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344.半端者の価値

 刻々と流れる血の量が増えていくワイバーンの姿を眺めながら、エミルは続ける。


「《死に物狂いのワイバーン》のパワーはターンエンド時に3000ずつ下がっていく。これは自他の区別を問わない──よって実質、ワイバーンが生きられるのは往復二ターンのみだ」


 ドミネイションズのルールではパワーがゼロになったユニットは自ずとフィールドから墓地へ行く。つまりマコトが何もせずとも、次のエミルのターン終了時にはワイバーンは勝手に死ぬ。その最後の命の輝きを終えるのだ。


だとしても・・・・・【疾駆】持ちの、【重撃】ユニット。ドミネユニットの如き時間制限が設けられていてもあまりに強力。複数ユニットの破壊時という召喚条件も黒に次いで破壊に長けている赤陣営のものとしてはそこまでの重さではない……ワイバーンの名を冠するにはまだ何か、別の制約も課されているものと愚考しますが」


「謙遜せずとも良い鑑識だ。その通り、毎ターンのパワーダウン以外にもこの子にはデメリット効果がある。それが攻撃可能であれば必ず攻撃しなければならない縛りと、それでいて自軍に赤以外のユニットがあるとアタック不可という縛りだ。つまり混色構築ではうんともすんとも言ってくれなくなる。どうだい、あまりに制約だらけで実に可愛いだろう?」


「可愛いかどうか、については意見を伏させていただきますが。なんにせよやはりワイバーンはワイバーン。効果のほとんどが制約デメリットとは……扱いにくさにかけては一級のものがあるようですね」


 往復一ターンというあまりに短い時間の中でしか存在を許されないドミネユニットよりは猶予があるとはいえ、それでもワイバーンの命は短い。単体の性能で登場からの即ダブルブレイクが叶うユニットなどそうはいないので、プレイヤーが得られるメリットとしては──たとえそれ以外に多数の制約があったとしても──決して小さくない。小さくはないが、やはり総合的に見て《死に物狂いのワイバーン》は採用も活用も著しく難しいカードであるとしか言いようがない。特に昨今の混色前提のファイトシーンでは尚更に。


 どういったデッキでこのユニットが輝くのか、そしてこのユニットを輝かせたところでなんになるのか、聡明なマコトにもちっともわからない。しかしエミルはそんなカードを使って──。


「さあ、命を輝かせる時だ。ワイバーンをアタックさせる!」


「!」


「君の場にユニットはいない、よってこの子の攻撃対象は当然に君自身となる。やれ、《死に物狂いのワイバーン》!」


 一際に力強く、そして必死の咆哮。轟く大気の中を炎塗れの翼が泳ぎ、ワイバーンは瞬きの間にマコトの眼前にまで迫ってきていた。プレイヤーを守らんと、彼女の生命ライフを表す六つの宝玉コアがワイバーンとマコトの狭間へ割って入り──炎爪と激突。素早く身を翻してエミルの場へと帰っていくワイバーンの背中を、砕けたコアふたつ分の残滓越しにマコトは忌々しく見つめた。


「【重撃】は一度のダイレクトアタックでライフコアを二個砕く。これで君の残りライフは四、私との差も一気に縮まったわけだ」


「ですがわたしはその分、一挙に二度のクイックチェックが行える」


「そうだね、それが【重撃】の良し悪し。ブレイクには互いのプレイヤーのピンチとチャンスが同居するのだから、ダブルブレイクにおけるその比重はなおのこと大きい……無論そこがドミネファイトの一段と面白いところだがね」


 連続ブレイクはそれだけ相手に反撃の機会を与えるのと同義。どうせ七つのライフコアを奪い切らないことには勝てないのだからいつ攻撃しても一緒、などと考えている内はドミネイターとして上にはいけない。何度もファイトをすれば、そして逆転することもされることも経験していけば誰しもが理解することだ。攻めるべきタイミングとそうでないタイミングは必ず別れており、それを見極められるかどうかで勝ちやすさは各段に変わってくると。それを人は「ファイトの流れ」と称するわけだが、言うまでもなく、この流れとはただ自然に両者の間を揺蕩っているばかりではなくて──巧妙なドミネイターはそれを自ら引き寄せる手段にも長けているものだ。


 そういったドミネイターの中には【重撃】を融通の利かせ辛い効果として嫌っている、とまではいかずとも自身のデッキには採用したがらない者も少なからず存在する。その事実が何よりもワイバーンという生物の価値を評しているだろう。


 それは決して「無価値」ではなく。


「連続クイックチェック……!」


「ふふ」


 気合を込めて。見るからに気力を高めてドローの体勢を取るマコトに対し、エミルはどこまでも凪。なんの緊張も強張りもない極々の自然体でそれを見守る。その様はまるで幼子の努力の成果を見届けんとする大人のような──雛の羽ばたきを黙って促す親鳥のような。そんな視線を受けて、屈辱を受けて、しかしてマコトは激昂しない。ミライのように我を忘れるほどの怒りを力に変えられるはなく、かと言って怒りをそもそも抱かないといったロコルのようなも持ち合わせないマコトは、だがその双方に近しい素養を合わせ持つが故に、激昂ではなくわだかまる思いによって発奮を促す。バネとして扱える程度の小さな怒りでもって自らの血気に更なる力と充満を催促すのだ。


 ──舐められるだけ舐めればいい。わたしは最後に勝利さえ貰えればそれでいい。


 たとえそこに辿り着くまでにどれだけの屈辱に、恥辱に塗れようとも。


「あなたとのファイトに臨むと決めた時に! わたしの『心』は──ドミネイターをドミネイター足らしめる『核』は! この上なく定まっている! 人の皮を被って遊んでいる怪物なんぞに導かれるまでもなく、わたしはにいる、ここで戦っている!」


 力を込める。もっと、もっと。もっと気合を高めていく、昂っていく。人の裡に自分はいないと認めていながら、されど本物の怪物を前には尻込みをしてしまう中途半端な存在。目の前で自らの血に悶え苦しむ竜種の半端者と何も変わらない哀れな生物が、観世マコト。だとしても。


 その半端な生に意味を与えてくれた人がいるから。


 何よりも優先すべき最愛の人ミライがいるから。


「お前に及ばぬ半端者の力を! とくと味わえ九蓮華エミルっ!!」


「……!」


 目を見開くエミル。ファイトが始まって以来初めて彼が浮かべる意外そうな顔。その驚いた表情に、けれどマコトは一切の感慨も満足感も抱くことなく。ただひたすらに今の目一杯を、命いっぱいをデッキへ、そこへかけた己の手へ注いだ。


「一枚目、ドロー!! クイックスペル《蒼い攪乱》を無コストで詠唱! その効果により、わたしの場の青陣営ユニットであるリヴァイアサンとあなたの場のワイバーンのコントロールを入れ替え! そしてこの二体をバトルさせる! これはレストしていようといまいと関係なく行われる強制処理です!」


「ユニットのコントロールを入れ替えての強制バトルだって……!」


 マコトの説明の間にもスペルの処理が始まり、立ちどころに立ち位置が交換される二体の大型ユニット。エミルの場にリヴァイアサンが、マコトの場にワイバーンが。本来の支配下ではない奇妙な光景が与える違和感も束の間、それを吟味する暇もなく入れ替わった先からの殺し合いが幕を開ける。


 のたうった反動で空中の獲物へ首を伸ばして襲いかかるリヴァイアサン。それに対して回避ではなく迎撃を選んだワイバーン。大海の怪物と大空の怪物、本来なら出会うはずのない凶獣と凶獣は互いが互いを害し得る強敵だと認識しているようで──力の限りの激突が、そこに起こった。



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