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353.大切な後輩へ

 意味がわからない。意図が読めない。何故、何故、何故──よりにもよって《回遊するリヴァイアサン》を。敵のエースユニットを場に呼び戻したのか、エミルが何を思い何を考えそんな行動に出たのか。そんなプレイングに及んだのか、マコトはその真意が見えず絶句する。


 黙り込む主人の気も知らず……あるいはだからこそなのか、蘇ったリヴァイアサンが高らかに吠える。人の可聴域ギリギリの金切声で勇ましき雄叫びを上げる。その戦意は、闘志は明らかにこれまでで最大。ならば彼にも理解できているのだろう、此度自身がフィールドに舞い戻ったのは──舞い戻らされたのはどうしてか。その原因はもちろん己が保有する復活能力ではなくて、マコトがなんらかの手段で以て早期の復活を促したからでもなくて。目の前にいる敵。主人と雌雄を決さんとしているこのエミルこそが原因であり下手人であると、リヴァイアサンはしかと察しているのだ。


 だから意気込む。呆然とするマコトを守るように、彼女を勝たせるために、エースの立場を預かる彼はそれに相応しい軒昂を見せる……だが、プレイヤーとの絆を遺憾なく発揮させるユニットの奮起。ドミネイションズが起こす奇跡のひとつとして数えられるその光景を前にしても、エミルの余裕綽々の態度にまるで変化はなく。


「どうだい、観世くん」


「っ……どう、とは」


「次のターンが来るのを待たずして。どころか私へターンが移らずして、死したばかりのエースユニットが早速に蘇ったのだ。さぞかし嬉しいことだろう、と。そう訊ねているのだよ」


「…………」


 眉をひそめて、マコトはエミルを睨む。そんなことをしたって彼の表情、こちらを見る目になんの影響も及ぼせないことは知っていても、そうせざるを得なかった。できれば返事だってしたくないくらいだが……そこからも『逃げて』しまっては。これ以上彼との問答を忌避してしまっては、まるで自分が何にも立ち向かえない哀れな弱者になったようだと。それではまさしくエミルの言う通り、宝妙ミライを支えるに足る人間ではないと──そう思ったからには、無言ばかりを返してもいられなかった。


「そうですね。これがわたしの手によるものであれば。あなたの予期せぬ展開であったのなら、嬉しかったでしょうが。けれど実態はそうではない。リヴァイアサンはあなたが望んで復活させた。他にも蘇らせる候補などいくらでもいたにもかかわらず、です」


 これを嬉しがれるものか、とマコトの目付きは更に険しくなる。


 マコト自身がそうしたように相手の墓地から何を復活させるか選ぶとなれば……選ばなければならないとなれば、通常はよりローリスクなユニット。復活したとて相手の得るメリットが少ない「弱い」ユニットを──ここで言うそれは無論のこと単純なパワーの数値だけを見てのものではない──選出するものだろう。それが普通のプレイングで、一般的なドミネイターのすることだ。


 例えばエミル側の視点に立った場合、マコトが蘇生対象に指定するのは《地底鮫》あたりになるだろう。自己コストの踏み倒しによる速攻性、奇襲性を除けば単なるコストが重めの【潜行】ユニットでしかない《地底鮫》は、故に墓地から蘇ったとしても大した脅威にはならない。他のユニットのように登場時効果や退場時に発動する効果でプレイヤーにアドバンテージを生まない、選ぶに存在である……それをエミルは選ばなかった。彼ほどのドミネイターがまさか《地底鮫》を記憶から抜かしているはずもないのに、だ。であるならつまり、この選択はあえてのもの。わざとなのだ──わざわざリヴァイアサンをフィールドへ帰還させたのには何か、明確な狙いがあってのこと。


 それがあからさまであるだけにエースが戻ってきてもまったく喜べずにいるマコトへ、エミルはふわりと微笑んだ。暗闇に迷う者へ松明を差し出すような柔らかで暖かな顔付きで、しかして彼はマコトにとって絶対零度にも等しい温度感の言葉を紡いだ。


「そうだね、その反応もまた『正しい』。すこぶる正常なものだ。良かったよ観世くん──ドミネイターにあるまじき弱気を、唾棄すべき貧弱さを露呈させてしまってどうなることかと思えば。しかしやはり君は素晴らしい。たった一言の忠告でそうも鋭さを、あるべき姿を取り戻せるのだから将来有望極まわりない人材だ」


 マコトの内にある弱さ。堂に入った演技、ポーカーフェイスを通り越した鉄仮面に厳重に隠されたそれを、患部・・を目に見える形で露出させたのは言うまでもなくエミルの思惑によるもの。マコトにとってメリットしかない勝負にいくつものハンデを提示し、その上で言葉巧みに彼女の内心を揺さぶった。あたかも高等な外科出術の如くに秘匿された彼女の敏感な部分を野ざらしにした──その行為は何もエミルの悪趣味を意味するものではなく。


 偏にマコトという一人の少女を導くためのもの。


 そう、このファイトは彼女が受ける試験であり試練。それにマコト自身が気付けるか否かも含めて、エミルは最初からそのつもりで戦いに臨んでいたのだ。


「言ったように《戦士センス・オブ追悼碑・オベリスク》は君の戦法を打ち崩すために呼び寄せた文字通りの墓碑だ。戦術の根幹たるエースを、真に葬る。弔いの象徴だと思ってくれ──そしてどうか立ち上がってくれたまえ。信頼する切り札を失っても尚、強大な敵に立ち向かえるかどうか。それも上に行く者には欠かせない資質のひとつだ。そうなりたいと望むなら、君は身も心も強くならねばならない。自らを半端者と認め多くの物を欲する前から諦める。そんな弱さは失くさなくてはならない……だからここで捨ててしまいなさい」


「あなたは……どこまでも知ったような口で。知れたことのようにわたしを語り、焚き付けるんですね」


「語らいでか、観世マコトくん。何せ君の持つ弱さは、かつて私が抱えていたものによく似ている。君を放っておけないと思ったのはそのためだ」


「──、」


 思いもよらぬエミルの告白に、マコトは眉間に生じていた深い亀裂を消す。険相を和らげさせて目を丸くしている今の彼女には十三歳の少女らしいあどけなさというものがあった。そんな彼女へ、教え諭すようにDAの卒業を控える十八歳の少年が続ける。


「いや、似ていると言っては失礼になるかな。欠点を半ば自覚している君と違い、内面にわだかまるように存在する自己矛盾にまったく気付いていなかった私の酷さは──気付こうとしていなかった醜さは言うに及ばずだが。けれど、だからこそ。そんな醜態を晒していた私だから、他者の導きによってそこから救われた私だから、同じことを君にしてあげたい。しなければならない責務があるのだ」


「救われた……ですか。いったい『そこ』とは『どこ』を指しているんですか?」


「愚物の悪鬼、蒙昧の外道が落ちる場所。俗に言う『生き地獄』。かつて私が肩まで浸かっていたそこに君は片足を踏み出しかけている」


 何かひとつのためだけに生きる。たったひとつが全てに優先し、それ以外はなんだっていい、どうだっていい、どうなったっていい──それこそがまさに地獄への片道切符であるとエミルは知っている。その道を邁進していたのが半年前までの自分であるからして、それと同じ失敗をしようとしているを彼が放っておけないのは当然のことだった。


「いいかい観世くん。たったひとつに全部を注げられるほど君という器の中身はちっぽけではないし、そうやって何もかもが思い通りにいくほど世界は狭くもなければ単純でもない……故に私たちは精一杯に戦い、全力で挑み続けるのだ。ドミネイターであるとないとにかかわらずね」



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