346.入り混じる青と赤!
海と空の激突は、空に軍配が上がった。如何にリヴァイアサンがパワー8000を誇る巨体の持ち主であろうと、ワイバーンはサイズこそ一回り下ながらにその身に宿る力はそれ以上。ターンを跨ぐほどに著しく弱っていく瀕死の状態とはいえ、いや、だからこそ名の通り死に物狂いに暴れる彼は強かった。
「アタックを終えていてもターンは終わっていない。ワイバーンのパワーはまだ10000を保っている……よってこのバトル、敗者はリヴァイアサンとなる」
淡々と語るマコトの声を掻き消さんほどの雄叫びを上げるワイバーン。ズタズタに全身を引き裂かれたリヴァイアサンの血の雨が降る中、エミルは敵に回った自ユニットのあまりの狂暴ぶりに苦笑しつつ応じた。
「自らのエースユニットに随分と惨いことをする。せっかくワイバーンが標的にしなかったというのに、わざわざ殺し合わせて死なせるなんてね」
「エースだからこそ無茶をさせられるんですよ」
「信頼の為せる業、か。そう思うと絆も過酷だ……まあ、何度リヴァイアサンが命を落とそうとも痛手にはならないのだから巧いやり方だとしか言えないが」
「そうでしょう。なんと言ってもリヴァイアサンは死ぬことも仕事の内ですから」
どうせ次のマコトのターン、アクティブフェイズの開始時にリヴァイアサンは再び甦るのだ。そうやって場と墓地を回遊させてこそこのユニットの強味を活かせているというもの。無論、毎ターン蘇生させていてはいつまで経ってもリヴァイアサンによるダイレクトアタックが叶わないという欠点もあるものの、しかし実質不死身の大型ユニットが常に居座り、そのパワーと【好戦】によって随時敵ユニットを処理していくというだけでも働きとしては十二分。そう思うからマコトは躊躇なくクイックスペル《蒼い攪乱》を打って自身の手でリヴァイアサンを葬ることができたのだ。
「それに、盤面を考える必要はありますがその気になればわたしはこの奪ったワイバーンであなたから一気にふたつのライフコアを奪うこともできる。【重撃】によって、今し方あなたがわたしに対してそうしたように」
「コントロール奪取で最低限の攻め手を保ったわけか。なるほど、リヴァイアサンだけに頼り切るつもりはないと」
「そしてそれだけではない……ダブルブレイクを受けたことでわたしにはまだ二度目のドローが残っています」
ああ、そうだったね。そう穏やかに頷くエミルの調子は、やはりどこまでも優しく。どこまでも高みからこちらを見下ろすもので。彼の暖かな視線の鬱陶しさを振り払うようにマコトはドローした。
「クイックチェック。引いたカードは──クイックユニット《コイコイ古鯉》! 無コストで召喚します!」
《コイコイ古鯉》
コスト4 パワー2000 QC 【守護】
ポン、と軽やかにマコトのフィールドへ現れたのは鯉そっくり、というよりもそのものであると言った方がいいユニットだった。リヴァイアサンの巨大さに目が慣れた後ではとても小さく見えるが、鯉としては非常に巨体である。その立派な体格をびちりと跳ねさせて戦意を見せるユニットを指してマコトは言った。
「この子はクイックで出せる守護者ユニット。それ以上でもそれ以下でもない、特段珍しいカードじゃない……わたしも『シーゴア』の種族シナジーを目当てに入れているだけで特別な期待を寄せているわけではありません。ですが」
「今、この場面。このタイミングでやってきてくれたことには大きな意味がある。そうだろう? 何せ次のターン、ワイバーンの【重撃】と合わせて君は私のライフコアを三つブレイクできる状況にあるのだから」
クイックユニットの長所は何も登場時効果の有無だけに左右されるものではなく、「相手ターンに召喚される」こと自体にも大きな利点がある。それ即ち召喚酔いの解消である。古鯉のようにただの壁役としての性能しか持たずとも、しかし生き残ってターンが移れば即座に相手プレイヤーへ攻めることが可能。守護者ユニットにありがちな──特に守護者が強力である白陣営に多い──ダイレクトアタックの制限も古鯉にはないため、マコトには更に攻め手が増えたことになる。
そこで何より重要になるのが、古鯉のアタック後に彼をどうにか場から退かせばワイバーンも動けるようになり、三というブレイク数に届くこと。つまりはエミルのライフコアをちょうど削り切れる数字になる、という点だった。
「場合によってはリヴァイアサンを蘇生させる必要すらない……防げますか? あなたに残されているのはたった1コスト。それだけでどうにかできるというのなら、やってみせてください」
そも、《真っ赤な奔流》と《死に物狂いのワイバーン》のコンボを披露しただけでも一ターンの動きとしては充分なのだ。まだコストコアが六つしか溜まっていないファイトの中盤においてこれだけ派手なプレイができたのなら上々というものだろう──そのことをマコトは否定しないし、他ならぬエミル自身だってそう認める。これ以上の動きがなくても仕方ない。それはむしろ当たり前のことなのだと認められる。
「だがしかし。動かなければ敗色濃厚とあっては無理を押してでも動くしかないね」
「!」
「本当ならもう少し後に使いたかったが、ああも見事なオーラで二連続のクイックチェックを決められてしまったからには致し方ない。早速仕込みを消費してしまおう」
「仕込み──?」
「気付いていなかったか。いけないな観世くん、相手が手札から捨てるカードはしっかりと見定めておかねば、この通り。思わぬところで計算を崩されてしまうよ──1コストを支払い墓地のスペルカード《噴出》の効果を発動する」
「ッ、墓地からの効果発動……! 赤単デッキで!?」
先ほど《マグマポッド》を回収するときエミルは、その代償として捨てるカードがなんであるか丁寧にも宣言していた。それに対し《真っ赤な奔流》の真の威力を発揮させるための追加コストとして手札を捨てた際には、そのカード名を口にしなかった。
そこの差には気付いていたマコトだが、名を伏せられたカードの正体がなんなのかなど大して気にも留めていなかった……何故ならエミルのデッキは赤単色で構成されており、必然、捨てたカードもまた赤単色であることは確実。マコトの使う青陣営とは正反対の、凝った効果の少ない単純明快な色こそが赤であるために、墓地に落ちたのがなんであれ関係はないだろうと。単に必要性の薄いカードを手札から選んで廃棄しただけに違いないと、そう捨て置いたのだ──けれど。
「青にも赤の如く愚直に攻め込むためのカードがある。君が用いた《リキッドミーティア》のようにね。ならば赤にだって青の如くの搦め手を仕掛けるためのカードだってあるさ。陣営ごとの特色とはあくまでも通り一遍のステータスでしかなく、その陣営の全てを表すものでもなければ縛るものでもない。それくらいのことはアカデミア生ともなれば重々に存じているだろうに」
「だからといって穿ってばかりもいられませんよ。警戒してもし足りない、そんな相手と戦っていても時には警戒を投げ捨てて前へ出なければ勝利はないんですから……そもそもの話。伏されたまま捨てられたカードを『見極められる』人なんてそうはいないでしょう。それこそ、そんなことを当然にやってのけられるのは御三家の人間でもあなたくらいだ」
「常人の域にないと自負しつつも、そうして諦めてしまうから君は半端なのではないかな」
「……っ」
返す言葉もなく歯噛みするしかないマコトへ今一度優しくも意地悪く微笑みかけて、エミルは続けた。
「さて、それでは《噴出》の効果処理といこう。このスペルを墓地から除外することで──私の場に《根こそぎの巨人》を蘇らせる!」




