362.変われたのだから
「いいね。観世くん、それだよ。それこそが君に足りていなかったもの。どんな敵を前にも『勝利』を欲し滾る、その熱。熱以外の全てを置き去るその熱さを、君に取り戻してほしかったのだ」
「──熱さ」
戦っても負けはしないが、という前置きはみっともなくも常に念頭に置いておきながら。しかして負けてしまってもいいように……もっと言えば戦う必要すらないように動くこと。盤外から状況を動かすことに、慣れ過ぎてしまっていた。そうする以外の選択を端から消してしまう程度には──家の権限を握り、私設隊を持ち、自らも隠形で人の目を欺き。いつしか「正面切って挑む」という行為をしなくなった。それを愚かな行為と切って捨てるようになっていた。いつから? いったいいつからそんな考え方をするようになった?
自分が最も愛するあの子は、そういう戦い方を誰よりも好み、誰よりも率先して実践する少女だというのに。
「陰ひなたに咲く。いや、陰ひなたに枯れる、かな。そうすることを選んだ君が宝妙くんと離れたスタイルになるのは道理でもある……が、そのために内に籠ってばかりでは駄目だよ。それでは熱がどこにも行かずに積もる一方。やがてその熱に自身が焼かれるか、あるいはまったく熱量を発さなくなるか。どちらにせよドミネイターとしての終わりがやってくる。そうなる前に、君は思い出さなくてはならなかった。熱に滾っていた幼き頃の心をね」
「また、知ったように言うのですね。元から熱意のない人間だってこの世にはごまんといるでしょう。幼い頃のわたしがそうでなかった保証なんてないというのに、どうして言い切れるんです? 過去、この身に、焦がれるだけの『熱』があったことを」
「ははは、燻る君を見ればそんなのは自明だろう。それに、そうでなくともドミネイションズに手を出す者にいるはずがないのだ。まったく熱意のない人間など、この世に一人たりともね」
「……!」
「そういう者はたとえ御三家の生まれだろうとドミネファイトなどやらないよ。自ら望んでは、決して」
含蓄ある言葉だった。確かにそうだ。観世家にもドミネイションズに触れようとしない人物はいる。そこに生まれた人間の責務として最低限の知識や実力は持っていても、それを振るうことをしない。振るうことにどうしても慣れない、生まれ持っての非戦士。良い悪いではなく傾向としてそちら側に属する者は一定数存在する……そしてマコトはそうではなかった。
彼女に選択肢はなかった。当代たった一人の当主候補として待望の生誕を果たしたその瞬間から、選ぶ権利などなくドミネイションズカードを握らされた──将来の当主ともなればそこに自由意思などあるはずもない。しかしそれでも、そうすることを。戦うことを、ドミネイターになることを選んだのはマコトの意思。なるべくしてなったのが彼女という戦士である。
そうだ、間違いなくそこには、全ての始まりにはまず『熱』があった。勝ち取ることへの渇望があった。それがより明確に色濃いものとなったのは、その熱を捧げるに相応しい相手との出会いがあったからだ。
「まったくもってその通り……裏に回ることに慣れ過ぎたわたしは、表での振る舞い方を忘れていたみたいです。正々堂々の戦いの清々しさを──思い出したくなかった。そんなものを味わおうとすればミライを守れなくなると、そう思っていたから。でも」
「そうではないと気付けたのだね。それだけではよくない、と」
「──はい。あなたのおかげと認めるには、まだわたしは幼いようですが」
原初の熱を取り戻すと共に、余計な子供っぽさまで付いてきたみたいだと苦笑してみせるマコト。そんな彼女にエミルも笑った──それはやはり優しげな、心から人を思いやるような笑みだった。
「いいとも、この際だから思い切り子供の時分に戻ってしまえばいい。その時期の純粋さこそがドミネイターの根幹だ。それに私のおかげなどと思う必要もない……熱を蘇らせたのは君自身なのだからね」
(──そんな顔を、他人のためにできるようになったんですね。あなたは)
御三家のトップである九蓮華家。を、幼くして力ひとつで屈服させた史上類のない異端児。ドミネ貴族と称される十数個の家々からなる狭い高家の界隈でしか彼の本性というものは知られていなかったが──そして「より正しく」その脅威を認識できていたのはおそらく九蓮華の者たちだけだったろうが。だとしても、観世も宝妙も。その他の全高家も。それはもう彼の暴威に恐れ慄き、なのに彼を打ち倒そうとはせず。話し合うのはひたすらに次善策。いずれエミルが治めるドミネ界において自分たちはどう生きるか、暴君となるであろう彼とどう付き合っていけばいいか。そんなことばかりに頭を悩ませていた。それだけエミルという個人は、個人でいながら尋常ならざる影響力を得た不可侵の少年だったのだ。
初めてエミルを一目見た瞬間からその未来を確信していたマコトとしては九蓮華が行うという『英才教育』の終了後、あっという間に彼によって他の当主候補が追い落とされたと聞いても「これは自分の想定よりも早くに世間を騒がせそうだな」と思うくらいで大して驚きもしていなかったが。ざわつく大人たちを尻目にやはりエミルこそがミライの覇道の最大にして唯一の生涯だと虎視眈々と対決の時を見据えていたが──そこで真っ向からのドミネファイトなど発想のひとつにも上がらず、大真面目に毒殺を第一の案として健闘していたくらいだが。
なんの因果か。あるいは物の弾みか不意の拍子と言った方が適切な経緯を経て、こうしてエミルと一人で対峙しているマコトは、その立場を改めて振り返り「それはそうだろう」と納得する。
どうやって戦わずして勝つかと頭を悩ませていた相手と一対一で矛を交えるこの無茶、この無理、この無謀。──かつての熱くらい取り戻さないことにはやっていられるはずもないではないか。
「何があったにせよあなたは変わった。あなたですら変わった、のなら。わたしの凝り固まった頭にもそろそろ革新があってもいいだろうと。そう思えてきましたよ、エミルさん」
「それは重畳。では目覚めた君へ洗礼だ」
ファイトを続行する。そう固く結んだエミルは手札から一枚のカードを抜き放ち、ファイト盤へプレイした。
「三つのコストコアをレストさせ、召喚。《レッドバレーの失せ物追い》」
《レッドバレーの失せ物追い》
コスト3 パワー2000 条件適用・【疾駆】
鉄屑浚いよりも細身の、しかし彼と同じく全身をガラクタから作り上げた自作装備で包んでいる人型ユニット。目元を隠すマスクによってその顔立ちはハッキリと認識できないものの、露出している口の端は勝ち気に吊り上がっており、その角度は彼がひどく好戦的であることをこれでもかと知らしめる。
「また『アイアンスミス』の一体ですか」
「その通りだ。君のデッキの主体が『シーゴア』であるなら、私のデッキの主体は種族『アイアンスミス』。とはいえ君がそれ以外にもリョクメイを投入しているように、ワイバーンや巨人といった別種族のユニットも大切な攻め手のひとつだがね」
むしろ『アイアンスミス』は盤面の取り合いやコンボの出だしといった場を整える役割が強く、攻め手としての主軸は『アイアンスミス』以外。それこそワイバーンや巨人こそが中心を担っているようだが──というマコトの思考を、まるで耳で聞いたかのようにエミルは言う。
「いやいや観世くん。ここまでの戦い方のせいでそう誤解されるのも当然かもしれないが、しかし『アイアンスミス』だって我がデッキの誇る刃の一。それを今から証明しよう──」




