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352.水平線からの帰還!

「《戦士センス・オブ追悼碑・オベリスク》……!?」


 塔を思わせる背の高いモニュメント。黒檀のように輝きを放つ黒一色で作られたそれの独特な存在感によってフィールドが支配され、マコトは息が詰まりそうだった。


 クイックオブジェクト。エミルの引かんとしていたカードがこれか──それを理解しての納得以上に困惑が勝るのは、マコトがそんなカード種を寡聞にして存じていなかったからだ。通常、クイックカードと言えばユニットかスペルを指す。クイックチェックのタイミングで引いて意味のあるオブジェクトなど、存在しなかった。少なくともこれまでには、マコトの知識上においては。だが今ここにあるのは、彼女がしかとその目に映しているのは、確かにクイックでプレイできるオブジェクトカードに他ならず。


 またその事実以上により深刻なのが──この塔の如き石碑をエミルが自身の『切り札』だと称したことだった。


「オブジェクトを切り札に据える……! やはり兄妹ですね、デッキの作り方にいくつも類似点が見える」


「似た者兄妹かい? ふふ、人からそう言ってもらえると嬉しいな。ロコルがどう思うかは別にしてもね」


 などと笑いながら、エミルはそびえ立つオベリスクを手で示して続けた。


「言ったように《根こそぎの巨人》や《死に物狂いのワイバーン》もこのデッキにおける攻防の要のひとつ。そのパワーやコストもあって充分に切り札級のカードと評してもいいだけの性能があるが、彼らの運用はほら、ニッチだろう? 私はそういうカードを上手く使いこなすことに楽しみを覚える質でもあるが、しかしそれと同時に君と同じく理論派でもあってね。局所的な使い方に限定されるカードをデッキの中心に置くことは基本的にしないんだ。そして種別問わず、そういうカードを『本命』と称すこともしない。主柱や土台がしっかりしていてこその部分も活きてくると、そう思っているからね」


「つまり……《戦士センス・オブ追悼碑・オベリスク》は『本命』と言っていい。あなたの赤単デッキにおける真の要と言い切ってもいいカードである、ということですか」


「その通りだよ、観世くん。いま君は立ち塞がる敵の真髄を目の当たりとしているのだ」


 真髄。そのワードにごくりとマコトの喉が鳴る。これだけの自信、そして告げられた数々の言葉が示している。このカードは並みのそれではない。おそらくはクイックオブジェクトなどというカード種としての物珍しさなどなんの問題にもならないくらいに、肌で感じるこのプレッシャーすらもまったく足りていないほどに。


 自分は窮地にいるのだと──。


「設置された《戦士センス・オブ追悼碑・オベリスク》の登場時効果を発動する」


「!」


 オブジェクトの大半は起動型か常在型の効果である。登場時効果を持つのは──まったくないわけではないがこれもまたオブジェクトとしては珍しい特徴だと言える。マコトは嫌な予感を覚えた。だけでなく、彼女にはそれが予感どころではないことがわかっていた。十中八九、否、ほぼ確実にこの墓標は。


水平線からの帰還(リターン・アズリエル)! 私たちは共に墓地からユニットを一体蘇らせることができる──ただし! 対象を指定するのは相手プレイヤーだ!」


「互いに相手の墓地に存在するユニットを一体選び、蘇生召喚させる……?」


「そう、私の場には君が選んだ私のユニットが、君の場には私が選んだ君のユニットが戻ってくるということ。さあ、効果処理だ! 宣言するのは君が先だ、好きなユニットを呼び起こしたまえよ」


 好きなユニット──などと言われても。できることならどのユニットだって敵の下には呼び戻したくないマコトだったが、しかし選ばねばならないなら選ぶしかない。


(巨人とワイバーンは論外。ワイバーンは私がターンを終えればすぐに自身の効果でパワーダウンするけれど、だとしても7000は水準として強力。それにどれだけパワーが低下していようと【重撃】ユニットは彼の場にいてほしくない……巨人もその点は同じ、ここで蘇られては困る。だったら──)


 だったら必然的に、選ぶべきは他の小粒・・なユニットたちということになる。その中でも最適は何か。最善はなんなのか、今度こそマコトは間違えられない。


(《壊し屋スカブル》……はダメだ、オブジェクト破壊の効果が今は怖い。万が一にもこの追悼碑オベリスクに破壊された時の効果が内蔵されていたとしたら、そしてそれこそが彼の狙いだったとしたら。その恐れがある以上は選べない。《レッドバレーの鉄屑浚い》も攻撃の起点になるユニット、これも除外すべき。とすると残る候補は二体)


 どちらも小型ユニットである《丁寧な仲介屋カシス》か、《仲間呼びのレストア》か。後続を呼ぶことに長けているという点でこの二体は類似した効果を持っていると言えるが、その内容には差がある。カシスは手札から2コスト以下の種族『アイアンスミス』ユニットを無コストで呼び出せる。レストアは次に召喚する『アイアンスミス』のコストを2下げる。共に登場時に発動される有用な能力だ……では、マコトにとってより忌避すべきはどちらか。より正しくは、発動することでエミルがより助かる効果はどちらか。それを考える必要がある。


「……わたしは、《丁寧な仲介屋カシス》を蘇生対象に選択します!」


 マコトが選んだのはカシスの方だった。召喚するユニットの本来のコストの関係なく2コスト分を浮かせられるレストアに対し、カシスの場合は「手札に2コスト以下の『アイアンスミス』が存在する」状況でなければ機能しない。つまりレストアと違って確実性のない、運が良ければ機能しないという希望が持てる効果なのだ。エミルの手札は三枚、あの中にデッキのメイン種族であろう『アイアンスミス』が一体もいないとは考えにくいが、しかしそこに2コスト以下がいない可能性ならばいくらかあり得よう。少なくともどちらに賭けるべきかで言えば後者なのは間違いなく──そんなマコトの期待値を考慮した上での選択は。


 《丁寧な仲介屋カシス》

 コスト3 パワー1000 【守護】


 ポン、と軽い音を立ててどこからともなく出現したカシス。少女型のユニットである彼女はそのあどけない顔をきょろきょろさせて、本人も何がどうなっているのか理解しきれていない様子だった。だがすぐにこの場が戦地であることを思い出したのだろう、彼女は自らの本分を果たすべく能力を発動させようとする。その様を祈りにも似た真剣さで見つめるマコトに、エミルは鷹揚に頷いて言った。


「うむ、正しい。私の手札に2コスト以下のユニットはいない」


 カシスが「あれぇ?」と首を傾げる。確かに効果を発動させたというのに、場に仲間が出てこない──そしてそのまま効果処理が進み、彼女の登場時効果は不発に終わってしまった。それはエミルの手札に呼び出せるユニットがいなかったことの証左。あるいはまだユニットへの攻撃権を残している【復讐】ユニットである《咎血トガチクラゲ》を嫌ってのあえてのスルーなのかもしれないが……いずれにせよマコトはユニットの効果を空振りさせることに成功したのだ。


 自分は確かに正解を選んだ──選べたのだと、そう安堵を覚えたのも束の間。


「ではこちらが選ぶ番だね。私が蘇生対象に指定するのは、君のエースユニット。《回遊するリヴァイアサン》だ」


「なっ……、」


 《回遊するリヴァイアサン》

 コスト8 パワー8000 【好戦】 【潜行】


 再び舞い戻った。否、「舞い戻らされた」己がエースの姿にマコトは三度言葉を失ったのだった。



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