表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
351/510

351.戦士としての

 砕け散る命の石。そこから漏れ出る光──散り際の可能性クイックチェック。エミルはそこへ手を伸ばした。


「ひどいことをする。縮めたライフ差がまた開く……劣勢、であるからには。私もを自重しないぞ、観世くん」


 まるで追い詰めた君が悪いのだとでも言わんとするような、挑発するような口調で。穏やかながらに意地の悪い笑みでエミルはそう言った。──その瞬間に理解する。マコトは彼の真意を悟る。


(──オブジェクトじゃ、ないっ!?)


 戦法の変更。ユニットを使わずの策。そうしてのリヴァイアサンへの対処。それをロコルよろしくの「強力なオブジェクトによる一手」であると仮定し、次のターンにも炸裂するであろう彼の未知なるオブジェクトに対応するため《封水師リョクメイ》を返し手に想定していたマコトは、その全てがとんだ勘違い。とんでもない思い違いだったのではないかと気付かされた。


 エミルの一手はオブジェクトでもなければ、などというノロマな指し方でもない。今、この時。彼はクイックチェックによる反撃を行なおうとしている。既にフィールドを去っているリヴァイアサンに、墓地で次なる目覚めのタイミングを待つ彼に、完全なるトドメを。蘇らぬ死を与えようとしている。それはつまり。


(『クイックスペル』! 間違いない、九蓮華エミルは先ほどのように! 剣閃のようなオーラ操作によって再び欲しい札を引き当てるつもりでいる……!)


 これもまた意趣返しか──《蒼い攪乱》によってエミルの予定をズラしてみせた、狂わせてやったマコトへの仕返しなのか、彼はそれをそっくりそのままやり返すつもりでいるのだ。マコトの想定よりもずっと早い、ずっと重い一撃をカウンターで与えんとしている。止めることはできない。防ぐことは能わないと、彼女にはわかっている。アカデミアで経験を積んだ果ての数年後のマコトであればまだしも、現時点ではまだ無理だ。エミルを抑え込むことは、まだまだ彼女には不可能。


 本来のオーラ量からすれば極小と言っていいほどの小規模な操作しかしていない。そういう縛りを己に課し、また忠実に守っているエミルではあるが、しかしてそのおかげでマコトが得られるのは彼に運命力を抑え込まれる事態からの回避のみ。妨害のオーラを切り裂く技術を持つ彼に対してもまたマコトの側が妨害を仕掛けることはできない──つまるところマコトはエミルの手加減によって概ね望んだ通りのドローができており、エミルは自身の卓越した技量によって運命力を確保している。というマコトからすればなんともありがたく、なんともふざけた状況が出来上がっているのだ。


 屈辱的だが、勝てるならばなんでもいい。この男からの干渉を一時的にでもなくすためにも、そして曲がりなりにもこの男に勝利したという実績を得るためにも……宝妙ミライのためにも。なんであれどうだっていいのだ。この一戦に勝てさえすればマコト個人の恐れも誇りも拘りも関係ない。一切合切捨て置いていい、そんなものはまた後から拾い直せばいいのだから。観世マコトはそういうことができるドミネイターだ。なので、そこまでしてもなお、そこまでしてもらってもなお感じてしまう彼と自分との差に辟易とした思いを抱くことまではどうか許してほしいと。


 誰にともなくそう心の中で呟きながら、マコトの思考は錯綜する。


(オーラをぶつけるのはただの消耗になる? それとも少しでも彼の引き運を陰らせられるのならやるべきか。だけど本当に『少しでも』可能性はある? いや、ない。引くと言った彼が引けないわけが、引かないわけがないのだから今は流すべき……甘んじて反撃カウンターを受け入れるべき。そして自分のクイックチェックやスタートフェイズでのドローにこそ最大限にオーラを費やす。それが次へ繋がる、勝利へ繋がる賢い選択のはず。『正解』のはず! だったら彼のプレイするカードがどんなクイックスペルだろうとここは一旦──)


いいや・・・、観世くん。私がこれから引くのは。プレイするのはスペルカードではないよ。君の当初の予想通りオブジェクトカードで合っているとも」


「え……?」


「そしてもうひとつ否定しておこう。次に繋げるため。それが勝利に近づくための選択としてオーラを節約する姿勢は、確かに賢い。それが正解の場合だってあるだろう……だが」


 エミルは笑みを消す。ようやく彼の薄ら笑いが消えた。常にこちらを見つめていた不気味な三日月が去ったことに、そうさせたことに感慨を抱いてもいいはずのマコトは、けれどまったく喜べず。


 色味をなくしたように見える彼の瞳にゾッと背筋が震えたのを自覚する。


「私のオーラ操作には追いつけないと。まるで対抗できないと諦めたが故の賢さは、ただの言い訳だ。困難な道から逃げた弱さを正当化するための手段でしかない──その選択は君を弱くする。未来あるドミネイターを蝕む病魔だよ」


 諦観が先にある賢しらさは、ドミネファイトに意義をもたらさない。その時だけは正解だと思えたとしても、そしてそれが一時の利益にこそなったとしても、けれどいずれは引っ繰り返る。必ずそこでの選択が尾を引き、最後には自身の首を絞めるのだ。逃げた末の敗北として、最悪の場合、それ以降のファイトですらもドミネイターを苦しめる大病となる。


 戦う者としての死すらも招き得る、惨めな末期へと繋がりかねない病に。


「時には逃げてこそ得られるものもあるだろう。だが今の君はそうじゃない。君の『今』はそうじゃない……決して逃げてはいけない時だよ。私という恐怖の対象と向かい合っているのだから、君だってそう感じているんじゃないか? 線が引かれるのはまさにここであると」


「………!」


 線が引かれる。観世マコトという人間の、ドミネイターの線。あちらとこちらのどちらに属するか。そこを越えて行けるか、超えてになれるかどうかの際にいる。エミルはその試練に相応しい敵。自分のためではなくたった一人のために、ミライのために生涯を費やすと決めたからには、信念にどれだけ殉じられるかが試される時が来る──それが、今。


 逃げるが最善と判じつつも、決して逃げてはいけない時。

 なのに。


「逃げてしまったね。それで全てが駄目になる、とは言わないが。それを続けるのなら君は宝妙くんの傍にいるべきではないだろう。彼女の幸福を真に願うのならね」


「──、」


「クイックチェック」


 愕然と言葉もないマコトに構わず、言いたいことを言い切ってエミルは。伸ばした手に、デッキに触れたその指へ力を込めて。オーラによる抑えつけを端から諦めた少女へ見せつけるように、当てつけるように。彼自身もまたその身からほんの少しの闘気も漏らすことなく、実に静かな所作でそれを掴んだ。


 否。当てつけのように、ではなく当てつけそのもの。「お前は戦いの場にいないも同然だ」と。「そんな奴はドミネイターではない」と。エミルはその穏やかさで雄弁に未熟な少女へと突き付けているのだ。


「ドロー……疑うまでもなく、私が引いたのは望みのカード。のカードだ」


「クイック……オブジェクト!?」


「当然に無コストでのプレイを選択させてもらう。おいで、私のオブジェクトにおける『切り札』」


 ──《戦士センス・(オブ)追悼碑・オベリスク》。

 出現したそれに、マコトはまた言葉を失った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ