34.初授業はいきなりテスト!
入学式の後は敷地内をムラクモと数名の黒服に案内され、一年生が使うであろう校舎や主な施設などを見て回ることで一日が終わった。ドミネイションズ・アカデミアは広大の一言で、さくさくと案内が進んだにもかかわらず全ては見ることができていない。イベント会場だという先ほどのドームと合わせてつくづく凄い学校だな、とアキラはこの日何度目になるのかわからない感心を覚えて心地良い疲労と共に就寝。
そして翌日。いよいよ本格的な授業の始まりの日がやってきた。
「午前中はペーパーテストを行う」
と、新一年生をメインに担当していくというムラクモは生徒に対する敬語も外して──入学試験で彼が丁寧な口調だったのは会場にいたのが受験生、つまりまだDAにとって外様の部外者でしかなかったからだ──かっちりとした黒スーツを纏い、しかしネクタイを緩めたり裾が入り切っていなかったりとかなりルーズに着こなしながら手元の用紙の束を叩いた。
「これは諸君らが受験に受かったことで気を緩め、今日までに学力を落としていないか調べるためのものである。学業成績にこそ反映されないが教師側が指標にはするので今後の待遇に不安を覚えたくなければ最善を尽くすように……それでは俺から見て右手側の生徒は起立。教室を移ってもらう。五十五名を一箇所で見るのは面倒なんでな」
カンニングを見張るための要員はムラクモ以外に黒服が三人いるが──内一人は昨日アキラをDAまで運んだ甘井アンミツだ。その特徴的なポニーテールを見かけて思わず手を挙げて挨拶したアキラに、彼女は手を挙げることこそしなかったが小さくにこりと笑った──たとえ四人いても五十五名にはなかなか目が届かない。これは何も本気でカンニングを警戒しているのではなく、甘い態勢を取ることで変に生徒がそういった誘惑に駆られないように、という学校なりの配慮である。魔が差す機会そのものをなくさせるには監視の目がちゃんと向いているのだと意識させるのが一番であるからして、参考程度の学力テストであってもムラクモはきっちり生徒を二十三と二十二に分けた。
「移動を始めてくれ。速やかにな。この教室では俺が、ひとつ隣の教室ではジアナ先生が見てくれる」
ムラクモの紹介に合わせて、教室の入口に立っている女性が生徒に向けて手を振った。その人物は褐色肌で髪色は銀、という明らかに異国の血を感じさせる個性的な容姿をしていたがニコニコと温和そうな顔立ちであり、しかもかなりの美人だった。優しそうな上に見た目も美しい。この時、移動しない側の生徒の大半が移動する側を羨ましく思ったことは内緒だ。当然、ムラクモは言われずとも生徒の考えていることくらいお見通しであったが、そこには言及することなく教室から出ていく生徒たちを見送って。
「では、今から裏向きにしたこいつを最前列の生徒に配る。自分の分だけ取って裏向きのまま後ろの席へ回すように。始めの合図がかかるまでは問題の確認は禁止だ」
二十三名全員にテスト用紙が行き渡ったことを確かめ、ムラクモは壁にかけられた大きな時計を親指で示した。
「隣の教室とも開始時間を合わせる。あれが九時半を指したらスタートだ。問題数はそう多くないので制限時間は三十分、途中質問や退室は受け付けない。解き終わっても、あるいは何も解けなくても終了まで席で待機しておくように。……よし、時間だ。始めていいぞ」
一斉に用紙を裏返し、我先にとペンを走らせる生徒たち。その様をムラクモと黒服が黙って眺める。教室には三十分間、記入とその修正の音だけが響いた。
◇◇◇
「けっこー難しかった……」
入学が許されたことに油断して勉強を怠り、学力を落としていないかを測るためのテスト。その触れ込みの通りに問題の中身は本試験前のペーパーテストをミニ化させたような内容となっており、学力とドミネファイト双方の実力が試されるものだったのだが……難度に変更はなくとも少しばかり問題の傾向にひねりが加えられていたり、意地悪な引っかけも多かった。とアキラは体感的に感じた。そのせいで思いの外手こずってしまったが、まあ。それでも赤点ラインからは大きく離れているはずだと手応えから思う。他の生徒がどれだけ解けているのかわからないために、どこが赤点ラインなのかも彼には判断がつかないのだが、とにかくそう思っておくことにしたアキラだった。
テストが回収され、隣の教室の生徒たちも戻ってくるだろうと思っていたアキラだが、ムラクモはそれを待たずに「午前はもう終わりだ」と言った。
「一時までに第一ファイトルームへ集合。以上だ」
時刻はまだ十時過ぎ。つまり三時間近くも昼休憩の時間を貰えたことになる。DAの時間割とはとんでもなくフレキシブルであるらしい、と小学校とのあまりの違いにアキラは目を白黒とさせた。それは他の生徒たちも同様であったが、中には一切頓着しない者もいて。
「ふん。こんなもんかよ、魔境ってのは」
そう呟いてさっさと教室を出ていったのは、アキラも見覚えのある男子生徒。彼が以前『カード狩りの死神』と誤解したクロノであった。入学式で互いに顔を合わせてはいるが、まだまともに話はできていない。アキラを見つけてニヤリと笑ったクロノに、アキラもまた笑みを返しただけ……そしてそれ以上は必要ないとも思っている。彼とすべきはお喋りなどではなくファイトだ。いつかちゃんとした舞台で戦って、ちゃんとした決着を付けよう。そう改めて決意したアキラの肩が誰かに叩かれた。
「や、お兄さん」
「泉くん──じゃなかった、ミオ。そう呼んでいいんだよね?」
「おっとそうだったね。じゃあ、アキラ。よかったら一緒にお昼でもどーお?」
「それはいいけど、ちょっと早くないかな。朝ご飯を食べてからまだ三時間くらいしか経ってないよ」
「ボク朝に弱くってさー。面倒で朝ご飯も抜かしてきちゃった。だからもう腹ペコなんだよね」
へえ、と天才少年の意外な弱点に関心を寄せつつ、しかしよく考えればまだ十歳にもならない子が朝に弱いなど当然のことだったと自分に苦笑する。かくいうアキラだって、いつも起こしてくれる母がいなかった今朝はもう少しで寝過ごすところだったのだ。初授業に対する小さくない緊張感を抱いていなかったら確実に寝坊していただろう……その点、まったく緊張している様子のないミオが仕度に遅れながらもきちんと出席を間に合わせている辺り、よりちゃんとしているのは彼の方だと見做すこともできそうだった。
「わかった、付き合うよ。昨日見学した寮外の全体学食ってところも気になってたし。でもちょっと待ってくれる?」
「待つ?」
「うん、ムラクモ先生はすぐに帰っちゃったけど、隣の教室ではまだ授業が終わっていないみたいだから……あ、来た来た」
話しているとちょうどコウヤが姿を見せた。教室を移っていた彼女はアキラがまだ席に座っていることを確認するなり軽やかな足取りで階段を上り(DAの座学教室は席の列ごとに段差がありどこからでも黒板が見やすいようになっている)、アキラの下までやってきた。
「よっす。なんか食いに行こーぜ、アキラ」
「あはは」
「? なんで笑うよ」
「いや、考えることは一緒なんだなって」
ファイトが強い、ということ以外は共通点がまるでないコウヤとミオがどちらも同じ誘い方をしてきたのをなんだか可笑しく思いながら、アキラは席を立った。
「それじゃあ三人で行こっか」
「お、ちびっこも一緒か? アタシは別に構わねーぜ」
「げ。このお姉さんもか……まあいいけど。でも『ちびっこ』はなしだよ、ちゃんとミオって呼んでよね」
「わかったわかった、ミオ。これでいいんだろ」
「よろしい。ボクも呼び捨てにするからね」
「好きにしろよ」
共通点はなくとも、相性が悪いわけではないようだとアキラは二人のやり取りに安心する。コウヤの場合、舞城オウラという犬猿の仲の相手がいるので、オウラと同じ天才肌のミオとも合わないのではないかと危惧していたのだ。だがそんなこともなさそうなので三人で問題なく楽しいランチの時間を過ごせそうだ。
何を食べようかな、と育ち盛りの彼の腹もすっかり食事モードとなっていた。




