339.ドミネイションズの本質とは
先と同様に全身を引き千切ってやらんとリヴァイアサンへ掴みかかった巨人だが、すぐに気付いた。此度の敵はクラーケンほどヤワな存在ではないと。
一見して硬さなどないようでいて自身の怪力でもビクともしないリヴァイアサンの剛健な肉体──が、それを掴んだ彼の腕を逆に絡め取り、締め上げ、そして鎌首をもたげて首筋へと噛み付いてきた。グオウと低くくぐもった悲鳴を漏らす巨人だが、彼の方も負けてはいない。完全に食い破るつもりでいたリヴァイアサンの牙を持ち前の筋肉で押し留めた巨人は、一瞬の停止の隙をついて全力を出した。腕だけでなく体の部位のひとつも余さずに持てる力の全てを発散。すると今度こそリヴァイアサンの胴体がギチギチと繊維質な音を立てて千切れていくではないか。
痛みを、あるいは命の危機をしかと感じているのだろう。リヴァイアサンはぶるりと身体を震わせたが、しかし巨人のように悲鳴を上げることはなかった。むしろその逆に、彼は口を開けるのではなく閉じた。それはもう全力で食いしばった。食い止められた牙を奥へ進ませるべく痛みすら力に変えて行った決死の噛み付き攻撃は、巨人の筋肉の鎧を穿つことに成功。それと同時に巨人もリヴァイアサンを真っ二つに引き裂いた。
「やはり結果は──」
「──勿論、共倒れです。互角のユニット同士が戦えばそれ以外にはあり得ない」
ふむ、と双方の場合わせて《封水師リョクメイ》一体のみが残されたフィールドを眺めてエミルは顎に手を当てる。何かがある、と彼は確信していた。あれだけ自信をもって呼び出されたエースである。そしてなんの躊躇もなく巨人へぶつけてきたからにはリヴァイアサンには『何か』……そう、生き残るための能力があるのだと。パワーこそ同値でも一方的に巨人を屠れるだけの攻撃能力を秘めているのではないかと見ていただけに、あっさりと共に沈んだこの結果は少々意外であった。
思い違いだろうか? 『目』の働きを落としたことによる先見のズレなのか──いや、それこそ思い違いだ。確かにこの半年間、度々以前と現在の読みの性能差による失敗もしてきたエミルではあるが、今回ばかりはそうではないと断言できた。たった今フィールドを去ったものの、だがリヴァイアサンの脅威はまだ去っていない。それはこれから始まるのだと、エースユニットを失っても些かも闘志を衰えさせないマコトが教えてくれていた。
「自己コスト軽減に続く、リヴァイアサン第二の効果」
「!」
「このユニットが相手ユニットを戦闘破壊した時、デッキからカードを一枚ドローすることができる。これはリヴァイアサン自身が倒されていても有効です。よってわたしはドローを行なえる」
言いながらカードを引くマコト。バトルでユニットを下すたびにプレイヤーの手札を回復させる効果──なかなか強力だが、しかし相打ちではその有用な効果も活かせるのは一度きり。本来のコストの半分、たった4コストで呼び出したと思えば巨人を破壊しつつ手札の損失もゼロに収めたというのは悪くない戦果であるとは思うものの、けれどそれがエースユニットの活躍だと思うと控えめもいいところで、やはり物足りなさがある。第二の効果を聞かされてもなおエミルの腑には落ちない。
ということは、つまり。
「手札を増やしたと言ってもまだ三枚。六枚のあなたと比べると頼りないものですが……しかしライフコアの方はその反対。わたしが六つ、あたなが三つ。ブレイクで訪れるクイックチェックのドローを思えば現状の手札枚数はそう問題にならない。と、わたしは考えますが。これはあなたからすれば甘すぎる想定でしょうか?」
「いや。多少急ぎ足でも私のライフコアを削ったのは温存しているディスチャージ権を使いにくくする意図もあってのものだろう? 盤面においてもユニットの数で常に優勢を保っている点も含めて確かに私は追い詰められている。手札消耗の激しさが問題ではない、という皮算用が皮算用にならない程度にはよく考えられていると言える。君の大胆さと慎重さ、その上手い混合具合の賜物だね」
「……そうも素直に褒められると、むしろ不安になりますね」
どういった計算の下に行っているプレイングであるか。そこが当たり前のように見透かされているのはもはや当たり前と受け入れるとして。今更その点を不気味がっても詮無いことなので努めてスルーするとして、しかし見透かされた上で褒め称えられるのはそれ以上に不気味極まりなかった。
ファイトの開始時から、なんならその前からも。エミルはやけにこちらを評価しているような口振りで話す。これはマコトが仮想敵として見据えてきた九蓮華エミルの怪物性、その絶対性からは想像もつかない、思いもよらない態度である。
以前から彼はこうだったのか、あるいは彼が若くして隠居者になる原因となったという例のファイト以降からの変化なのか。直接的な面識があったとは言い難いマコトには──近年においては調査越しでしか彼の足跡を辿ってきていないが故に──そこまでのことはわからないが、だとしてもだ。この態度がエミルの本意であろうと不本意であろうと、慇懃無礼という言葉もあるように。絶対的な強者がこうまで他者を褒めそやす行為は、あたかも子供と話す際に大人が膝を曲げて視線を合わせるような。その一挙一動へ大袈裟な感心を示すような、そういう「人を食ったような態度」にも見えてしまうもので。
丁寧さや謙虚さは必ずしも美徳に成り得ない。特にエミルほどのドミネイターとなればその強さに胡坐をかいている方が、はっきりと人を見下しているくらいが丁度いい物腰だと言ってもいい。そうでないと「何かあるのか」とかえって警戒してしまうのがマコトという少女だった。それは自分こそが裏を持つ人間であるからこその過度の用心であったが、この対面においては過ぎたるが及ばざるに大きく勝る。マコトは己の警戒心が至極正しいことを理解していた──が、その正しいはずの理解が実際に功を奏すかはまた別の話で。
「はは、不安にさせてしまったか。それは申し訳ない。だが、私が言うことは全て本心だよ。それを無条件に信じてくれとは言わないが、けれどこのファイトを通してせめてもう少しわかり合えたらと思う。ロコルが宝妙くんとそうしたように──若葉アキラが多くのドミネイターとそうしてきたように。相互理解の、互いを高め合うドミネファイト。それができたら最上だ。今の私が掲げる目標がそれなのだ」
「相互理解……互いを、高め合う?」
そんなもの、あり得るのか。そんなものを目標にできるものなのか。
ミライを誰よりも近くで見てきたマコトなので、ドミネイションズが時折そういった効果を発揮することを否定まではしない。ミライは激情家であるが故に自分だけでなく他人まで引き上げるファイトをすることがある。彼女に限らず似たような経験をしたことのあるドミネイターは少なからずいることだろう……だがだとしても、ドミネイションズの本質とは力であり、ドミネファイトとはそれの優劣を示す手段に他ならない。
我を押し通すための力、状況を操るための力、世界を動かすための力。どこまでいっても『力を振るう者』がドミネイター。
その権化とも言える存在が九蓮華エミルであった、はずなのに。その彼がよもや、こんなことを言うとは。マコトにはどうしても信じられなかった。それこそ、裏を勘繰らずにはいられない程度には。
「わたしはこれでターンエンドです。……あなたが本当に変わったのか、振るう力に別の意味を見出したのか。見極めさせてもらいますよ」
自分と、自分が守るべきミライのために。




