350.攻めと守りの算段
巨体に見合わぬ速度で肉迫し、巨人へと絡みつくリヴァイアサン。その牙が巨人の首筋に突き刺さった──が、浅い。先ほどまでならこれで十二分に致死の傷を負わせられただろうに、しかして今の巨人のパワーは13000。リヴァイアサンの8000という数値も大型ユニットに相応しい巨大なパワーではあるが、それでも巨人の肉体を食い破るには力不足であった。牙が止まってしまったリヴァイアサンの上顎と下顎を巨人がむんずと掴む。そして力任せにそれぞれを上と下に引っ張り、口から真っ二つにリヴァイアサンを引き裂いてしまった。どう見ても致命傷である。首元に軽傷しか負っていない巨人の勝利……かに思われたのも束の間、彼の身体がぐらりと揺れる。
立っていられずに膝を付いた巨人は困惑の声を漏らすが、それもか細い。手足に力が入らず、目がぼやけていく。どうしたことかと戸惑う彼の首が、嫌に熱かった。熱を帯びている──これは傷付けられたが故の痛み、だけではなくて。そこから何か「良くない物」が自らの内へと侵入ってきているのだと巨人は気付いた。だが気付いたところでどうしようもない。リヴァイアサンの牙から注入された猛毒はすっかりと彼の全身に回ってしまっている。霞む視界と思考の中、傷から広がっていく熱だけを鮮明に感じたまま巨人は息絶えた。
決着である。《回遊するリヴァイアサン》と《根こそぎの巨人》の再戦は、またしても両者の共倒れで幕を閉じた。
「巨人、【復讐】により毒殺撃破! リヴァイアサンは失いましたが……そして戦闘破壊ではないために自身の効果によるドローも行えませんが、これであなたのフィールドは壊滅。空っぽですね」
おかげで悠々と攻められる。そう言いたげに口角を上げるマコトへ、エミルは「やれやれだ」と首を振って応じた。
「リヴァイアサン一体にどれだけユニットを倒されればいいのか。せっかく呼び戻した大型ユニットまであっさりと食われてしまったのではやっていられないね」
「わたしだってその度にリヴァイアサンがダイレクトアタックする機会を失っているんですからおあいこじゃありませんか。それに、そんなにユニットを倒されるのがイヤなら簡単な解決方法があるでしょう。これ以上何も呼ばなければいいんですよ。わたしのリヴァイアサンが食べなくてはいけないような、厄介なユニットはね」
「はは、それは名案だ。よし、ならばそうしてみようか」
「……なんですって?」
軽い挑発。盤面を優位にできたからこそ行えるそれで、少しでもエミルの調子を崩せればという目論見は、当然のことにマコトも本気で実現を願ってやったものではなく。万が一にもプレッシャーに感じてくれれば御の字の、しかしまず間違いなく受け流されるだろうと予想しての軽口だったのだが──まさか受け流すでも怒りに燃えるでもなく「真に受ける」とは。あまりの予想外のエミルの反応に、思わずマコトの方が調子を崩されてしまいそうだった。
「いやなに、君のデッキは青陣営ながらにコントロールよりもビートダウンの気が強く、それでいて対ユニットの処理能力は一級品だ。序盤に出てきた《封水師リョクメイ》だって封印の本命は強力な敵ユニットなのだろうしね……というわけだから、赤デッキだからと言って馬鹿正直な攻め方をしても効果は薄い。それは現時点での君と私のアドバンテージの差によく表れている」
マコトのライフは四、手札は四枚、コストコアは七つ、ユニットは二体。
エミルのライフは三、手札は三枚、コストコアは六つ、ユニットはゼロ。
──全てにおいてマコトが上。その差はいずれも僅かではあるが、しかして明確なものだ。ここまでのエミルの立ち回りに瑕疵はなく、むしろ巧緻なオーラ操作と的確なカードの切り方によってプレイングにおいては常に五分以上。マコトに劣る点や判断ミスなど何ひとつとしてなかった、はずなのにファイトの趨勢を示す全要素において尽く上回られている。それこそが彼我の相性差を──赤らしい愚直な攻めが如何にマコトのデッキと相性が悪いかを、目に見える形として表している。
うまく立ち回ってこれなのだから、仮にエミルが一手でも大きな失敗をしてしまえば。その途端にこのファイトの勝敗は決してしまうだろう。そう言い切ってしまっても決して過言ではなかった。
「だから戦い方を変えるのだ。少なくとも、君の処理能力の根幹であるエースユニット。《回遊するリヴァイアサン》に本当の意味で死してもらうまでは、今までのような攻め方を続ける意義も薄い。私はそう判断したよ」
「……つまりはリヴァイアサンの牙の餌食とならない、ユニット以外のカードで攻めると。そういうことですか」
エミルの三枚の手札の内の一枚は、オブジェクト《マグマポッド》である。最初に呼び出したそれのように、あくまで復活効果以外はただの大型ユニットでしかないリヴァイアサンに対処されないカードを用いること。それは確かに妙手であろう──無論、そんなことが赤単デッキで実現できるならばの話だが。
(普通なら赤単色には不可能。けれどエミルの自信は本物で、彼も彼の作るデッキも普通とは最も遠いところにあることをわたしは知っている)
《マグマポッド》を再設置した程度ではリヴァイアサンは止まらない。だが、九蓮華ロコルのデッキがそうであったように何かしら他にも厄介なオブジェクトが……ともすれば《封水師リョクメイ》のようなリヴァイアサンを『いないもの』とする手段などが、エミルのデッキにはあるかもしれない。
何を隠そう、死と再生を繰り返してこそ意味のあるマコトのエースリヴァイアサンの天敵は、こちらもマコトが重用しているユニットのリョクメイである。彼の能力によってアタックにもガードにも一切参加できない置物と化してしまえばリヴァイアサンはただの重たい荷物も同然。そういった対処法がエミルのデッキにも用意されている可能性は、彼の面持ちを見れば否定できない。
「【好戦】と【潜行】の組み合わせは狙った獲物を仕留めるのにとても向いている。その上で今一度《リキッドミーティア》のような攻撃用スペルを用いられてしまったら。そう思うと再び戦線を築くのにも戦々恐々、どうしても二の足を踏むことになる……ならばその前にリヴァイアサンそのものをどうにかしよう。それも、ユニットには頼らないやり方で。という帰結はとても理に適ったものだと私は思うが、君の意見はどうかな?」
「どうせ聞く耳持たない者に私見をぶつけることほど虚しい行為もありません。どうぞあなたはあなたの好きなように戦えばいい……わたしもそうするだけですから」
手札に控える二枚目の《封水師リョクメイ》を眺めながら。仮に《マグマポッド》を遥かに下に置くような途轍もないオブジェクトカードが繰り出されたとしても、その脅威は長くともエミルの一ターンしか続かない。このリョクメイさえいればどんなオブジェクトだろうとユニットだろうと区別なく沈黙させられるのだから、恐れることはない。警戒すべきは強力なオブジェクトを連打される場合だが、しかしてそれこそそんな真似が可能なのはオブジェクト偏重でデッキを組んでいたロコルくらいのもの。いくらなんでも赤単を操るエミルにそれと同じ戦い方はできないはず。
何かが来るとしても一手のみ。一手のみなら、何も怖くない。故にマコトは止まらない──自身のエースの如くに彼女もまた何度だって敵地を侵し、またそれを躊躇わない。
「《コイコイ古鯉》でダイレクトアタック! またひとつ! ライフコアを貰います!」
「ッ……、」
直接攻撃が許される守護者である古鯉の一撃により、エミルの残りライフは二となった。




