338.マコトのエース! リヴァイアサン!
エミルは《根こそぎの巨人》を重たいカードとして見ている。本人の口から確認が取れたために間違いない──それはクイックカードたる巨人をクイック以外のタイミングで使う想定をしていなければ出てこない言葉だ。つまりエミルは、マコトと同様の構築論をもってデッキを作っている人間だということになる。
然るべき時に引くことができず、無コストでのプレイを捨てて泣く泣くの手打ちを実行する。かのエミルですらもそういった場面が訪れるのを半ば「受け入れている」のであれば、マコトが自身の信条としている最高と最悪の想定の正しさの補強となる……とはいえエミルがどういうつもりで言ったのか。単なる一般論への同調であってあくまで「自分は別」と考えているのか、あるいは半年前の敗北が彼にそう言わせているだけの、元々は持っていなかった価値観なのか。エミルではないマコトにはそこまでのことはわからないが……ともかくとして。
現状、エミルは引くべき時に引いた身。そしてマコトは妨害虚しく引かれてしまった身であるからして、最悪の場面に陥ったのは彼女の方である──。
「──わけでは、ない」
「む……?」
戦線の要に据えるつもりでいた《ビッグジョット・クラーケン》があえなく潰されたことに多少なりとも気落ちするかと思われたマコトが、まるでその様子を見せない。クラーケンがバラバラに殺害された瞬間こそ動揺していたがすぐにそれも収めて手札から一枚のカードを抜き出す。その冷静な様にエミルはしかと頷いた。
「君も引くべきカードを引いていたか」
「ええ。わたしにだって最高を引き寄せることはできる」
なんと言ってもエミルはオーラを抑えに抑えてファイトしているのだ。最低限にオーラを活用するのは自分のドローくらい。マコトが引くタイミングでは──少量に過ぎるオーラではどうしてもそれが叶わないために──その運命力を抑えつけたり掻き乱したりしていない。ならば欲しいままに欲しいものへ手を伸ばせるのはマコトだって同じ。このターンにおけるドローで彼女は既にクラーケンがやられた際にこそ活きるカードを手札に加えていたのだ。
信条通りに最悪を想定していた。それを乗り越えるための手段として最高を実現させていた。結局のところ最悪と最高は表裏一体の切っても切れない関係にある。これは先の論と矛盾するようでいて、しない。ただ最悪に備えるばかりでなくマコトにはそのこともきちんとわかっていた。
「自分の場の種族『シーゴア』ユニットが破壊されているターン。このユニットはファイト中に一度だけ手札または墓地から『本来のコストの半分』で場に出せる。来て──わたしの切り札」
「!」
「《回遊するリヴァイアサン》」
《回遊するリヴァイアサン》
コスト8 パワー8000 【好戦】 【潜行】
巨大な海蛇。それが現れたものを表現するに最も適切な言葉だろう──しかしそいつは間違っても海蛇などと称せる存在ではなかった。ぬめぬめとしたてかりを持つ真っ白な身体はどこまでも伸びるかのように長く、それでいて太く、そしてそのあちこちから腕が生えている。腕と言ってもそれはクラーケンの触手とはまったく別物の、人の腕に近い形。ヒレとかぎ爪という人にはない物こそ付随しているものの、肱や手首の構造は限りなく一致している。そんな代物が蛇のような胴体から幾本も突き出している姿は端的に言ってひどく薄気味が悪く、見る者に生理的な嫌悪感を覚えさせた。
しかしそんな恐ろしい外見をしたユニットも、呼び出した当人からすれば頼もしいばかりのようで。マコトは彼女にしては珍しいくらいにハッキリと自信を表情に表して言った。
「クラーケンを倒してくれてありがとうございます。おかげで引いたばかりのリヴァイアサンを呼び出せました」
マコトのコストコアは現在五つ。リヴァイアサンを正規召喚するには足りていなかったが、そこをエミルの引き運がカバーしてくれた。たった4コストで召喚された大型ユニットがのたうつ様子を眺めて、マコトの思惑を理解したエミルは「なるほど」と得心し。
「どちらでもよかったわけか。いや、無論『引かせない』ならそれが最善だったのだろうが。しかし万が一にもオーラによる阻害が覆された場合に備え、先んじて対応札を握っていたと。なかなかに用意周到な戦い方をする」
クラーケンを要として攻め込まんとしていながら、正規召喚するにはまだ時間のかかるリヴァイアサンを望んで引いていた。一見するとミステイクにも思えるマコトの選択は、しかしエミルが「想定通りに彼女の想定を超えた」ことでミスではなくなった。何よりの正解となったのだ。
「この光景が目に見えていたわけではありません。あなたご自慢の先見に習ったわけではなく、本当にただの万が一。できれば早めに手札へ切り札を引き込んでおこう、というその程度の考えでしたが。けれど流石は九蓮華エミル。杞憂が杞憂にならないのですから──どれだけ注意に注意を重ねてもやり過ぎにはならないのですから、ある意味ではやりやすい」
「ほう、やりやすい」
「だってそうじゃないですか。どこまでを想定すればいいかわからない相手よりも、常に最悪に備え最高を導かねばらない。そう徹頭徹尾の気構えを持てた方がドミネイターはずっと強くなるんですから」
「気持ちの問題、か」
「否定しませんよね? いくらあなたでも」
「しないとも。私だからこそ、肯定を返そう」
エミルは穏やかだった。向けられたその顔付きも、瞳も、口調も。全てが戦う者のそれではなかった……ドミネファイトの最中にあるとは思えぬ静けさだった。闘志すら漏らさぬ今の彼は、カードこそしっかりと手にしているがとてもではないがドミネイターには見えない。だが、ここまでドミネイターらしからぬ姿を晒していても、それでも彼は怪物。クラーケンよりも巨人よりもマコトのエースたるこのリヴァイアサンよりも。彼の方がずっとずっと怪物的な生物である。
故にマコトは全力を怠らない。
「リヴァイアサンは【好戦】のキーワード効果を持つ。召喚されたターンでも相手ユニットにアタックができ、またレスト・スタンドの状態を問いません」
「《根こそぎの巨人》は効果によってクラーケンを破壊しただけ。アタックしたわけではないからスタンド状態のままだが、リヴァイアサンは【好戦】によって疲労していない巨人にもバトルを仕掛けられるということだね……それはいいが観世くん、大切なことを見落としてはいないかい?」
「なんでしょう」
「パワーの数値だよ。君がエースに置くだけあってリヴァイアサンのパワーはコストに相応しい立派な値だが、こちらの巨人も負けてはいない。破壊したクラーケンの力を取り込んで強化された彼のパワーは、ちょうどリヴァイアサンと一致する数値となっている」
なんの因果か、巨人とリヴァイアサンは互角である。パワーで並ぶユニット同士での戦闘は共倒れに幕を終える、それがドミネイションズにおけるバトルのルール。つまり【好戦】を活かすべく巨人へアタックすれば、巨人は殺せるがリヴァイアサンも死ぬ。クラーケンの犠牲を経て呼び出したせっかくのエースがそんな呆気ない散り方をしてしまっていいはずがない──という指摘をしたのは、エミルにとって狂言回しのようなもので。これが質問ではなくただの確認であることを悟っているマコトもそれに淡々と答えた。
「勿論わかっていますよ。その上で言わせていただきます」
共倒れ、上等。
「バトル! リヴァイアサンで《根こそぎの巨人》へアタック!」
「受けて立とう。巨人よ、大イカに続きその大蛇も叩きのめせ!」
創世記の対決が再び巻き起こる。巨人と海の怪物は互いを滅ぼさんとフィールドの中央で力の限りに激突を果たした。




