336.オーラ操作の技と技!
「ブレイクされたことで私にはクイックチェックのチャンスが訪れる。引かせてもらうよ」
「いいえ、引かせません。クイックカードによる大番狂わせは起こさせない」
ライフコアの喪失を惜しむ様子もなくデッキの上に手をかけるエミル。そこに押し寄せるマコトのオーラ。ぐ、とエミルの腕の挙動が遅くなる。それは彼の全身、とりわけカードを引こうとしているその手に多大な重圧がかかっているからだ。ミライがロコルに向けて浴びせていた大津波のようなオーラ。あれほどの派手さはないけれど、しかし準ずるくらいの勢いと圧がある。思考派でもありながらここまで大胆かつ感情任せにオーラを放てるのは、「感覚派としての自分」についても弛まぬ研鑽をしてきたからだろう。
(どちらかと言うのならこの子は思考派に属する。それでいてそちらにオーラ運用が偏っていないのは、元来『どっちつかず』な観世の成せた技か。それともこれもこの子の特異性の表れなのか──いずれにしろ)
考えつつ重たい腕でドローする。引いたそれを確かめる。やはり、目当てのものではない。悪いドローとは言わずとも少なくとも最善ではない。何せそのカードはクイックカードではなかったから。
「お見事。またしても引かせてくれなかったね──逆転の一手を」
「当然です。そう易々とひっくり返されるわけにはいきませんから」
そしてまだ終わりではない、とマコトは自身の能力でスタンドしている《ビッグジョット・クラーケン》へ新たに命令を下す。
「クラーケンでダイレクトアタック!」
「!」
クラーケンには【守護】のキーワード効果がある。それを活かすための自己起動の効果が搭載されているのだ。だがマコトは再攻撃を選んだ。相手ターンに備えることよりも一撃でも多く攻めることを優先したのだ。クラーケンの自己スタンドには「一ターンに一度」の制限があり、このダイレクトアタックの後に彼が再び立ち上がることはない──守護者を寝かせるリスクよりも、エミルのライフコアを減らす方が遥かにリターンが大きい。そう判断してのプレイングなのだろう。
クイックカードが引けなかった以上お互いの盤面に変化はない。よってリョクメイのアタック同様、エミルにはクラーケンの襲撃を止める術などなく。
「…………」
振るわれた触腕。またしても砕け散るライフコア。宝玉の欠片が舞い散る様を黙って眺めるエミルへ、マコトは。
「これであなたのライフは残り三。わたしとは倍するだけの差がつきましたね。そして言わずもがな、このドローでもあなたにクイックカードを引かせるつもりはありません……!」
ずん、と再びエミルの肉体に圧し掛かるマコトのオーラ。徹底して引かせない。逆転し得る一手など掴ませない。エミルは単純なプレイングだけでなくドロー運まで、その身に宿す運命力まで理不尽の極みであると知っているから。全盛期にして暗黒期だった頃の彼の戦績を事細かに追っていたマコトとしては当然に、何を置いてもエミルに本来の運を発揮させてはならなかった。故に全力だ。アタックのひとつひとつ、クイックチェックの一瞬一瞬に惜しみなくオーラを注ぎ込む。
感覚派の素質も高く備えているマコトは「エミルと戦っている」という高揚で──そこに少なからずの割合で恐怖も混じっていることは否定できないが──かつてない程にオーラの補充が順調だった。これならじゃぶじゃぶ使ってもオーラ切れは遠い。他の部分で使いどころを誤らなければファイト終了までこのペースで持つだろう……と感覚派の大まかさを思考派の細やかさで運用していけるのがマコトであり、彼女のファイトスタイルの最大の持ち味である。
それを存分に活用することで、クイックチェックにおいてエミルが望むカードなど一枚たりとも引かせない。マコトはそのつもりでいた。普段の彼ならいざ知らず、オーラを抑えて戦っている状態のエミルを相手には充分に実現の目途がある。それは希望的観測などではなく、分析とここまでの手応えを加味しての客観的な結論だ。──少なくともマコトにはその自信があった、けれども。
「攻めの一手……それは悪くない。臆病なばかりにリスクを冒せないドミネイターよりもよっぽどに勝ちに近く、私好みな選択だよ」
マコトのオーラに抑えつけられながら。更に重みを増した腕を動かしてデッキへと手を伸ばしながら、しかし微笑みだけは優雅に涼しげに。平和な昼下がりに友人とお喋りを楽しんでいる。そんな面持ちでエミルは続ける。
「だが、忘れてはいけない。臆さず攻めること。そればかりが必ず正しいわけではないのだと、ドミネイターであればそう胸に刻んでおくべきだ。私が今、君の教訓となろう」
「……?!」
「大量のオーラに蓋をされてしまっては同じく大量のオーラでしか対抗できない? 違う、そうではない。他ならぬ思考派でもある君ならばそれがわかるはずだ」
キン、と。一拍の音のない音。それが聞こえた瞬間にマコトのオーラは断ち切られて隙間が生まれ──そしてすぐ元に戻った。その僅かな間隙の内にエミルは既にドローを終えていた。
「ッ、わたしのオーラを……!」
「そう、斬ったのだ。ほんの僅かなオーラでも使い方次第ではこういうことができる……見えなかったろう? 道を切り拓き、一瞬とはいえオーラの空白地帯。私にとっての安全地帯を生み出した一閃が、君の目には捉えられなかったろう。思考派とは頭でオーラを回し、操る。修練次第ではこんな技も可能ということだ」
それは感覚派には辿り着けない極致。最高圧を求めるあまり感覚派としての自分を全面に押し出していたマコトが把握し損ねるのも無理からぬほどに『美しい』技だった──いや、だとしても。エミルほどの一際禍々しい、人知を越えて濃密なオーラの持ち主が、相手の目にも映らぬほどの極薄にそれを操ってみせたなど……ましてやそれで自分の全力の圧を切り裂いてみせたなど、マコトには信じられなかった。目の前で確かに起こった現実だと認識していながら、そうと認識することを脳が拒む。
「ロコルも同じことをしていただろう。宝妙くんの全開のオーラに対し刀剣の如き鋭いオーラ捌きで光明を拓いた。あれと同じさ。あの光景を君も目にしていたなら、観世くん。この場でも同様のことが起きると予見しておかねばならなかった。あるいはその覚悟があっての攻めの選択ならばそれもよかった……だが君は半ば信じ込んでいたね? 三度目となるダイレクトアタックにおいても前の二度と同じく、加減している私程度なら容易く封じ込められると。反撃など受けるはずもないと錯覚していた。非常に良くないことだ」
自信は良くとも慢心は良くない。それはどんなに優れた者であっても死に至らしめる恐るべき猛毒であり、そして常に自戒を持たねば身の裡に自然と生み出されるドミネイター特有の生体物質でもある。
観世マコトという将来有望なドミネイターの過ちを自覚させ、自重させるため、エミルは彼女にとっての手痛い失敗となるべく運命力を手にした。
「そら、引いたよ。お目当てのクイックカードだ」
「くっ……、」
「当然無コストでプレイさせてもらう。来るがいい、《根こそぎの巨人》!」
《根こそぎの巨人》
コスト7 パワー3000 QC 【重撃】
真っ赤な岩石めいた肌を持つ大柄な怪物。赤陣営に属する巨人族『ロックジャイアント』である。他陣営の巨人族と比べても屈指のパワーファイターと設定されているこの種族は、クイックカードであってもその特徴通りの能力を有していた。
「巨人よ。狙うは君を呼び起こしたクラーケンだ」




