返す圧倒的な『何か』。
その何かの当たりを彼女は既に付けている。
(引けばいい。わたしのデッキに眠る『真のエース』を)
複数枚投入しているエースユニット《回遊するリヴァイアサン》とは異なり、たった一枚。四十分の一であるその一枚を、マコトのデッキにおける切り札を超えた更なる奥の手である真エースを、引き当てる。それ以外にこの状況を……エミルの盤面を覆す手段はないのだからそうするしかない。
ふぅ、と小さく息を吐き出して。その短い間でマコトは改めて心を定めた。エミルのオーラの重圧に負けぬよう自分もオーラを纏い、そして集中する。ただ引くことだけに、このドローだけに注げる全力を注ぐ……!
「わたしのターン。スタンド&チャージ──ドロー!!」




