343.死に物狂い
リヴァイアサンが、リザーリオンが焼け焦げていく。膨大な熱量を伴った土石流が作り出した火の海は、さしもの大海を泳ぐ怪物にもこたえたらしい。猛火にくるまれた二体のユニットがみるみると炭化して縮んでいく様を目の当たりとし、マコトは再び歯を噛み締めた。
「ウナギならぬリヴァイアサンのかば焼き──とは、少々火力が強過ぎてならなかったようだが。何はともあれ抹殺完了だ。そして赤コストのみで唱えられた《真っ赤な奔流》は私に恵みをもたらす。二体の青陣営ユニットが破壊されたために私はこのターン中にのみ使用可能な青のコストコアをふたつ得た!」
ユニットたちが灰となって崩れ落ちた瞬間、そこから浮かび上がる二個の輝き。まるで魂とでも見紛うようなそれは、しかし主人たるマコトではなくエミルの下へと参じていく。彼のコアゾーンに残された未使用の赤の石。その横にしずしずと並んだ青い塊は、まさしくエミルに使われる時を待つコストコアに他ならない。
「……全体破壊に飽き足らず、倒した分だけ新たな力を得るとは。少し欲張りが過ぎるのではないですか」
「君からすれば文句のひとつも付けたくなるだろう。その気持ちはわかるが、言ったようにこのスペルはピーキーを絵に描いたようなカードなのだ。このくらいのリターンは許してほしいところだね」
確かに、エミルの言い分には一理があった。自他のフィールドを問わず赤以外のユニットを破壊する《真っ赤な奔流》は言うまでもなく赤陣営単体で構築されたデッキでこそ役立つカード──と思いきや、そのコストとして使用されるコアが全て赤色であった場合、プレイヤーの手札を一枚奪った上でなんと安全圏にいるはずの赤のユニットすら焼き尽くしてしまうようになる。火力が上がったと言えば聞こえはいいが、赤を破壊しないことにシナジーがあるはずのスペルにとってこれは過剰火力もいいところである。赤単に入るようにデザインされていながらのこのミスマッチ具合は、エミルの言う通りコストコアの捻出というおまけくらいは付いてくれないと納得がいかないものだ。
ただしそのおまけも、一ターン限定。それも破壊した赤以外のユニットの色を参照するという、こちらも赤単デッキでは非常に使いづらい仕様となっているが……。
「まあ、指定カラーのコアはひとつでもあればそれでいい。私にはまだ赤のコストコアが残っているために、追加されたふたつのコアと合わせて赤のカード一枚、少なくとも3コスト分までプレイが可能だ」
けれど、とエミルは滔々と言葉を続ける。
「それを使う前に済ませておこう。手札からユニットカードの効果を発動だ」
「!」
「リヴァイアサンで同じことをした君だ、細かく語る必要もないだろうが……こちらも礼儀として説明しよう。このユニットは正規召喚が叶わず、赤のカード効果によって相手のユニットが二体以上同時に破壊されたターンのみ自身の効果によって召喚される」
「正規召喚のできないユニット……?」
「他のカード効果で呼び出すことは可能だがね。しかし通常のユニットのように手札からコストコアを支払って召喚、ということは不可能なのだ。これもまた、ピーキーなユニットだろう? 厳格な構築理論に従っているらしい君にはあまり良い物には映らないかもしれないが、どうか大目に見てくれたまえ。繰り返すがこのデッキは私の組みたいように組んだ遊びのデッキ。理論も勝敗も度外視した作りになっているのだ」
「っ……、」
人の意見に賛同を返しながら、それとはまったく逆のことをしてみせる。これほどにやられて腹立たしいこともそうはない──が。腹が立つのは互いが対等であり、同じ目線で物を語れる立場であってこそ。マコトからすれば九蓮華エミルは人ではなく、人の形をしているだけの化生の類い。ドミネイションズの暴力装置的な側面が煮詰まって服を着ている、言ってしまえば人でなしだ。
それが多少なりとも人らしさを獲得していることにはひどく驚かされたものの、こうして直に対面し、対峙し、対決してよくわかった。やはりこいつは人の域にいない。在り方に変化はあっても本質はそのまま、怪物のまま。そんな人外ならば人から外れたことをしていたって何もおかしくない……むしろその方がずっと相応しい。とても収まりが良くて、逆に安心できるくらいだ。
だから馬鹿にされているだとか舐められているだとか、そういう風には感じない。故に腹も立たない。マコトが気にかけているのはファイト開始時よりたったひとつ。ただひとつの懸念だけだ──即ち、自身の理論の外にいるこの怪物が、いつ自身の想定を飛び越えてくるのか。そのタイミングだけは見誤らないようにしなければならない、ということだけ。
(先の剣撃の如き卓越したオーラ操作のように。わたしの辞書にないああいった『予想外』をどこで起こしてくるか、どこで切ってくるか。見極めなければならないのはそこだ)
一度だけで済むはずがない。この勝負が続く限りはあれと同じような場面が必ず二度三度と訪れる。そうしてエミルは勝利を掴もうとしてくる。このターンの彼のプレイング、そして内に潜めながらも妖しく漏れ出る闘気の揺らぎは、より勝利に近づかんとしている者のそれであることにマコトは気付いている。
「無コストで召喚──《死に物狂いのワイバーン》」
「!!」
《死に物狂いのワイバーン》
コスト10 パワー10000 【重撃】 【疾駆】
フィールドに姿を現わしたのは腕と一体になった翼を持つ小型の竜。傷だらけで全身の至る箇所から血を流し、そしてその血が発火している、見るからに「死に物狂い」の冠詞が似つかわしいユニットだった。
正規召喚が許されないためにまず払われることがないとはいえ──圧巻の10コスト。パワーはなんの強化も受けずに大台の10000という、ド級の大型ユニットである。痛みと熱に浮かされて鳴き叫ぶワイバーンの迫力は凄まじく、竜種としては小柄で非力であるはずながらに、しかし命の火種が燃え尽きようとしているからこそ彼の放つ生命力は今この瞬間、他のどの生き物よりもピカイチに眩い光を放っていた。
「『レッドワイバーン』。赤陣営が誇る究極生物ドラゴン。の、劣等種。近縁ながらに、けれど近しいからこそ余計に純粋種の竜への及ばなさが浮き彫りとなった悲しい種族……ひょっとして、このユニットも」
「ああ。《根こそぎの巨人》に並ぶこの赤単デッキにおけるエースの一枚さ」
ミライの司祭や、あるいはロコルのブレイザーズ・ナイトのように。スーパーエース一体をデッキの主柱と定めるのではなく、複数体のユニットを支柱としてエースとしての役割を散らばらせる構築。エミルの赤デッキはそういうタイプの構成となっている。それは「こうすれば勝てる」という必殺の型の放棄であり、しかしその分いろんな局面を広く浅く見られること。そして何よりひとつの構築で「たくさんの種類のカードが使える」という点で今のエミルを満足させてくれるものだった。
勝敗など度外視。正常なドミネイターであれば誰もが耳を疑うような先ほどの発言も、やはりなんの比喩や冗談でもなくそのままの意味なのだとマコトは改めて理解する。理解、させられる。
何故ならワイバーンと名の付くユニットはその全てが扱いにくさの権化のような存在。安定感などとは無縁の、それこそシビアに常勝を目指す構築には絶対に採用できないカードであるからだ。
「この子の命はとても儚く、短い。故に私も。ここからは少々急がせてもらうよ」




