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337.最高と最悪と

 大きな腕がクラーケンを掴む。そうした途端に腕にも首にも脚にも区別なしに、のべつ幕なしにクラーケンの無数にある触腕が巻き付く。で哀れ巨人は返り討ちに遭う──かに見えたが。しかし全身が燃えているかのように真っ赤な巨人は、その赤みを更に深めながら地響きの如き低い唸り声を上げて力む。するとどうだろう、異音が聞こえてくるではないか。ギチギチ、ミチミチ。そしてブチブチと。小気味よくも気味の悪いその音は、クラーケンが誇る巨大にして大量の触腕が一斉に引き千切られた証だった。


 化け物イカの口から甲高い声が漏れる。紛れもない、悲鳴である。戦闘において無敵を誇るはずのクラーケンは、けれど無敵など知ったことかとばかりに振われる巨人の怪力になす術もない。化け物が化け物を制す。あたかも創世期の一ページの如くに力の限り暴れた両者は、やがて一体の雄叫びと一体の沈黙で決着を描いた。


 赤の巨人の完全勝利である。


「クラーケン……!」


 敗れた化け物の主人は、自身が信頼するしもべの凄惨なやられ方に顔色を悪くさせる。戦闘破壊耐性を無視された、だけではなく。《ビッグジョット・クラーケン》は繰り返し使える自己強化能力によりここからどんどんその規格スタッツを上げていき、化け物から真なる化け物へと進化するところだったのだ。成長していくクラーケンへの対処に手を焼き、必然と後手に回らざるを得なくなったエミルを更なる手立てで追い込んでいく。獲物を追いやって走らせ、罠にかけ、心身を削り、最後には必殺の銃弾で仕留める。優れた猟師よろしくひとつひとつ必要な手順を確実に踏んでいって倒すつもりだった──猛獣たるエミルはそうやって慎重に詰めていかねば一瞬でこちらが狩られる側に回ってしまう、過たずの難敵。という認識を重々に持っているつもりだったが。


 悟った。それでもなお自分の認識は甘きに過ぎたのだと、無惨な姿に変えられたクラーケンが身をもって示してくれた。


「《根こそぎの巨人》は登場時、相手ユニットを一体屠る。そこで自軍のユニットも彼への生贄に捧げればその数だけ破壊できる相手ユニットの数も増すのだが……生憎と私の場に巨人以外のユニットがいない。君にやられてしまったからね」


「…………」


「おかげで《封水師リョクメイ》は取り逃してしまったが、何。厄介なクラーケンを早めに排除できただけでも巨人を引けた意味はあった」


「バトルにおいては無敵でも、効果破壊に対してはどうしようもない。召喚されるだけで無条件に相手ユニットを破壊できる《根こそぎの巨人》はまさにクラーケンへの解答として最適の札。それをあなたは狙って引いてみせた、ということですか」


 当然だとも、とエミルは頷く。


 ああ、当然だろうとも。天下の九蓮華エミルなのだ、それくらいのことはお茶の子さいさい。赤子の手を捻るよりも簡単な作業であり所業でしかない。こちらのオーラによる阻害を切り裂いて、なんの邪魔も障害もなく彼はドローしたのだ。それはもう、のびのびと。欲しいままに欲しいものへ手を伸ばした。であるなら重量級のクイックカードを掴むのはもはや自然の道理でしかない。


「だが《根こそぎの巨人》の力はまだ終わらない」


「!」


「効果処理の続きといこう。この子は自身の効果により破壊した相手ユニットのパワーの合計値を己のパワーに加える! 今回破壊したのは一体のみ、よって加算されるのはクラーケンのパワーのみだが。しかしクラーケンもまた自身の効果によってパワーを上げていたために上昇値は決して小さくない」


 《根こそぎの巨人》

 パワー3000→8000


 大柄の一言では足りない体躯、その過度な重量を支えるために元々筋骨隆々だった巨人の肉体が一回り大きくなる。それは背丈というよりも幅と厚みの変化だったが、しかし単純に背が伸びた以上の巨大化を果たした。少なくとも相対するマコトからはそう見えた。強化されていたクラーケンのパワーをそっくりそのまま自分のものとした巨人は、主人たるエミルに仕えるに恥じないばかりの強欲さを宿しているようだ。


 恐ろしいユニットである。登場時に破壊効果を発揮するクイックユニットだとはいえ……盤面さえ適していれば複数破壊すら視野に入る、クイックチェックの本質たる逆転の粋が詰まったようなカードだとはいえ。しかして素のコストの鈍重さと、それに対してのパワーの低さ。またあくまで相手ユニットを大量に除去するには自軍ユニットも大量に捨てなければならないというこれまた軽くないコストを別途要求される点。


 これらの「重たさ」はやや過剰な気がしないでもなかったのだ──異常なまでのコストパフォーマンスを秘めることで混色ミキシングカードが持て囃されている昨今、どうしても単色カードは見劣りしがちな時代ではあるものの、その前提があっても《根こそぎの巨人》は採用するには少々重いだろう……というのがマコトの正直な感想であったが。けれどそこにパワーアップ効果まで付いてくるとなると話は変わってくる。


「一体破壊するだけでも上々なのだ。登場時効果で優先して下すべきは強いユニットであり、すると巨人は自然と7コストに相応しい大型相当のパワーを手に入れることになる。加えて【重撃】のキーワード効果まで持っているのだからこのユニットは決して過ぎた重さではない。むしろクイックカードである分、軽いくらいさ」


 それでも君の見立て通り、手打ちには少し()()()というのが私の見解でもあるがね。やれやれと首を振りながら──そして当たり前のように少女の思考を読み取って──そう述べたエミルに、マコトはあえて無言を返しながらもその胸の内には同意があった。


 クイックカードは然るべきタイミング、即ちクイックチェックの際にドローできれば運用にコストを必要としない。本来のコストの多寡など関係なくプレイできる──言い換えるならそれは「どれだけ重かろうと構わない」ということ。つまり己の引き運を信じられるのであれば極論、100コストのカードであっても問題はないのだ。その論の延長、というより派生の手法として『クイックカードに絞り別陣営を数枚仕込む』デッキ構築も一定の市民権を得ているからには考え方としては間違っていないと言えるだろう……が、マコトはこれを良しとはしていなかった。


 他人の構築にとやかく言うつもりはないが、自分のデッキに楽観を持ち込むのは好かない。マコトは自身の実力を疑ってはいないが、しかしだからといって絶好調のパフォーマンスを常に出せるなどとは思わない。運の偏り──それは偏りが許されるだけの雑魚・・としか戦わずに済んでいるという幸運も含めてのものだ──を当てにしてのデッキビルドはさぞかし楽しいだろうし、その構築がハマった際の気持ちよさは中毒になるのも致し方ない劇薬だろう。そのため、成功体験に引きずられてとにかく最高だけを目指す構築のなんと世にはびこっていることか。


 同じ真似をしてはいけない、と戒める自制心が己にあることこそをマコトは幸運と考える。


 引けない。引かせてもらえない。そういう想定も、そしてその対策もあって然るべきなのだ。デッキとは、自分の命を預ける武器とは、それだけに我が身を映し出す鏡にも等しい。驕り高ぶりは必ず構築の歪みとなって現れ、本人を苦しめる。それを防ぐためには最高ではなく最悪を見据えること。そして何より重要なのは、最悪を覚悟しつつも最高を目指す。その最もの難題から逃げないことだ。


 デッキ構築の理想。それは論ずるまでもなく「最高でも最悪でも勝てるデッキを作る」というもの。基本であるからこそともすれば忘れがちなそれを信条の第一としているマコトは故に、この時に感じてしまった。


 九蓮華エミルは、おそらく本当の意味で自分の上位互換。一から十まで、その全ての要素において観世マコトの先にいるドミネイターであると。



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