359.愚行
優雅な手付きで引いたカードを手札に加えるエミル。これで彼の手札は四枚、使用可能なコストコアは今のチャージで七つとなった。「大型」と称される7コスト以上のカードをプレイできるようになったこのターンは、一般的にファイトが終盤に差し掛かったと見做される契機の時でもある。本来なら先行プレイヤーよりも早くにそのタイミングに入れるはずのエミルが、マコトに一ターン遅れて7コストを溜めた。そして放たれたクライマックスという言葉──決めにかかつるもりである。それを理解してぐっと体勢を作る少女へ、エミルはやはり朗々とした口調のままに言う。
「『そんなこと』と宣えるのなら。遠慮なく他のユニット諸共にリヴァイアサンをゲームから追放させてもらおう」
「っ!」
だけどその前に、といたずらな笑みを浮かべてエミルは手札から一枚のカードを抜き出した。
「《仲間呼びのレストア》は残念ながらやられてしまったが、彼の残した効果はまだ生きている。私はこのユニットを無コストで召喚する──おいで、《その場しのぎのギル》」
《その場しのぎのギル》
コスト2 パワー2000
レストアによく似た格好──ボロボロだが機能的な手作り服だ──をしているこちらも少年型のユニットが、ゴーグルをかけた目で辺りを見渡す。しかし敵は見つけられても仲間が一人もいない状況にがっくり来たようで大きく肩を落とした。本人としては大真面目なのかもしれないが、その一連の仕草はコミカルで真剣味を感じさせないものだった。
「ギルの登場時効果を発動。このユニットが赤のカード効果で場に出た時デッキから一枚ドローし、更にそのターンのみ使用可能な赤の1コストをコアゾーンへ追加する」
「ドローとコアの追加……」
レストアの効果でコストを使用せずに呼び出したギルで、一ターン限定とはいえ使えるコストコアを得た上、手札まで増強した。マイナスなしの純粋なプラス収支。これでエミルの使用可能コストは合計で8となった。それで何をしてくるのかと一層の警戒を示すマコトの視線の先で、エミルは新たな一枚を手札より抜き取って掲げた。
「ギルには申し訳ないが──彼の効果で増やした限定コアを含めた5コストをレストさせ、更に引いたばかりの手札を捨て。二枚目の《真っ赤な奔流》を詠唱する」
「それは!」
「ああ、問答無用の全体破壊スペル。先の説明通り赤のコストのみで支払われたこれは助かるはずの赤陣営ユニットすら焼き尽くす。当然、君の場の青のユニットたちが助かる道理はないよ」
波が迸る。膨大な熱量を伴ったそれは一瞬にして双方のフィールドを総浚いし、その場の命の全てをドロドロに溶かしていった。無事で済んだのはオブジェクトカードであるが故に破壊対象外である《戦士の追悼碑》だけ。召喚されたばかりのギルも、守護者ユニットである《コイコイ古鯉》も、そしてマコトのエースであるリヴァイアサンも、パワーも種族も陣営もなんの関係もなしに、平等に滅ぼされる。ある意味では限りなく公平な力であった。
「フィールドのユニット全滅! そして破壊された三体のユニットはオベリスクの効果により墓地ではなく除外ゾーンに行く。エースにさよならは言えたかな?」
「あなたこそ都合のいい駒として扱った《その場しのぎのギル》へもっと真剣に謝罪された方がよかったのでは? 単にコストコアを増やすだけでなく、彼を破壊することが狙いだったんでしょう」
「ふ、その通り。君も気付いているようにオベリスクの起動型効果の条件である『自軍の赤ユニットの破壊』は何も相手からの破壊に限定されてはいない。私のスペルによって私のユニットが破壊されたとしても問題なく起動できるのだ──勿論使わせてもらうよ。一ターンに一度の蘇生効果を発動だ!」
むぅん、とオベリスクの内部から何かが重く振動するような音が聞こえ、そして短く発光。それが起動の合図のようで、間を置かずオベリスクの傍らにユニットが出現した。
「破壊されたギルの種族は『アイアンスミス』。よってそれと同種族のユニット一体を墓地から呼び戻せる。私が蘇生対象に指定するのは……《壊し屋スカブル》だ」
《壊し屋スカブル》
コスト3 パワー2000+ 【好戦】
巨大な解体道具を身に纏うスカブル。その効果をマコトはしかと覚えている。当然だ、ついさっきこのユニットとオベリスクのコンボを危惧したばかりなのだから。そしてこの場面でスカブルを蘇生させたということは──自身の危惧がそのものずばり的中していたことをマコトは察した。
「スカブルは登場時、自他の場を問わずにオブジェクトをひとつ破壊できる。私はそれによってオベリスクを破壊する!」
「わかりやすいことですね。リヴァイアサンを排除すればもう用なしということですか?」
「その通り、ユニット以外で対応するとは言ったがリヴァイアサンを亡き者とした後にもそうするとは言っていないからね。やはり攻めの主軸はユニットさ。だがしかし、最後までオベリスクは大いに私を助けてくれる。その恩恵にはきっちりと預かっておこう」
「恩恵」
おうむ返しに呟きながらマコトは内心で渋く頷く。やはりあった。破壊された際に発動されるオベリスクの効果。できれば使わせたくなかったが、しかし自身のユニットを破壊できる《真っ赤な奔流》を手札に抱えられていたからにはどうしようもない。防ぎようのない事態だったと切り替える他ない。問題なのはそれを許してしまったことではなく、ここでオベリスクがどんな効果を見せるかだ。
「まずはオブジェクトを破壊したスカブルの効果。自身の元々のパワーを4000とし、更に破壊したのが自分のオブジェクトであるために私は手札のカード一枚をコストコアへ変換できる。ここは、そうだな。回収したはいいがもう使い道もないだろう《マグマポッド》をコアにしてしまおう」
「!」
長らく手札に眠ったままだった《マグマポッド》がここで切り捨てられた……それはいいのだ。その判断自体は、マコトとて自分でもそうするだろうと思う程度には客観的に見ても合理的なもの。故にプレイングにではなく、《マグマポッド》をコストコアへ変換したことでエミルの残り手札が僅か一枚になったという、その事実にこそマコトは反応したのだ。
一枚。手札はドミネイターの可能性であり戦略の幅だ。どんなに卓越した者だろうと手札がないのではやれることは限られる。それが、たったの一枚。尽きてこそいないがほぼ尽きたも同然の状態。さしものエミルとてこれでは本領を発揮などできまい。その一枚の正体がなんであろうと、たとえオベリスクがこれよりフィールドへどんな変化をもたらそうとも、後続が途切れるのであれば恐れるに足らず。これはマコトにとって甚だ大きな追い風であった。そう、彼が手札を回復するようなことさえなければ──なければ……。
そんな愚行をエミルが犯すか?
「そしてオベリスクの効果処理。このオブジェクトが破壊された時、私は墓地ゾーンと除外ゾーンから赤のカードをそれぞれ二枚ずつ手札に回収することができる」
「なっ……『それぞれ』ということは」
「そう、私は一挙に四枚も手札を増やすことになるね」
なんてことだ。墓地からの回収も含むあたり、やはり墓地リソースを削る効果こそが主体であるオベリスクの本懐とはアンチシナジーではあるものの。けれど的確なタイミングで破壊できたならこの回収効果は他の類似の効果を持つカードと比べても破格の枚数を手札に戻すことができる。要は使い方次第、使い手の力量次第で弱小にも強大にもなり得るのがオベリスクというオブジェクトである──と、そう今更知ったところでマコトにはどうすることもできず。
「私が回収する四枚は──!」




