356.背負うべきリスクを負って
読まれている、とマコトは悟る。手札にある二枚目の《封水師リョクメイ》がエミルにバレていると。いや、真実彼がリョクメイの存在を看破しているかどうかはともかくとして、しかしオベリスクを──オブジェクトカードを封じるための手立てがあることは確実に知られてしまっている。先ほど手札へ目をやったあの仕草で勘付いたか、それとも会話のどこかで彼にしかわからぬ何かを察したのか。どうやって見抜いたのかは不明だが、とにかく彼にはそれが「見えて」いる。そうでなければああも意味深長な言い方はすまい。
(手立てがリョクメイであると断定までされていると見做すべき? だとしたらそれを誘っているのか──オベリスクは封じられてこそ真価を発揮する特殊なオブジェクト?)
そんな特殊に過ぎるカードがあるのか、という以前に。あったとしても普通ならまず採用しないだろう……などとは言えなかった。《根こそぎの巨人》や《死に物狂いのワイバーン》、それに《真っ赤な奔流》。決して弱くはないが使いやすさとは遥か遠くにあるそれらのカードを、嬉々としてデッキに入れて使いこなしているエミルだ。赤陣営単色とは思えぬほどに複雑な動きをしてみせる彼は、明らかに評価の基準や利用理由に「面白さ」や「物珍しさ」も含んでの構築をしている。
それを前提にして考慮するなら、まったくもってあり得ないことではない。先は破壊されることでなんらかの効果が発動されるのではないかと警戒したが、それは間違いで実のところエミルは、《マグマポッド》へそうしたようにマコトが再びオブジェクトに対してリョクメイをぶつけるのを待ち構えているのかもしれない。『相手から対象に取られること』で発動するような効果を持っているのだとすればリョクメイの封印に先んじてそれは発揮される上、そんな発動条件の効果が弱いはずもない点も合わせて「君の選択を楽しむ」という旨の発言も理解できる。
要は試されているのだ。それは何もこの時ばかりではなく、ファイトが始まって以降は常にそうだが。なんであれもう不正解は選びたくない、選ぶわけにはいかないマコトだった。
(複数の効果の中に相手からのアクションがあって初めて発動する類いのものがあってもなんら不思議ではない。そう思うなら安易に封印しようとしてはいけない、如何にオベリスクが強力なカードだったとしても──)
だが、今は自分のターンの終わり際だ。使用可能なコストコアも残っていないからには、すぐにエミルのターンがやってくる。そしてオベリスクを封じるかどうかの選択に迫られるのはエミルのターンが終わり、次の自分のターンになってからだ。つまりまだ一ターン、様子を見る時間がある。その一ターンにエミルがオベリスクを用いて何かしら致命的なことを仕出かさないかという不安もあるにはあるが、そこは今更不安がったところでどうしようもない点であるからして。
(普通なら。考え過ぎ、警戒のし過ぎで動けなくなるよりも、リョクメイを呼んで封印する方を選ぶ。わたしならそうする……でもこのファイトでそんな楽な選択はもうできない)
すべきことをしよう。今の自分できることを、ひとつひとつ丁寧に。マコトはそう心を定める。
「対応の是非、あなたのプレイングで見極めさせてもらいます──だけどその前に。せっかく蘇らせてくれたリヴァイアサンでやれることをやっておきましょうか」
「!」
「リヴァイアサンは【好戦】持ち。蘇生されたことでスタンド状態になっている彼は再びユニットへの攻撃が可能です。同じくオベリスクの効果で蘇った《丁寧な仲介屋カシス》へアタックします!」
パワー1000の小型ユニットを屠ることなどリヴァイアサンには寝起きであっても実に楽な仕事だ。尾の部分で掃き掃除でもするかのように少女ユニットを薙ぎ倒した海の怪物は、それによって得た力を主人へ授ける。
「ユニットを戦闘破壊したことでリヴァイアサンの効果が発動! わたしはカードを一枚ドローできる」
相手ユニットを減らしつつ手札を補充する。ターンの終わりにこれができたなら上等だろう。アドバンテージを稼ぐマコトとは対照的に、エミルは唯一のユニット失ったばかりか自身のオブジェクトの強制効果によってそれを墓地ではなく除外ゾーンへと追放しなければならない。
これではオベリスクは、単にエミルの首を絞めているだけであるが──。
「……わたしはこれでターンエンドします」
《咎血クラゲ》
コスト3 パワー1000 【復讐】 +【守護】・【好戦】・【潜行】
《コイコイ古鯉》
コスト4 パワー2000 QC 【守護】 +【好戦】・【潜行】・【復讐】
《回遊するリヴァイアサン》
コスト8 パワー8000 【好戦】 【潜行】
マコトの場は整っている。一度墓地を経由したことで《海中の嵐》により付与された他ユニットのキーワード効果こそリヴァイアサンから消失しているものの、それ以外には変化もないそこそこに整った戦線だ。それに対してエミルの場は。
《戦士の追悼碑》オブジェクト
たったオブジェクト一個。それが独特な存在感を放つオベリスクであることを加味しても相当に寂しく、マコトの戦線に比べれば貧弱そのもの。どころかまずもって比べるのも烏滸がましいくらいなのだが、けれど歴然とした彼我の差にもエミル自身はまったく頓着していないようで。
「オベリスクが何を条件に動くかと用心していながらアタック自体に迷いはなかったね。『ユニットの破壊』こそがトリガーだとは考えなかったのかい?」
「そうであるなら、それまでのこと。だとしてもわたしに悔いはない」
気味の良い返事に「ほう」とエミルは満足そうにする。実際、その通りなのだ。リョクメイの能力が裏目った場合にはコストと手札を無駄遣いした挙句に状況が悪くなるという、それこそ最悪のケースとなるが。今回は仮にこの破壊をトリガーにオベリスクが効果を発動させたとしても、マコトは得るものを得ている。相手の場にユニットを残さず、それでいてドローも行えているのだからその先にどんな結果が待っていたとしても最低限の収支がある──それはまったく最悪には程遠い、手堅いプレイだと彼女は判断したということ。
「支払うものと言えばリヴァイアサンを無防備にさせるだけ。たったそれだけの代償であなたのフィールドに余計な種を残さずにおけるのならいい買い物でしょう」
「種、というよりも不安の芽かな。それを摘み取っておく行動にクレバーな思考が伴っていて何よりだ……が、しかし。リスクを承知していたのなら当然に、それが現実のものとなっても受け入れてくれよ」
その言葉に「ちっ」と舌を打つマコトへこれ見よがしの笑みを向けたエミルは、高らかにそれを宣言した。
「《戦士の追悼碑》の起動型効果を発動する! この効果は条件適用型でもあってね、それが満たされたなら相手ターンであろうと構わずに起動させられるのさ」
「つまりは本当に、ユニットの破壊がトリガーだったということですか」
まさかリョクメイに気を向けさせたのは戦闘破壊への意識を下げさせてリヴァイアサンのアタックを誘うためだったのか──いや、まだそうと決めつけるには早い。条件適用の効果がこれひとつとは限らないのだから封印を躊躇わない理由にはならないだろう。とまれ今はオベリスク第二の効果がどういったものか知るのが先決。
「なに、そう大それたものでもないさ。一ターンに一度、自軍の赤ユニットが破壊された時に墓地の同陣営かつ同種族のユニット一体を蘇らせる。ただそれだけの単純な効果だ」
「破壊が条件の蘇生効果──場にユニットを絶やさないための能力」
「そう、私たちはカシスの死を無駄にはしないのだ。墓地より戻っておいで、《仲間呼びのレストア》!」




