340.攻勢と自信の内訳
静かにエンド宣言をしたマコトに、エミルもまた静かに応えた。
「私のターン。スタンド&チャージ、そしてドロー」
スタートフェイズの終了際、ここでエミルにはディスチャージ権を行使するか否かの選択肢が出来る。このターンのチャージで彼のコストコアは五つになったが、これは七枚と豊富にある手札を活かし切るには少々心許ない数だ。ディスチャージはコストコアだけでなく手札を増やすこともできるものの、この場面でエミルが求めるべきはコア一択。ただし、損失補充の名が示す通りにコストコアを得る対価としてエミルはライフコアからの支払いを求められる。残りライフ三から二へ。コストコア以上に心許ない数のライフコアを更に削ってまでチャージを求めるかどうか……その決断が下されるところをマコトは黙って見つめる。
「アクティブフェイズに入る」
「!」
ディスチャージ権を、此度も切らない。しかもそれを迷いもしない。些かの考える素振りもなくエミルはその機会を放棄した。まるで端から使わないことを固く心に決めていたように……それだけライフコアの減少を憂いている、ということだろうか。ならばマコトの思惑通り。「急ぎ足」と遠回しに拙速であると揶揄されてでも早めに攻め込んだ甲斐があったというものだ。ファイトプランが上手くいっていることになる。
──だが、本当にそうなのか?
どうにも疑わしい。エミルのファイトを自分がいい様に操れている、という思考がどうしても気持ち悪い。しっくりこないのだ。怪物エミルはそんなに容易い相手だろうか。デッキもオーラも万全でない今の彼は弱体化著しいとはいえ、身につけた手練手管まで失くしてしまっているわけではない。地力だけでなく経験においても確実に自分を上回っているのだからたとえ全力を出せずとも、それならそれなりの立ち回り方というものをすればいいだけ。そしてエミルにはそういった芸当だってできて当然のはず。
自ら実力を大幅にデチューンしている彼を、それでも怖がり過ぎているのか。いやしかし、過ぎるくらいが丁度いい塩梅であるのは間違いないのだからこれもまた──然るべき警戒の内だろう。
エミルはライフが惜しくてディスチャージをしないのではない。単にこれ以上のブーストを欲していないだけだ。マコトはそう結論付けて、その想定をしたからには必然、彼女の精神に弛みや油断は一切起こらなかった。むしろ一層に気が引き締まった。それは何よりも正しい選択であった。
「3コスト使って召喚、《丁寧な仲介屋カシス》。カシスの登場時効果を発動、手札から2コスト以下の種族『アイアンスミス』ユニット一体を場に出せる。この効果で私は《仲間呼びのレストア》を無コストで召喚。レストアは次に召喚される『アイアンスミス』ユニットのコストを2軽くする。そしてこのユニットは場に『アイアンスミス』が二体以上いることで自身のコストを2軽減する……よって残った2コストで召喚、《レッドバレーの鉄屑浚い》」
「……!」
《丁寧な仲介屋カシス》
コスト3 パワー1000 【守護】
《仲間呼びのレストア》
コスト2 パワー1000
《レッドバレーの鉄屑浚い》
コスト6 パワー6000 【好戦】
たった五つのコストコアから展開された三体のユニットからなる戦線。それも一体は中型相当の中でもかなりパワフルなユニットである。一瞬にしてこれだけのものを構築されるとは……そして彼の扱う色が赤である以上、この三体がただ召喚されただけに終わるはずもないことをマコトは察している。
「【好戦】持ちの鉄屑浚いで《封水師リョクメイ》へアタックする。このユニットは自軍の『アイアンスミス』一体につき戦闘時のパワーを1000上げる。私の場には三体の『アイアンスミス』がいるため鉄屑浚いのパワーは9000となる」
自己コスト軽減の効果持ちでいながら、もう少しでユニットのパワーにおける大台である10000にまで届かんとする鉄屑浚い。これを活かすにはデッキのユニット構成を『アイアンスミス』で固めなければならないという構築段階からの縛りが発生するとはいえ、そこをクリアすれば鉄屑浚いは【好戦】持ちである点も含めて充分にメインアタッカーを務められるほど優秀なユニットであろう──。
「と言っても、リョクメイのパワーは元々鉄屑浚いに劣っている。このバトルに限ってはパワーアップに大した意味もないがね」
《封水師リョクメイ》
パワー3000
《レッドバレーの鉄屑浚い》
パワー6000→9000
迫る敵へ立ち向かうべく錫杖を構え、カウンター気味に突き放ったリョクメイだったが。しかし素早い身のこなしでそれを避けつつ肉迫した鉄屑浚いの手作りの鉤爪によって腹部を切り裂かれてしまう。と同時に傷口へ強烈な前蹴りを食らい、吹っ飛ばされる。瞬殺である。ありあわせの材料でこしらえたと思しき武器や防具を纏ったみすぼらしい姿からは想像もつかぬほど、鉄屑浚いは戦闘巧者のようであった。
「リョクメイ惨殺! この瞬間、鉄屑浚いの更なる効果を発動。鉄屑浚いが戦闘で相手ユニットを破壊した際、墓地のユニットカードかオブジェクトカード一枚と手札のカード一枚を入れ替えることができる」
「戦闘破壊を条件に発動される効果──」
「そう、君のエースであるリヴァイアサンと同じだね。入れ替えであるためにドローのように手札枚数を増やすことこそ叶わないが、しかし目当てのカードを回収しつつ不要なカードを選んで捨てられるのは悪くない。状況によってはドローよりも有用となるだろう……このようにね。私は二枚目の《根こそぎの巨人》を捨て、墓地にあるオブジェクトカード《マグマポッド》を手札に戻す!」
「……《マグマポッド》ですか」
これは面倒なカードを回収されてしまったとマコトは眉根を寄せた。先ほどはリョクメイを呼べたために上手い具合に封殺することができたが、今のマコトの手札に二枚目のリョクメイはない。そして野放しにしておくと《マグマポッド》は非常に鬱陶しい代物だ。
なんとかするには次のドローでリョクメイを引いて備えておく……だけでは駄目だ。エミルの場には新たに呼び出された三体のユニットがいるのだ。マコトはそちらにも対処しなければあっという間にライフコアの有利がなくなってしまう。《マグマポッド》の回収による予告を行ないながら盤面からも圧をかける。エミルのプレイングの狙いはそういったところだろう。
そう読み取るマコトの冷静さを、エミルもしかと読み取り。
「焦りがないね。まったくと言っていいほどに……それは返しの算段がついていなければできない落ち着き方だ」
「怖いですか? 打って出た攻勢が、即座に瓦解してしまうのが」
「ふふ、まさか。君の自信の内訳が判明するのを私は心から楽しみにしているよ」
これでターンエンドだ、と。朗らかにそう告げたエミルの言葉に嘘はない。彼は本当に心待ちにしているのだ。己が盤面を、マコトに切り崩されることを。その瞬間を今か今かと待ち望んでいる。……言うまでもなく自身の不利を望むドミネイターなどどこを探したって見つからない。たった一人、目の前の酔狂者。行き着くところまで行ってしまい、そこから転がり落ちたこの破綻者を除いては、どこにも。
「さあ、君のターンだ。私に見せてくれるのだろう?」
「……わたしのターン」
まるで促されるように、手を引かれるように手番に入ったマコトは、しかしてそれを振り切るように手早くスタートフェイズを終えて。
「アクティブフェイズへ移行──したこの瞬間! 墓地に眠る《回遊するリヴァイアサン》の効果を発動します!」
その宣言に、にぃっとエミルの口角が上がった。




