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36.負ければ退学!? 崖っぷちのファイト!

「アキラ、チハル。勝ち星のないお前たちにはこれからファイトをしてもらう……お情けの四戦目だ。ここでなんとしても一勝してみせろ。ちなみに、それでも勝てなかった側に関しては退学処分も止む無しと俺は考えている」


「「……!」」


 ムラクモに名指しされ壇上の目の前にあるファイトスペースで並んでいる少年二人は、その衝撃的な宣言に体を固まらせる。アキラも動揺しているが、それ以上に様子が思わしくないのがもう一人の未勝利生徒、新山チハルであった。顔を真っ青にしてガタガタと肩を震わせているその様は、このあと彼と戦うことになるアキラからしてもいっそ気の毒に思えてくる。


 だがアキラにもチハル少年の気持ちは痛いほどにわかる──何せムラクモは本気だ。本気で、ここでも負けるようならドミネイションズ・アカデミアの生徒には相応しくないと。そう断じて追い出すつもりでいるのが、彼の表情からひしひしと伝わってくる。


 それは決してアキラの思い過ごしなどではない。この場にいる全員が彼と同じ確信を抱いているはずだ。それくらいにムラクモの目付きや口調には、この教員にしては珍しく熱というものを帯びていた。アキラたちにとって穏やかでない熱を。


「理解できたならポジションに付け。そしてファイトを始めろ」


 言われるがままプレイヤーポジションで向かい合うアキラとチハル。対戦相手が震える手でファイトの準備を行なっているのを眺めて、逆にアキラの方は多少落ち着いてきた。自分以上に怖がったり泣いている者を目にすると恐怖や悲しみがすっと引いてしまうあの現象に近い。しかし、退学のかかったファイトを前にしてもアキラが冷静でいられるのは単にそれだけが理由ではなく。


「さあ、本日最後のドミネファイトだ」


 ムラクモの掛け声によってファイトが始まった。先行を示す明滅はチハルのライフコアに起こった。余程怯えているのかそれにすらビクリと大袈裟な反応を見せた彼は、恐る恐るといった調子で一ターン目を開始する。


「ちゃ、チャージを行なって……《ミミズチ》を召喚」


 《ミミズチ》

 コスト1 パワー1000


「!」


 先行一ターン目にコスト1のユニットを召喚する。傍から見ても明らかなくらい極度の緊張ぶりでいながら、先行を取ったプレイヤーとしてこの上ないプレイングをチハルは行えている。どんなにあがって・・・・いても流石はDAに受かったドミネイター、力量はやはり確かであるようだ。だというのに一勝もあげられていないというのは、自分と同じく「空回った」結果なのだろうとアキラは推測する。


(《ミミズチ》は『リバーリアン』という種族の緑ユニット。この種族は緑陣営と青陣営の二色に跨っている珍しさが特徴だけど、ふたつを組み合わせるメリットはそんなになかった……はず。《ミミズチ》を出したということはチハルくんのデッキのメインカラーはおそらく緑。他の色が入っている可能性もあるにはあるけれど──これは同色対決!)


 緑の『リバーリアン』が如何にも緑らしく種族での連携を発揮する一方で、青の方にはそういった特徴のカードはなかったと──小学校での友人の一人が『リバーリアン』のデッキを使っていたこともあって──アキラは記憶している。ただし青のユニットが一方的に緑のユニットやスペルの『連携』の恩恵を受けるというパターンはあり得るため、チハルのデッキが緑だけで固められているかどうかはまだ断言できるものではない。


 だがたったひとつのプレイングからでも、知識さえあれば読み取れる情報は多くある。アキラの思考はそれを体現するものであり、観戦しているコウヤとミオにも彼が相手の一挙一動をしっかりと視ていることがわかった。


「なーんだ、アキラも相手みたいにガチガチかと思えば。ぜんぜんそんなことはないみたいね」


「だな。あの感じなら心配することもなさそうだぜ……勝つのは間違いなくアキラだ」


 この調子でファイトを進められるならアキラは退学にならないだろうと安心する二人。当然だ、友人が初日の授業で脱落者になるなどこの二人からしても冗談ではない──しかしアキラが退学を免れるということは、即ち新山チハルの退学を意味することでもある。


 どちらか一方しか学園に残れない、残酷なファイト。


「ぼ、僕はターンエンドだ」


「俺のターン! ドロー!」


 その重みを背負いつつアキラは力強くドローを行なう。そして。


「──チハルくん」


「えっ?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったチハル少年の戸惑いに、アキラは笑顔を向けた。


「楽しもうよ、ファイトを。俺たちにできることはそれだけで、それこそが最高だ」


「た、楽しむ……? 何を言ってるんだ、負ければ学園から追い出されるのに……!」


「だからこそだよ。お互い崖っぷちの限界ギリギリ。でもそういう時にこそ笑って勝負できるのが──強いドミネイターだ! 行くよ、俺はディスチャージを宣言! 溜まった2コストで、召喚! 《闇人形ドールジェミニ》!」


 《闇人形ドールジェミニ》

 コスト2 パワー1000


 ひらり、とゴシックな衣装のスカートを翻して球体関節の少女人形が場に姿を現わす。小さな水蛇が敵の登場に警戒してじっと見つめれば、閉ざされていたジェミニの双眸がカッと開いてその真っ黒な瞳孔から視線が返ってくる。そこに籠る怨念めいた何かに水蛇はビクッと怯み──。


「ジェミニの登場時効果発動! 場のパワー1000以下のユニットを一体破壊する。対象はもちろん《ミミズチ》だ!」


「うわっ、《ミミズチ》……?!」


 まるで少女人形の黒い眼差しに射殺されたようにばたりと倒れ、そのまま姿を霧散させる水蛇。敵ユニットの抹殺と、それに慌てふためくその主人を見て満足そうにケタケタと笑うジェミニを眺めながら、アキラは確かな手応えを感じていた。


 ジェミニは普段デッキ構築の変化に合わせて抜いたり入れたりを繰り返しているカード。《幻妖の月狐》のようにほぼ必ず投入するレギュラーメンバーではなく、全体のバランスを鑑みて採用するしないを決めている。今回もムラクモに呼ばれる直前の、コウヤのファイト終わりを待つ間にデッキを調整して採用を決断したところだった。


 そんなついさっき入れたばかりのカードが早速の活躍をしてくれたこと。そこにアキラは、先の三戦では感じられなかった噛み合いを感じた。調子が戻っている。ミオの感想は実に正しく、ファイトの始まりの時点でアキラ自身も本試験での感覚が蘇ってきているのを実感できていた。


「俺はこれでターンエンド。チハルくん」


 せっかく一ターン目に呼び出したユニットをあっさりと除去されて気落ちしているチハルに、アキラは真っ直ぐに言葉を届ける。


「しょげている暇はないぜ。やられたからにはやり返さなきゃ。それがドミネイターの流儀だろ。──お互い一流のドミネイターを目指すからには、こんなピンチこれからいくらだってあるさ。それを乗り越えられなきゃ未来はないんだ。俺たちがいるのはそういう厳しい場所だ……でも君だってそれをわかっててここに立っているはずだろ、チハルくん!」


「……!」


 どちらかしか先に進めない。そういう状況で幼馴染を下した経験のあるアキラにとっては、もはや迷うことではなかった。答えは、目指すべきものはきっとファイトの中にある。真剣に、全力で、楽しんで戦う。そうすればきっと道は拓けるのだと。周囲より遥かに遅れてドミネイターになったからこそアキラは誰よりも強くそう信じることができるようになっていた。


 その気持ちは、確かにチハル少年にも通じて。


「っっ……僕の、ターン! スタンド&チャージ、ドロー!」


 縮こまっていた背筋を伸ばして、擦れていた声を高らかに響かせて。チハルはアキラにも負けないだけの力強いドローを行なった。緊張はまだあれど、しかし今の彼にはもうさっきまでの過度な怯えなどなく。それを見てアキラはニッと笑う。


「それでいいんだ、チハルくん。さあ、思いっきりファイトをしよう!」



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