349.犠牲にすべきは
青単色スペル《海中の嵐》による種族『シーゴア』ユニットたちのキーワード効果共有。これによりマコトの場には大きな変化が起きた。
《咎血クラゲ》
コスト3 パワー1000 【復讐】 +【守護】・【好戦】・【潜行】
《コイコイ古鯉》
コスト4 パワー2000 QC 【守護】 +【好戦】・【潜行】・【復讐】
《回遊するリヴァイアサン》
コスト8 パワー8000 【好戦】 【潜行】 +【守護】・【復讐】
ユニットの頭数が増えたわけでもパワーが上がったわけでもない。だがそれでもこの変化は劇的だった──能力の共有。それぞれがそれぞれの強味を合わせ持つこと。これは現在マコトの盤面を築いている三体のユニットがまったく異なる方向性にあるが故に、なおのこと効果的な強化の仕方であった。
「あなたの巨人に並ぶようなパワーアップ、というわけではありませんが。だとしても見劣りしないでしょう? 三体共に【好戦】持ちかつ【守護】持ちかつ【復讐】持ち! これ以上にキーワード効果を持つユニットなんて──他にいない、こともありませんが。決して多くはありませんからね」
確かに、とエミルは頷く。自身の代名詞とも言えるドミネユニット《天凛の深層エターナル》であれば、完全体として顕現した際に得るキーワード効果はこの程度では済まないものの。しかしそれは例外もいいところの例である。少なくともそういった通常のユニットと同列に語ってはいけないような例を出さねばならないくらいには、マコトの場は強力であると評していいわけだ。
キーワード効果四つ持ちが、三体。《咎血クラゲ》が与えた【復讐】──バトルの結果に関わらず相手ユニットを道連れにする効果だ──が特に他三つのキーワード効果と漏れなく相性がいいという点も含めて、この戦線は攻防どちらにも向いた良き盤面だとエミルからしても素直に認められる。ただし。
「《咎血クラゲ》を召喚したのは……つまり【復讐】効果を欲したのは、リヴァイアサンの【好戦】と合わせて私の巨人を倒すためだろう? 君の場の三体の内一体は特攻によって確実に命を落とすことが決まっている。それで、君はいったいどの子を犠牲にするのかな?」
「…………」
せっかく築いた三体による盤面も、その一角はすぐに崩れてしまうことが元より確定している。効果共有によって強化されたユニットを失ってしまうのは勿体ないことのようにも思えるが、しかしマコトの側も【重撃】持ちである《根こそぎの巨人》を放っておくわけにはいかないのだから仕方がない。
マコトのライフコアは《死に物狂いのワイバーン》の一撃を受けたことで四つにまで減らされている。これでもしも次のターンにでも巨人の攻撃を通してしまえば、残りライフコアはふたつ。それは一発で勝負が終わってしまいかねない非常に危険な数字である……特に攻撃性に優れた赤デッキの使い手を相手にしている今、なるべくならこれ以上減らされたくなかった。どのタイミングで巨人やワイバーンに次ぐ【重撃】ユニットが飛び出してくるか定かではないし、それに速攻能力である【疾駆】でも与えられてしまっては目も当てられない。《コイコイ古鯉》が場の守護者ユニットを増やしてくれたと言っても、それだけを頼りにして胡坐をかいていられるほどマコトは豪胆でもなければ呑気でもなかった。
まあ、そういった事情を抜きにしても13000という規格外のパワーを有している巨人にはさっさとご退場願いたいところである。そんなユニットが敵陣にいるというだけで戦線の構築に影響が出てくる。目障りは素早く排除するに限る──そのために《咎血クラゲ》の【復讐】を目当てに召喚した。エミルの推論は、そして提示した問題の重大さもまた、頗る正しいものであった。
(全員が【好戦】持ちであり【復讐】も携えている今。巨人とのパワー差はなんの障害にもならない……どのユニットでも労さず殺し得る。けれどそれはあくまでもユニットが命を賭しての──命を落としての特攻を行うからこその結果)
巨人がパワーで遥かに上回るワイバーンを仕留めてみせたように、効果による破壊であれば彼我のパワー差などたとえ10000あろうが100000あろうが関係ない。バトルを仕掛ければ巨人は確実に破壊できる。だが登場時効果でワイバーンを屠った巨人と違って【復讐】での排除は一方的なものにならず、あくまでも相打ちが前提である。ここに戦闘破壊に耐性を持つユニットでもいたなら話は別だが、生憎とそんな能力を持つ『シーゴア』ユニットがいない──少なくともマコトのデッキ内や所有カードの内には存在しない──ので言っても詮方ない。ここでの犠牲は必要経費として割り切らねばならず、また喪失自体は受け入れているマコトだが。
しかしてどのユニットを犠牲にすべきか、そこに最適を見出す作業はまだ完了しておらず、迷いがあった。
(攻めの継続。少しでも早く、少しでも多く九蓮華エミルのライフを削る戦い方を貫くのならこの場で唯一ダイレクトアタック可能な《コイコイ古鯉》は是非とも残したい。巨人との相打ちでブレイクの機会を逃してしまうのは手痛いなんてものじゃない……だから犠牲にするなら《咎血クラゲ》かリヴァイアサンのどちらか、ということになるけれど)
けれどこの二択こそが迷いどころだった。大型と小型というユニットとしての分類、その価値を考えれば犠牲にすべきは《咎血クラゲ》だという結論になる。しかしリヴァイアサンには復活効果が内蔵されている。死んだらそこまでの《咎血クラゲ》とは異なり、彼なら巨人と相打っても次のマコトのターンで再度蘇るのだ。死を恐れる必要がないのがリヴァイアサンの何よりの長所であるからして、ならばここはユニットの質よりも数を重視して《咎血クラゲ》を残しておくべきか……。
(だけど次に復活したリヴァイアサンはもう他ユニットのキーワード効果を持っていない、という気掛かりもある)
ユニットの情報は墓地を経由すると素の状態に戻る。一度破壊効果によってパワーアップした《根こそぎの巨人》が死後にフィールドに戻ってきてもそのパワーが維持されてはないように、死は全てを洗い流す禊。それは生と死を行き来できるリヴァイアサンにとっても例外ではなく、ここで復活を見込んで特攻させてしまえば「強化されたリヴァイアサン」は帰ってこられない。【復讐】も【守護】も失ったありのままの彼が戻ってくるだけだ。
(──いや、それで充分。素のままでもリヴァイアサンは強い。最高に目を奪われてこの子が持つ本来の強味を活かせなくなったら、わたしに勝利はない!)
パワー8000に【守護】が付いているのは、ライフを減らされた手前とても心強くはあるが。けれどそのために大切に扱って死なせないようにするのではリヴァイアサンの運用方法とはズレてしまう。何度となくその身を犠牲にしてこそ、そして何度となく蘇ってこそのリヴァイアサン。マコトの信頼するエースユニットである。攻め手を継続させるという意味でもここはリヴァイアサンの強化よりもユニット数の方を優先して守る、それが正着。黙考の末にマコトはそう決断を下し。
「《回遊するリヴァイアサン》でアタック! 対象は勿論、あなたの場の唯一のユニットである《根こそぎの巨人》!」
「ふ──いいだろう。ならばこちらも先の如くに迎え撃とうではないか」




