358.クライマックスへ行こう!
マコトの挑むような言葉と視線に、エミルは悠然と両腕を広げて応じる。
「もちろんだとも。ロコルに代わり私がこの場に立つ意味を証明しなければね。それはきっと君のお眼鏡にも適うものだろう」
「…………」
「これでも申し訳なく思っているんだよ。私本来の実力でお相手できないことを。なんと言ってもそんなことをしてしまえば、今の君では下手をしなくても選手生命にかかわる。一時の本気を引き出すために素晴らしいドミネイターを一人なくしてしまうのは惜しい」
「あなたは元々、半年前の例のファイト以降からは真剣勝負なんて行っていないと聞き及んでいますが」
「いやいや。頻度としては減ったとはいえあれからも真剣に戦ってきたとも。ただ、実力の全てを出し切ることはしなかった。相手がそれに足らなかったのではなく私自身の調整のためにだ。だが、このファイトは違う。私は私のためではなく君のために全力を封印している」
「それが……試練であると? つまり、わたしに合格の可能性を残すための配慮だと」
「そうだ。そう聞いて、悔しいと思うかな?」
「……悔しいと、思うか」
その感情はここに至るまでに既に何度か抱いている。味わわされているが、現在はどうだろうか。そんなものを味わう資格が、味わっている暇なんてあるのか。どれだけ手加減していようとどれだけ言葉を弄してこようと、それらは悪ふざけではないのだ。エミルは本気である。カードにこそ本気は乗せずとも、しかし本気で「相手のため」のファイトをしている。そうわかったからには。
「思いませんよ。わたしとしては最初からあなたに勝つことだけが目的なんですから……そちらが何を思い、何を企んでいようと関係ない。知ったことではないんです」
目的さえ達せられるのであれば内容如何に拘る必要もない。故に悔しさなんてものを抱く必要だってないのだ。という前提を置いてから「ただし」とマコトは続けた。
「あなたが加減を間違えて最後にはあっさりと倒されてしまうようなことになれば……悔しくはなくとも、悲しい気分にはなるかもしれませんね」
曲がりなりにもエミルはマコトの道を曲げた張本人。彼女が真っ当に、それこそ以前のエミルの如くに──もちろん傍らにはミライを連れて──覇道を行くことを諦めさせた元凶なのだ。その腹が立つほどの怪物が、世に言う天才そのものが、過去の栄光も嘘のように不恰好に沈んでいく様を目の当たりにするのはなんとも言い難い。
そこでマコトは気付いた。自分は心のどこかでエミルの本気を見たいと……その全力をぶつけられてみたいと、願っていたようだ。もしもそうなれば勝ち目はない。ただ潰されて終いだと重々に知りながら、なのに破滅願望の如くにそれを願う気持ちがあった。どうしてだろう? 間違っても自分は負けたいなどとは思っていない。ミライとの未来以上に優先するものなんてない、はずなのに。何故それを壊してしまうようなことを望んでしまったのか──。
「不思議なことではないさ。それがドミネイターというものだ。敗色濃厚な難敵を前にしてこそ最も昂る。勝てないと頭が下す結論を心で捻じ伏せ、万にひとつの勝機を掴みにいく。宝妙くんのためだけに……そう自らに強いて生きる君の中にもあったのだ。そういうドミネイターらしい輝きが。目を逸らすことのできない眩き闘争本能が、ちゃんと」
「……あの。当たり前のように心を読むのはやめてくれませんか」
「おっと失敬、ファイトと直接関わりのない部分まで読み取るのは不躾だったね。だがまあ、とにかくだ。君が蓋をしてしまっているその部分をこじ開けたいと。それが君の未来に栄えをもたらすと、私は思う。故に、ああ。安心してくれ。私は観世マコトというドミネイターのために過不足なく試練となってみせようじゃないか」
背筋を伸ばし、胸に手を当てて。まるで舞台役者のような所作でそう宣ったエミルに、マコトはミライを幻視する。大仰な仕草で自信を全面に押し出すあの子。マコトにはない強さを持った美しい子。その存在を強く脳裏に描かせたのはエミルなりの発破か、あるいは挑発か。いずれにしろわざとやっているのは間違いないだろう。癪なのは……おそらくエミルの狙い通り、マコトの胸中に先以上のやる気というものが溢れてしまっていることだった。
それを知ってか知らずか──確実に見抜いているとは思うが──エミルは鋭さを感じさせる挙動で胸に当てた手を動かし、今度は互いのフィールドを指し示した。
「カシスに続きレストアが、そして君の《咎血クラゲ》も。フィールドを去り、そしてオベリスクの常在型効果によって墓地へは行かずゲームから除外されてしまった。どんどんユニットがいなくなってしまうね?」
「そうさせている本人が何を言いますか」
除外は墓地よりも遥かに再利用が困難である。その点はデッキバウンスなども同様であるが、しかし少なからずサーチ手段があり、どんな種類のカード(スペルやオブジェクトといったカードの種別はもちろん、ユニットの細かなステータスの差異も含めて)であってもデッキ内にいるのであれば対応するサーチ札さえ用意できればそれを持ってくることも可能ではある。しかし、それが除外ゾーンとなると手段が限られる。『デッキからのサーチ』に対して『除外からの帰還』を可能とするカードは極端に数が少ないのである。
マコトのデッキも、エースユニット《回遊するリヴァイアサン》を筆頭に墓地からの復活や山札内にある目当てのカードを引き込む手段といったものは当然に戦術のひとつとして仕込まれている。だが除外ゾーンに触れられるカードは生憎と採用していない。つまるところ彼女が能動的に除外されたユニットを呼び戻す手段は皆無であり、そういう意味で「いなくなる」というエミルの言葉は実に──これまた腹の立つまでに──正確な表現だと言えた。
墓地にすら行かずに取り除かれてしまったユニットは、まさしくいなくなったも同然であるからして。
「おや? 強制除外が君には深刻な事態であるのは間違いないだろうに、その受け答え。あまりこたえている様子が見られないね?」
その指摘に手札のリヴァイアサンの存在がやはりバレているのかと心臓を跳ねさせたマコトだったが、しかし彼女は持ち前の演技力でそれをおくびにも出さなかった。少なくとも本人としては、見破られない程度には隠し通せたつもりだった。
「そんなことでいつまでも動揺してどうするというんです。あなたの目から見てわたしはそこまで拙い子供であると? ──舐めるのも大概にしていただきたい」
「おっと、重ねて失敬。そうだね、君ほどのものとなれば大抵のドミネイターが顔をしかめる除外効果にだって毅然と対処できるのだろう。輪をかけて素晴らしいことだ。なら、私も遠慮せずにやらせてもらおうか」
「……!」
「そろそろクライマックスと行こう。私のターン、スタンド&チャージ。そしてドローだ」
さらりと放たれたエミルのセリフと、品のあるドロー。動作にもオーラにも不穏さのない、決して荒ぶりも昂りもない平静かつ平穏な彼の出で立ちに、けれどマコトは精一杯の。渾身の警戒心をもって身構えた。そうせねば一瞬で「持っていかれる」と、彼女にはその確信があったからだ。
──ここからの数ターンが、ここからの判断が自分と彼との生死を決定付ける。ファイトの勝敗を左右すると、そう本能が解した。




