334.エミルの宣言、マコトの決起!
どちらかと答えるなら自分の方だ。絶対的に有利とまでは言えずとも、流れを掴めているのは少なくとも己だろうとマコトは結論付ける。
《壊し屋スカブル》
コスト3 パワー4000 【好戦】
エミルのフィールドはユニットが一体。自己強化によってパワーアップした【好戦】持ちとはいえ、その一体のみでは戦線と呼べるほど整った盤面であるとはとても言えない。対してマコトのフィールドには。
《封水師リョクメイ》
コスト4 パワー3000
《ビッグジョット・クラーケン》
コスト6 パワー4000 【守護】
二体のユニットがいる。一見してエミルの場と大差ないようにも思えるが、しかしクラーケンの力を知っているマコトはこの盤面が圧倒的な優勢であることを理解している。けれども、盤面以外の事情。ライフコアには一個の差しかなく手札においては枚数で負けている点も加味するなら総合的な判断としては「やや優勢」くらいのものだろう。どちらかと言えば流れを掴んでいるのは自分だが、完全に掌握できているとは言い難い。それが現状である。
──ならばここの攻防で完全に掴むまで。マコトはそう意気込み、ユニットへと命令を下す。
「《ビッグジョット・クラーケン》もあなたのターン中に召喚されたユニット。召喚酔いには悩まされません──クラーケンでアタック! 攻撃対象は《壊し屋スカブル》!」
「パワーは互角。だが──」
何かある。マコトの攻撃命令の迷いのなさ、そして何より凪いだ瞳の奥にある隠し切れない殺気。少女から漏れるドミネイター特有のそれが相打ち狙いなどではないことを克明に告げていた。
「ご名答、クラーケンには戦闘破壊耐性があります! よってこのバトルで破壊されるのは《壊し屋スカブル》のみ!」
太く長い触腕を伸ばしてくるクラーケンに対し、スカブルも持ち前のいくつもの大きな解体道具で対抗するが、いかに腕の確かな職人と言えども一度に操れる武器の数が精々三つか四つに限られる彼に比べ、四方八方から襲い来る触腕の数は最低でも十は下らない。一対一ながらに多勢に無勢という表現がピッタリの様子で追い込まれていったスカブルは、やがて巨大イカの腕の中に消えていった。
クラーケンの方もスカブルに少なくない数の触腕をやられているが、すぐに新しい腕が生えてきて傷はなくなってしまった。
「健闘も虚しく、か。パワーが互角でも戦闘破壊耐性持ちには敵うはずないのだから仕方ないが……」
「これだけじゃありませんよ。クラーケンの恐ろしさはここから。敵ユニットを破壊してからが本領です」
「なに──これは」
スカブルを直接叩きのめしたいくつかの腕を口の部分へと持っていき、もぞもぞと蠢くクラーケン。それはまさしく捕食行為である。そうとエミルが気付いた時、クラーケンは再び立ち上がっていた。しかも心なしかその出で立ちには力強さが増しているようですらあって。
「まさか、強化されているのか?」
「そう、倒した敵を食べることでこの子はパワーアップします。敵ユニットを破壊した時、一ターンに一度だけクラーケンはスタンドした上でそのパワーを1000アップさせる!」
《ビッグジョット・クラーケン》
パワー4000→5000
むん、と触腕に力を入れて戦闘後でも元気一杯であることをアピールするクラーケン。所作はコミカルだがあまりに厳ついイカの化け物がそれをやっても和む者はいない。エミルもそこには触れず、しかし彼の持つ能力には大いに関心を見せた。
「自己起動に加えてステータスまで上げるか。戦闘破壊耐性持ちの守護者ユニットでありながら自ら攻め入る能力にまで長けているとは恐れ入った」
自ターンで動いても相手ターンに【守護】持ちの役割を果たせるという意味で守護者ユニットと自己スタンド能力の相性はいい。そこにパワーアップと戦闘破壊を防ぐ耐性まで付いてくるからには《ビッグジョット・クラーケン》は間違いなく強力なユニットだ。しかもそれだけに留まらずコストを踏み倒しての特殊召喚能力まであるのだから、単色カードとしては6コストでもまだまだ軽いくらいだと言えよう。
全体的にカードパワーが上がっていくのがカードゲームの逃れられない宿命とはいえ、ミキシングが本格的に台頭し始めてからのここ半年はインフレーションが凄まじい。エミルの知らない、つまりはまだ世に出たばかりの新カードであろう《ビッグジョット・クラーケン》もその波に乗った一枚だということ。
ミキシングがどんなに強くともそれ一強にならぬよう調整されている。発売元であるドミネコーポレーションのそういった意図を敏感に読み取ってあえてミキシングに頼らず、それへの対策を詰め込んだデッキを人一倍早くに組んだマコトには素晴らしあり先見の明があると言っていい。それこそアキラに負けたことで憑き物が落ち、その結果予知能力とまで錯覚されるほどの『眼力』を失った今の自分よりもよっぽど見る目があるかもしれない──と、エミル自身そんな風に考えながらも。それでも彼に負ける気は毛頭なかった。
言った通り本気で組んだデッキではない。マコトのように環境を見たわけでもなければ真剣に勝ちを目指したわけでもなく、まさにお遊びの構築である。やりたいことをやってみようと手慰みに作っただけのデッキ。本命デッキを使えない、使うべきでないファイトの機会も多くあった彼だけに。以前ほどの凶暴さこそ失くしてもなお他のドミネイターを圧倒できる実力を持っている彼だけに、デチューンされたデッキの用意は不可欠であった。その一環で試しにと思い付きを形にしてみたこの赤デッキは、マコトのように己が相棒として絶大な信を寄せるべき代物ではない。それは確かだが、しかし。
だとしても自分とこのデッキの関係が、彼女と彼女のデッキの関係に劣るとは限らない。ましてやそれが勝敗に直結することなどもっとない──何故ならば。
「やはり君は、そしてそのデッキは上等だ。どちらも等しく完成度が高い。そんな君からすればドミネユニットを封じオーラを抑えつつ遊びのデッキで戦う私の姿はひどく滑稽にも映るだろう。──だが」
「…………」
「支配するのではなく愛する。カード一枚、デッキ一個に対する向き合い方が以前とは変わった。であるからには、観世くん。君の自信ごと打ち砕かせてもらうよ」
勝敗を重視せずに組んだものとはいえ、自らの手で一から作り上げた我が子も同然のデッキである。勝利への確信という面でこそ優劣はあれど、そこに向ける愛情の度合いでは負けていない。故にエミルは、たった一体しかいないユニットを盤面から葬り去られたばかりだというのに、とてもそうは感じさせない余裕の笑みをもって宣言する。
「このデッキで君のデッキに勝つ。そう誓おう、私のドミネイターとしてのプライドにかけて」
真っ直ぐな目と言葉。エミルから投げかけられた一切威圧の込められていないそれに、しかしマコトは圧された。リアクションにこそ示さなかったが、けれど、純なるまでのその佇まいを前にして思わず半歩分足を引きそうになってしまったのだ。
「……空の盤面越しに、強力なユニットに睨まれていてもその正々たる態度。堂々たる宣誓。それが強がりにはまったく見えないんですから九蓮華エミルは恐ろしい」
だからこそ勝ちたい。ここで彼への勝利を経験しておきたい。それはきっとミライを王とする上での何より得難い経験となり助けとなるだろうから──そのために。
「勝つのはわたし。あなたじゃあない」
「ふふ……!」
「《封水師リョクメイ》でダイレクトアタック!」
先と同様、フィールドが空っぽであるエミルにリョクメイの攻撃を止める手立てはなく。彼のライフコアはまたしても呆気なく破壊され、残りライフは四となった。




