329.怪物退治、マコトVSエミル!
「はは、魔王の次は怪物か。私は君やロコルほど優れた演技者ではないけれども……いいとも。それが求められた役割なのであれば演じてみせようじゃないか」
ただし、とエミルは一言付け加える。
「筋書きまで君の望むままとはならないがね。それだけは覚えておくといい」
「構いません。ハンデ以上のものはわたしだって望まない……あとはこの手で引き寄せるだけですから」
好条件は揃っているのだ。それを物にできるか否か、問われているのはそれだけだ。相手がかの有名な怪物だからといって怯むようでは、居すくまるようでは掴めるものも掴めない。エミルに求められているのが立ち塞がる怪物の役であるのならマコトに求められているのはそれを見事に打倒せしめる勇敢なる戦士の役。必要なのは、強さと勇気。──そのふたつを併せ持つ人物をマコトはよくよく知っていた。
(ミライ。どうか今だけわたしに、あなたらしさを宿らせて)
正反対だからこそ良きコンビでいられる。他家同士でありながらも幼馴染の友人でいられる。それがわかっているからマコトは自ら進んでこういう在り方を、彼女の陰になれる自分を目指した。だが、このときばかりはその矜持を捨ててでも。拙くともミライのような自分でありたい──それがエミルと戦う上での最大の武器となるはずだから。
「その意気や良し。素晴らしい舞台になりそうじゃないか」
「ええ、お互いにみっともなく、精々と演じましょう」
出現したファイト盤へデッキを置き、手札を引き、ライフコアを展開。彼らの命を司る七つの宝玉──マコトのそれが明滅を見せた。
「「ドミネファイト!」」
声を合わせてのファイト開始の合図の後、先行プレイヤーとなったマコトは即座に行動を開始した。
「チャージを行ない、即レスト。1コストで《付喪水鏡》を召喚。ターンエンドです」
《付喪水鏡》
コスト1 パワー1000
その名の通りに水で出来た鏡そのものといったユニットがマコトのフィールドへ登場し、鏡面を反射させてゆらゆらと揺れ動く。エミルはそのカードの詳細を知っていた。
「水鏡は相手に倒された際、手札を一枚捨てることで自身をコストコアへ変換する青のユニット。青陣営にしては珍しい、軽量ながらにコアブーストの能力を持ったカードだね」
手札コストを要求する点では──その発動がファイトの序盤になりがちな点も含めて──使いにくさもあるものの、だがコストコアの溜まった青の怖さはドミネイターならば誰もが知っている。陣営単位でコントロール色の強い青へアドバンテージは与えたくない。という思考に基づきこのユニットは本来なら倒されてしまうような場面でも生かされることが多々ある。最軽量ユニットでありながら相手にそういった心理戦を仕掛けられる良いカードだ……と解説したエミルに、マコトは薄く息を吐いた。
「さすがの知識量ですね。まるで授業中の先生のよう……ですが今はファイトの只中、あなたが仕掛けられている側なんですよ」
「おっと失敬。いらぬ老婆心が出てしまったね。そう、今は久しぶりの辻ファイトを楽しんでいるところなのだから、私もそれらしい態度を心掛けねば──私のターンだ。チャージとドローを済ませ、このスタートフェイズの終わりにディスチャージを宣言する」
エミルの七個ある命核の内の一個が独りでに砕けた。命のひとつを犠牲として新たな力を──魔核か手札を得るのがディスチャージ。エミルが対価の報酬として選んだのは、コストコアの方だった。
「これで私の使えるコストコアは二個になった」
「定石通りのプレイですね。で、その2コストでいったい何を呼び出すんです?」
「お見せしよう。2コストを使い、オブジェクトカード《マグマポッド》を場に設置する!」
「!」
デン、とエミルの場に鎮座する真っ赤な物体。その燃え盛る炎のような意匠が施された壺にはなんとも言えぬ迫力が満ちていた──オブジェクトカード。ユニットでもスペルでもなく、よりにもよってそれかとマコトは警戒を見せる。
ロコルのオブジェクトに比重を置いた無陣営デッキに愛するミライが負けたばかりの彼女にとって、初ターンに呼び出されたのがこの《マグマポッド》であるのはまるで当てつけのように感じられた。無論、エミルにそんな意図などない……とは言い切れないのがなんとも恐ろしいところだが。妹であるロコルも口八丁手八丁のブラフやトラッシュの上手いドミネイターであるたけに、あの妹にしてこの兄ありとも大いに取れはするのだが。ともあれ重要なのはエミルが出したオブジェクトの性能である。
マコトは既に終わったロコル対ミライのファイトに引きずられることなく「今」を見なくてはならない。
(赤陣営のカード……! ということは、彼のデッキカラーは赤?)
本命とは別の、サブデッキ。サブだからといってメインより著しく劣る理由にはならないが、しかしエミルは「本気を出さない」と言った。彼ほどの人物がそれを誓いとしたからには構築段階から調整がされているのは間違いないだろう──つまり彼からすれば今使用しているのは本気用のそれとはまるで出力の異なる、言うなれば遊びのデッキであるはず。
(そんな彼が赤のデッキを組んだとなれば、まさか速攻……? 確かにそれは九蓮華エミルのイメージにはない戦い方ではある、けれど)
充分に考え得る可能性。けれどしっくりと来ないのは、赤単速攻では採用されることの少ない(まったくないわけではない)オブジェクトカードが一手目から飛び出してきた点に加え、やはりその戦術自体があまりにもエミルというドミネイターからかけ離れ過ぎていることも原因だろう。
少しでも先んじてエミルの戦法を読み取らんと考えを巡らすマコトを尻目に、エミルは出したばかりのオブジェクトを指して言った。
「《マグマポッド》は装備オブジェクト。それも装備対象に制限のないタイプだ。その効果は対象ユニットの陣営によって変化し、それが赤陣営ならそのユニットのパワーを2000アップさせ、赤以外の陣営であれば2000ダウンさせるというもの。そして何より特徴的なのが、装備対象に指定できるのが自軍ユニットに限らないというところだ」
「っ、それではまさか──」
「ああその通り。《マグマポッド》を起動してユニットへ装備! 装備対象は君の場の《付喪水鏡》だ」
エミルがそう宣言した途端に「どりゅん!」と壺から溶岩が発射されて水鏡へと降り注ぐ。赤陣営のユニットであればパワーに変えられるエネルギーの塊たるそれも、青陣営所属である《付喪水鏡》からすれば身を焼く火種としかならない。元々戦闘面に重きを置かれていない非力なユニットには耐えられるはずもなく、溶岩の直撃を受けたことであっさりと割れ散ってしまった。
「パワーがゼロになったユニットはフィールドに存在を保っていられず、墓地へ置かれる。パワーが1000しかない水鏡では2000のダウンに持ち堪えられなかったね」
「く……、」
空になってしまった場を眺めて眉根を寄せるマコトだったが、しかし彼女にはまだやれることがあった。《付喪水鏡》はただやられて終わりのユニットではないからして──。
「パワーダウンによる墓地送りはルールの処理。よってカード効果によるものとは判定されませんが、《付喪水鏡》は『相手によってフィールドから墓地へ行く』ことをトリガーとしている。あなたの《マグマポッド》の作用によってフィールドから取り除かれたためにその効果を問題なく使用できる──わたしは手札を一枚捨てることで墓地の《付喪水鏡》をコストコアへ変換します」
「ふ……」
これで先行プレイヤーでありながらマコトは二ターン目を迎える前に2コスト分を確保したことになる。ボードアドバンテージこそ失いはしたが、戦果は充分。些かも闘志を衰えさせないその姿に、エミルもまた静かに自身の闘志で応じた。




